表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くなるほど「味」が消えるダンジョンで、俺だけが人間のまま地下の観客を引きずり下ろす  作者: 平八


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/21

第3話 玉ねぎの甘さは返らない

奪われた味は、すぐには戻らない。


そして観客は、戦闘中だけ見ているわけではない。

救護班が来た時、異常個体の死体はまだ焦げた臭いを上げていた。


黒い唾液。

焼けた毛。

濡れた床に散った火花の跡。

壁に叩きつけられた篠田の血。


浅層模擬ダンジョンの訓練区画にあるべきものでは、ひとつもなかった。


「通信障害は復旧! 全員、その場を動くな!」


教官の怒鳴り声が通路に響く。


数人の職員が駆け込んでくる。

救護担当が篠田へ走り、小森の肩を支え、最後に俺を見た。


「黒瀬、立てるか?」


「……立てます」


そう答えた瞬間、右足に痛みが走った。


異常個体の爪がかすった傷。

さっきまでは痛みが遠かった。

今は、遅れて戻ってきたみたいに、皮膚の奥が熱い。


だが、それよりも嫌だったのは舌だった。


玉ねぎの甘さがない。


俺は何度も思い出そうとした。


探索高専の安いカレー。

少し焦げた玉ねぎ。

油に溶けた、頼りない甘み。

肉の硬さを少しだけ誤魔化す、あの薄い甘さ。


分からない。


「玉ねぎ」という文字は思い出せる。

「甘い」という言葉も知っている。

安いカレーに玉ねぎが入っていたことも覚えている。


なのに、その味だけがない。


味の記憶が薄れたのではない。


そこに最初から何もなかったみたいに、脳の一部が白く抜け落ちていた。


「黒瀬」


教官が低い声で俺を呼んだ。


「お前、何をした」


その問いに、周囲の空気が硬くなる。


篠田は救護員に腕を固定されながら、俺を見ていた。

小森も、青ざめた顔でこちらを見ている。


「何を、って」


俺は言葉を探した。


助けた。

生き残った。

勝手にプレゼントを使わされた。

玉ねぎの甘さを奪われた。

観客がいた。

羽虫が見ていた。


どれを言えばいい。


どれを言えば、正気だと思われる。


「異常個体が出ました。通信が遮断されて、安全装置を使おうとしただけです」


「安全装置を“壊した”の間違いだろう」


教官の目が細くなる。


「本来なら訓練区画の設備破壊は重大な規律違反だ」


「じゃあ、あれを放っておけばよかったんですか」


俺がそう返すと、教官は一瞬だけ黙った。


だが、その沈黙は俺を認めた沈黙ではなかった。


処理の仕方を考えている沈黙だった。


「……この件は、学校側で確認する」


教官は端末を操作しながら言った。


「異常個体の発生原因、通信遮断、安全装置の誤作動。すべて調査対象だ。お前たち三人は医務室へ行け。外部には何も言うな」


「何も?」


「余計な憶測を広げるなという意味だ」


教官は俺だけを見た。


「特に黒瀬。お前は混乱している。自分でも理解できないことを、軽々しく口にするな」


その声には、心配よりも警告が混じっていた。


俺は、壁の上を見た。


安全監視カメラの横。

さっきまで羽虫がいた場所。


もう、何もいない。


ただ、消えたはずの視線だけが、皮膚の上に残っていた。



医務室は白すぎた。


壁も、ベッドも、カーテンも、職員の手袋も、全部が白い。


消毒液の匂いが鼻につく。

その匂いが分かることに、少しだけ安心する。


俺はベッドに座らされ、右足の傷を処置された。


「傷は浅いね。少し縫うほどでもない。消毒して止血しておけば問題ない」


医務担当の女性職員がそう言った。


「ただ、身体数値が少し変だ」


「変?」


「脈拍が安定しすぎている。血圧も低い。痛みへの反応が薄い。さっきまで戦闘していたにしては、妙に静かだ」


静か。


その言葉に、嫌なものが胸を撫でた。


白城怜司。


壇上で一度も瞬きをしなかった英雄。


自分の娘を「個体」と呼んだ男。


俺は反射的に瞬きをした。


一回。

二回。

三回。


瞼はちゃんと落ちる。

目は乾く。

少しだけ痛い。


それが分かって、胸の奥から息が漏れた。


でも、瞼の裏側が、どこかおかしかった。


皮膚のはずなのに、乾いた薄いプラスチックをこすり合わせているような感覚が、一瞬だけ走る。


深呼吸する。


肺が膨らむ。


吐いた息は、温かいはずだった。


けれど、その呼吸さえ、身体の中に溜まった熱を外へ逃がすだけの排熱みたいに感じた。


生きている、というより、稼働している。


そんな言葉が浮かんで、俺は慌てて首を振った。


「何してるの?」


「……いえ」


医務担当は不思議そうに首を傾げ、それ以上は聞かなかった。


隣のベッドでは、篠田が腕を固定されていた。


小森は別室で精神安定剤を処方されているらしい。


篠田はずっと黙っていた。


いつものように笑わない。

俺を馬鹿にしない。

その沈黙が、逆に気まずかった。


「黒瀬」


しばらくして、篠田が口を開いた。


「お前、あれ……自分でやったのか」


「何を」


「さっきの動きだよ」


篠田は固定された腕を見下ろした。


「俺でも見えなかった。あの異常個体の爪を、お前は避けた。しかも、ほとんど無駄なく」


「俺にも分からない」


「分からないで済むかよ」


篠田の声が少し震えた。


「お前、瞬きしてなかった」


また、それを言う。


俺は何も答えられなかった。


篠田は続けた。


「白城さんみたいだった」


胃の底が冷えた。


「やめろ」


「俺だって言いたくねえよ。でも、そう見えたんだよ」


篠田は顔をしかめた。


「いつものお前じゃなかった。落ちこぼれのくせに急に強くなった、とか、そういう話じゃない」


彼は一度言葉を切り、苦々しく吐き出した。


「気持ち悪かった」


普通なら、腹が立つところだった。


でも今は、その言葉に少しだけ救われた。


篠田は、俺を褒めなかった。

強くなったと言わなかった。

才能があったんだな、とも言わなかった。


気持ち悪かった。


その言葉の方が、今はずっと信用できた。


「俺もそう思う」


俺がそう言うと、篠田は一瞬だけ目を見開いた。


それから、気まずそうに視線を逸らした。


「……小森は助かった」


「そうだな」


「それは、まあ」


篠田は舌打ちした。


「礼は言わねえ。俺たちも戦ったしな」


「言わなくていい」


「でも」


篠田は低く言った。


「次にあんな動きしたら、俺はお前から逃げるかもしれない」


その言葉は、冗談ではなかった。


俺は頷いた。


「その方がいい」


篠田は、何か言いたそうな顔をしたが、結局黙った。



医務室を出てすぐ、学校側から事情聴取があった。


部屋には、教官が二人。

探索高専の教務主任。

そして、見知らぬスーツ姿の男が一人。


男は名乗らなかった。


代わりに、俺の前に薄い端末を置いた。


「本日の訓練区画で発生した異常について、君の認識を確認したい」


声は丁寧だった。


丁寧すぎて、白城怜司を思い出した。


「異常個体が出ました。通信が遮断されました。安全装置を使おうとして、結果的に罠が誤作動しました」


俺は淡々と答えた。


観客のことは言わなかった。

プレゼントのことも。

玉ねぎのことも。


言ったところで、信じられるわけがない。


いや。


もしかしたら、信じる奴はいるかもしれない。


その方が、ずっと嫌だった。


スーツの男は端末に何かを入力する。


「君は、戦闘中に身体能力の急激な向上を自覚したか?」


喉がわずかに動いた。


「……火事場の馬鹿力じゃないですか」


「火事場の馬鹿力で、反射補正三百二十パーセント相当の動きは出ない」


その言葉に、背筋が固まった。


反射補正三百二十パーセント。


観客ログに表示された数字と同じだった。


なぜ、こいつが知っている。


スーツの男は、俺の反応を見て、わずかに笑った。


「黒瀬律くん。君は、深層適応訓練の多くを拒否しているね」


「それが何か」


「にもかかわらず、今日の戦闘時、君の反応速度と運動予測は一時的に上位適応者の値を超えた」


「偶然です」


「偶然は、記録に残ると検証対象になる」


男は端末を閉じた。


「君は、自分がなぜ落ちこぼれなのか、考えたことがあるか」


嫌な質問だった。


「ステータスが低いからでしょう」


「違う」


男は、初めてはっきりと言った。


「君は、変化を拒むからだ」


部屋の空気が少し重くなる。


「痛みを鈍らせる。恐怖を抑える。睡眠を削る。味覚を調整する。そうした深層適応を、君は本能的に拒んでいる。だから伸びない」


「それが悪いことですか」


「悪いとは言っていない」


男は穏やかに微笑んだ。


「珍しいと言っている」


その瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。


珍しい

いい表現

こいつ知ってる?

地上側の観測者?

ネタバレ早い?

まだ泳がせよう


俺は拳を握った。


スーツの男は、その反応に気づいたのか、気づかないふりをしたのか、表情を変えない。


「君の食堂利用履歴は見たよ」


男は、何でもないことのように言った。


「食事回数、摂取カロリー、咀嚼時間、残食率。君は高専内の食事記録だけを見ても、随分と偏った選択をしている」


喉が詰まった。


食事まで、記録されている。


「食事は個人の自由でしょう」


「もちろん」


男は穏やかに頷く。


「ただし、探索者候補生にとっては適応効率の指標でもある。君は、効率よりも味を優先する傾向が強い」


味。


その言葉だけで、頭の奥に空いた穴が疼いた。


「君が守ろうとしている味や情動は、深層では君を殺すためのバグでしかない」


男は、穏やかな声で言った。


「恐怖は足を止める。痛みは判断を鈍らせる。味覚は報酬系を狂わせる。君が人間らしさと呼んでいるものの多くは、深層では生存率を下げる欠陥だ」


「欠陥……」


「違うかい?」


男は首を傾げた。


「君は、自分の命より、食事の味の方が大事なのか」


その問いは、あまりにも静かだった。


だからこそ、逃げ場がなかった。


俺は、すぐに言い返せなかった。


命の方が大事に決まっている。


そんなことは、分かっている。


それでも、頭の奥に空いた穴が疼いた。


焦げた玉ねぎの甘さ。


たかが、安いカレーの中にあっただけの味。


そんなものと命を並べられるわけがない。


「……そんなわけないだろ」


声が、思ったより弱く出た。


その瞬間、自分の中の何かが少しだけ負けた気がした。


正論だった。


だからこそ、腹が立った。


命が大事だから、味を捨てろ。

生き残りたいなら、人間らしさを削れ。


その理屈に、俺は完全には反論できなかった。


そして、それが何より気持ち悪かった。


自分の大事なものを、自分の口で「大したものじゃない」と認めさせられた気がした。


自分自身に、あの甘さをゴミだと言わせられたようだった。


でも。


それでも。


勝手に奪われていい理由にはならない。


俺は、そう言いたかった。


だが、言葉にならなかった。


スーツの男は、俺の沈黙を見て、何かを理解したように小さく頷いた。


「本日の件は、学校設備の不具合として処理される」


「不具合?」


「浅層区画に異常個体が混入した。通信遮断は一時的なシステム障害。安全装置の破損は緊急避難。そういう記録になる」


「篠田と小森は」


「同じ説明を受ける」


「俺たちが何を言っても?」


男は少しだけ首を傾けた。


「君たちが何を言う必要がある?」


丁寧な声だった。


だが、そこには壁があった。


何を言っても無駄だと、最初から決まっている壁。


「黒瀬くん」


教務主任が口を挟んだ。


「学校としては、君たちを守るために情報を整理している。外部に不用意な話が漏れれば、訓練区画の運用や君たちの進路にも影響が出る」


守るため。


また、その言葉だ。


白城が娘を撫でた時と同じ種類の気持ち悪さが、胸の底を撫でた。


「分かりました」


俺はそう答えた。


嘘だった。


何も分かっていない。

分かるつもりもない。


ただ、この部屋で怒鳴っても、何も返ってこないことだけは分かった。


部屋を出る直前、スーツの男が言った。


「黒瀬律くん」


振り返る。


「次の訓練まで、体調の変化を記録しておくといい。特に、味覚に関する変化はね」


心臓が跳ねた。


男は、ただ穏やかに笑っている。


「深層適応には、個人差がある」


ドアノブに手をかけた時、男がもう一度だけ口を開いた。


「あのアロマが、そんなに忘れられないのかい?」


足が止まった。


アロマ。


匂い。


味ではない。

玉ねぎとも言っていない。


それでも、頭の奥の穴が、冷たく疼いた。


「……何の話ですか」


「さあ」


男は、笑った。


「記録を見れば、人の癖は案外分かるものだよ」


ドアが閉まる。


廊下に出た瞬間、俺は壁を殴りそうになった。


だが、殴らなかった。


手が震えていた。


怒りなのか。

恐怖なのか。

それとも、また何かを削られたのか。


分からなかった。


ただひとつだけ分かる。


地上にも、知っている奴がいる。


地下だけじゃない。


俺たちは、上からだけでなく、横からも見られている。



事情聴取の後、俺は食堂へ向かった。


理由は分かっていた。


確かめたかった。


いや、それだけじゃない。


あの男に「命と味」を並べられた後で、俺がそのまま部屋へ戻ったら、本当に負けた気がした。


味なんて命の前では無価値だと、自分で認めて終わった気がした。


だから、食堂へ向かった。


馬鹿みたいだと思った。


でも、行かずにはいられなかった。


昼休みは終わっていたが、食堂にはまだ人がまばらに残っていた。

カウンターの奥では、職員が鍋を片づけている。


「カレー、まだありますか」


俺が聞くと、食堂のおばちゃんが少し驚いた顔をした。


「あら、黒瀬くん。今日は実技訓練だったんじゃないの? 怪我したって聞いたけど」


「少しだけです」


「無理しちゃ駄目よ。カレーなら残ってるけど、少し煮詰まってるよ」


「それでいいです」


それがいい。


むしろ、いつもの雑な味の方がよかった。


プラスチックのトレーに、カレーが置かれる。


湯気は朝ほどではない。

ルーは少し濃くなり、表面に油が浮いている。

福神漬けは相変わらず赤い。


俺は席に着いた。


スプーンを持つ。


その瞬間、視界の端に黒い文字が浮かんだ。


食事イベント継続?

また食べるの?

学習しないね

カレー個体、執着強い

命より味?

さっき否定してたよね

反応見たい


「……黙れ」


小さく呟く。


誰にも聞こえない声だった。


俺はカレーをすくって、口に入れた。


辛さはある。

塩気もある。

油の重さもある。

肉の硬さも分かる。

米の熱も分かる。


だけど。


玉ねぎの甘さだけが、ない。


食堂のカレーは、こんなに尖った味だったのかと思った。


辛さと塩気と油だけが前に出て、どこにも引っかかりがない。

味の隙間を埋めていたはずの、安っぽい甘さが消えている。


いや、違う。


カレーから消えたのではない。


俺の中から、消えたのだ。


「甘い」


俺は小さく言ってみた。


言葉は出る。


意味も分かる。


でも、そこに舌の記憶がついてこない。


砂糖の袋を取る。

食堂の端に置いてある、コーヒー用の小さな砂糖。


手のひらに少しだけ出して、舐めた。


砂糖は、甘かった。


けれど、それは美味しさではなかった。


舌の上に、白くてのっぺりしたペンキを塗られたような感覚だった。


脳は、甘い、というフラグを立てている。


でも、それだけだ。


心が動かない。

腹の奥が緩まない。

少し救われたような気持ちにもならない。


これは食事ではない。


センサーの動作確認だ。


俺の舌は、甘味という成分を検知しているだけだった。


玉ねぎを炒めた時の、油に溶けて、少し焦げて、ルーに混ざったあの甘さとは、まるで違った。


砂糖は残ってる

つまらない

部分回収か

玉ねぎだけ消えたんだ

精度高い

もっと細かく取れる?

次は肉の噛み応えいこうよ


「返せ」


俺はスプーンを置いた。


「それを、返せ」


返事はなかった。


代わりに、視界の隅でログが流れる。


返却不可

代価は消費済みです

クーリングオフ対象外

利用規約読んだ?

読んでないよね

拒否権なかったし

不具合報告は受け付けておりません

仕様です

不満ならアンインストールしてね

なお、アンインストール=死亡ですw


ふざけた文字列。


ふざけた軽さ。


こいつらにとって、俺の味は、景品か、ポイントか、ゲーム内アイテムみたいなものらしい。


俺は奥歯を噛みしめた。


その瞬間、口の中に血が滲んだ。


医務室でも切っていた場所が、また開いたらしい。


鉄の味がした。


いや。


するはずだった。


俺はその血を舌の上で確かめた。


薄い。


鉄の味が、遠い。


完全に消えているわけじゃない。

だが、昨日までならもっとはっきり分かったはずの生臭さが、どこか膜の向こうにある。


血は俺の内側にあるものだ。


玉ねぎの甘さとは違う。

外から食べたものではない。

俺の身体そのものに近い味だ。


それすら、少し遠い。


「ああ」


思わず、笑いそうになった。


もう始まっている。


玉ねぎだけじゃない。

戦闘の時に使わされたあの力は、俺の中のもっと深いところまで触っている。


強くなるほど、味が消える。


タイトルみたいな言葉が、嫌になるほど正確に胸へ落ちた。


俺はカレーを見下ろした。


残したいと思った。


これ以上、食べたくないと思った。


でも、残せば、あいつらが笑う気がした。


あの男の正論に、負けたままになる気がした。


命の前では味なんて軽い。


それは正しい。


でも、正しいからといって、奪われていいわけじゃない。


俺はスプーンを握った。


玉ねぎの甘さが消えたカレーを、もう一口食べる。


辛い。

しょっぱい。

油っぽい。

少し痛い。


それでも飲み込む。


これは俺の飯だ。


お前らのイベントじゃない。



寮の自室に戻ると、端末が机の上で勝手に点いた。


黒い画面。


白い文字。


本日のプレイ内容を集計しています。


「プレイじゃない」


俺は低く言った。


観測対象:黒瀬律

初回ボーナス使用:強制適用

生存結果:成功

取得代価:玉ねぎの甘さ

副次影響:血液味覚反応、低下傾向

観客評価:上昇


続けて、見たくもない数字が並んだ。


新規視聴者数:増加

コメント数:増加

投げ銭予約数:増加

次回プレゼント候補:選定中


「予約……?」


俺は端末の電源を落とそうとした。


長押し。


再起動。


強制終了。


何をしても、黒い画面は消えなかった。


バッテリー表示は、いつの間にか〇%になっている。


それなのに、画面だけは点いていた。


画面が切り替わる。


候補一:痛覚遮断

候補二:恐怖反応低減

候補三:味覚補填

候補四:運動予測拡張


その下に、観客コメントが流れる。


味覚補填って逆に甘くしてあげるやつ?

優しいじゃん

でも後で全部奪うんでしょ

痛覚遮断が見たい

恐怖消したらつまらなくない?

いや、恐怖を残したまま動かす方がいい

カレー個体はリアクションがいい

次も壊そう


さらに、別のログが重なる。


不具合報告は受け付けておりません

仕様です

不満ならアンインストールしてね

なお、アンインストール=死亡ですw


俺は端末を床に叩きつけた。


端末は壊れなかった。


画面は黒いまま、机の上に戻ったように点灯している。


いつ戻った。


見ていない。


破損処理:無効。

観測継続。


端末は道具ではなかった。


鎖だった。


「……くそ」


膝から力が抜けた。


ベッドに座り込む。


部屋の中は静かだった。


それなのに、静かではなかった。


見られている。


壁。

窓。

端末。

照明の隙間。

机の下の影。


どこにも目はないはずなのに、どこかに必ず黒い目がある気がした。


俺は目を閉じた。


今度は、ちゃんと閉じられた。


暗闇の中で、玉ねぎの甘さを思い出そうとする。


やはり、ない。


代わりに、黒い穴がある。


俺はその穴を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。


「返してもらう」


誰に向けて言ったのか、自分でも分からなかった。


地下の観客か。

学校の大人か。

あの瞬きしない英雄か。

食堂の安いカレーの味すら命と比べてしまった、自分自身か。


分からない。


でも、言った。


「全部、返してもらう」


端末が、最後に一度だけ震えた。


反抗意思を確認。

次回イベント名を更新します。


画面に、新しい文字が浮かぶ。


第二イベント:味覚補填テスト

目的:喪失個体に、一時的な救済を与えた場合の反応観測。


その下に、小さな一文。


なお、救済後の回収量は増加します。


俺は、しばらくその文字を見ていた。


救いに見えるものは、地獄だった。


なら。


次に来る救いは、もっと深い地獄だ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、黒瀬律が奪われた味を確認し、学校側にも何かを知っている人間がいると気づく回でした。


次回は「味覚補填テスト」。

一時的に救われるからこそ、さらに深く奪われる回になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ