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第8話 紅茶の味

 アウレーシアの宣言に悠希人は口角を上げる。


「それは何よりだ。では、これから宜しくお願いするよ、主殿」


「大して敬いが感じられんな。敬語の一つでも、使ったらどうだ?」


「ふっ、初めに言っただろう。中々に特殊な立ち場を望んでいると。事後承諾のようで申し訳ないが、俺の扱いは特別待遇にして頂こう」



 そう不遜に言い切る悠希人。

 だが、アウレーシアは動揺しない。

 これまでの遣り取りで悠希人がこのような存在だと、ある程度慣れていた。

 


「具体的には?」


「まず貴方の命令すべてに従うとは限らない。なるべく考慮はするが、基本的には自由に動く」


「いきなり随分だな。配下と呼べるのか?」


「俺と貴方の目的は共通している。命令として最たるものであろう、瘴魔玉の捜索くらいは請け負うだろう」



 懸念を払拭するように、そう前置く悠希人。 

 アウレーシアにとっても、配下への命令のほとんどは瘴魔玉の捜索。

 悠希人がそれは請け負うと告げれば、ある程度は納得できた。

 

 

「だが、こう見えて俺は中々に多忙でな。いつ何時でも動けるとは限らない。命令によっては、普通に拒否することもあるだろう」


「はぁ………随分な配下だ。まあその程度ならば問題はない。程度の差こそあれ、他の配下たちもそういう節はある」


「まだだ。俺の行動は、時として貴方の意図しないものなこともあるだろう。或いは、一時的にだが貴方に不利益を齎すこともあるかもしれない」


「…………なんだと?」



 流石のアウレーシアも聞き逃せなかった。

 不利益などと言われれば、すぐには承諾はできない。



「簡単に納得は出来ないだろう。だが、誓って虚偽は述べない。その時は、それが必要だと俺が判断したからだ。過程がどうあれ、貴方の本懐は必ず成就させると誓おう」


「………………」



 アウレーシアが思案する中、悠希人は内心で「大怪獣の復活の方は」と付け加える。

 世界の滅亡は叶えられない。



(まあアウレーシアも、本当はそんなこと望んでない訳だしな……………)



 ふとアウレーシアを見遣る悠希人。

 彼女の力になると告げたのは嘘ではない。

 本当の意味で、アウレーシアの望みを叶える。




「…………分かった、いいだろう。だが我は其方が受けるかどうかは関係なく、命は与えるぞ?」


「問題ない。俺としても配下となったからには、出来る限りは任務はこなすつもりだ」


「良かろう。ならば早速こなしてもらおう」



 

 そう告げ、とある物を投げるアウレーシア。 

 悠希人が受け取った物を見れば、それは一つの指輪(リング)だった。

 



「与える命は瘴魔玉の捜索だ。任務を終えたら、我の元へ戻り報告をして貰う。それは、その為の転移装置だ」



「魔力を込め《帰還》と口にすることで、この城へ転移するのだろう?」



「其方に知らないことはないのか?…………全く、ならば瘴魔玉の捜索方法についても知っているか?」



「ひときわ大きな魔力を持つ魔玉が、瘴魔玉である可能性が高い。それを貴方が感知して、配下が実際に確かめに行くのだろう?」



 

 世界の至る所に存在する魔玉。

 その中でも特に大きな魔力を持つ魔玉に、大怪獣の瘴気を含んだものが混じっている。

 それこそが瘴魔玉。




「その通りだ。最も、ほとんどは魔力の大きなだけのただの魔玉だがな。実際に目にしなければ判別はつかんので地道に探すしかない」


「分かっている。魔玉にしろ瘴魔玉にしろ、見つけ次第報告に来よう」


「ああ、大まかな場所を教えよう。初の任務だ、特別待遇に見合う結果を期待していよう」


「瘴魔玉かは運だろう。期待されても困る」




 そんな軽口を言い合う中。

 アウレーシアが座標を感知する。

 


「よし。大雑把ではあるが、付近へ転移させよう。準備はいいか?」

 

「ああ、問題な……………いや、少し待て」


「どうした?」



 制止をかける悠希人に、アウレーシアが問い掛ける。

 何か懸念事項があるのかと。

 



 そんな中、悠希人は少し迷っていた。

 それは、先ほどまでの遣り取りとは全く無関係なもの。

 


(これを渡すか、どうか…………)



 徐に懐に手を忍ばせる悠希人。

 そこには一つの紙袋があった。



(まあ、いいか。やらないで後悔したくないし)



 思案した後、悠希人は決心した。

 そうして、紙袋をアウレーシアへと投げ渡す。




「実は、もう一つ手土産があってな。瘴魔玉ではないが、受け取って欲しい」


「?…………なんだこれは?」


「紅茶の茶葉だ」


「紅茶だと?…………何故そんなものを」



 あまりにも突然の土産に、アウレーシアが疑問符を浮かべる。

 悠希人とて、そんな反応だろうと想像はした。



「配下に加えて貰おうと来たからな。お近づきの印というものだ」


「なんだ、それは。本当にそれだけか?」


「ああ。深い意味はない」


「…………素直に受け取りたくはない気分だ」




 受け取らない理由も特にないが、アウレーシアは気持ちよくは受け取れなかった。

 それだけ突然すぎるので無理もないが。




「まあ、そう言うな。先の指輪(リング)にしても、魔玉の感知にしても。貴方は配下の支援(サポート)に力の大半を使って、ほとんどこの城から動けないのだろう?」



「そんなことまで把握済みか…………だから、どうしたというのだ?」



「時間は持て余しているだろう。紅茶でも嗜むといい。趣味としては悪くない」



 

 そう説得する悠希人に、思わず毒気を抜かれるアウレーシア。

 本当に深い意味なく贈ったのだろうと、理解したからだ。




「…………紅茶など淹れられん」



「ならば、俺が淹れてやろう。見て覚えろ」



「そもそも茶器など無いぞ」



「俺が任務から戻るまでに探しておくことだ。この無駄に広い城なら、一式くらいあるだろう」



「…………ええい、分かった。もういいだろう、転移させるぞ」


 


 押しの強い悠希人に折れるアウレーシア。

 その様を見て、悠希人が笑みを刻む。



「ああ、ではな。アウレーシア」



「…………ああ、グレイ」




 アウレーシアが手をかざすと、黒い靄のような魔力が悠希人の身体を包み込む。

 魔力が晴れるときには、既に悠希人の姿はなかった。





「……………ふぅ」




 悠希人が消えたのを視認したアウレーシアは、思わず一息つく。

 突如現れ、配下となった男『グレイ』。

 なんとも心の疲れる時間だった。




 そこでふと、アウレーシアは自身の持つ紙袋に目を落とす。

 半ば強引に贈られた紅茶の茶葉。





(………………紅茶など、もう200年は飲んでいないな。味など忘れた)





 悠希人は知っていた。

 かつてのアウレーシアの好物を。






♢♢♢♢♢♢♢♢♢





 

 時は戻り、現在。

 都合3度目の任務を終えた悠希人が、アウレーシアへの報告へ訪れた時。



「さて、報告は以上だ。やはり瘴魔玉は簡単に見つかりそうにないな」


「そうだな。しかし我としては其方が存外、真面目に任務をこなすと分かっただけでも収穫だ」


「もう3度目だぞ。まだ疑っていたのか」


「あの出会いで疑うなという方が不可能だろう」



 ぐうの音も出ない悠希人。

 自分でも、こんな正体不明の男を信用できる訳がないと思っている。



「まあ、今は半信半疑といったところだ」


「素直には喜べないな」



 半分は信じてもらえていると喜ぶべきか。

 まだ半分疑われていると嘆くべきか。



「冗談だ。今後も瘴魔玉の捜索を主に担ってもらう。これまで通り『日本』を中心にな。他の国は他の配下たちの手が足りている」


「ああ、承知した」



 これは悠希人にとって好都合。 

 アウレーシアの転移があるとはいえ、活動拠点が日本なのは今後動きやすい。




「…………ところで、気になっていたが。いつもの外套はどうした?」


「…………光聖姫に遭遇してな。その影響だ」



 まさか少女の服を切り裂き、痴態を眺めてしまった贖罪とは口に出来なかった。

 悠希人は記憶から抹消するよう努める。



「光聖姫か、忌々しい連中だ。毎度毎度、我が配下の邪魔をしてくれる」


「奴らの『帰還結晶』は厄介だな。まあ俺たちが言えたものでも無いが」



 さらっと逃げられたと暗喩する悠希人。

 仕留める気などなく、見逃したとは言えない。



「ふん。我が配下たちの手をもって、いずれ根絶やしにしてやろう」


「…………言っておくが、俺は今後は全ての命令に従うとは限らないぞ」


「分かっている。特別待遇だろう?」



 光聖姫を殺せなどと命令されても、悠希人に実行できる訳がない。 

 なので、今の内に予防線は張っておく。





「さて、用は済んだ。失礼させて貰う」



 これ以上この話を深められても困るため、席を外そうとする悠希人。

 必要な報告も終えている。





 のだが、アウレーシアが何故か引き止める。




「待て、グレイ」



「……………なにか?」



「分かっているだろう…………淹れろ」



「……………はあ、全く」




 ため息混じりに紅茶の準備をする悠希人。

 任務の報告を終えると、いつもだ。

 紅茶をねだられるようになった。




「俺は見て覚えろと言った筈だがな。自分で淹れたらどうだ?」


「そんな些末事は配下の仕事だ」


「俺は特別待遇のはずだが?」


「ああ。特別に給仕に任命してやろう」


「…………ありがたい限りだな」




 勢いに押され、渋々ながらも慣れた手つきで紅茶を入れる悠希人。

 そんな悠希人を見るアウレーシアの表情は、珍しくほんの少しだけ柔らかかった。

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