第4話 光聖姫『暁月』
『光聖姫』---- この世界で怪獣・怪人と戦う力を持った魔法少女たちの名称である。
『光聖協会』という対怪獣・怪人のための特務機関が存在し、光聖姫は協会に所属する。
光聖姫の行動は原則協会が管理しており、任務の派遣やそれに伴うあらゆる支援を、光聖協会は担っている。
そして光聖姫には、それぞれ通称となる光聖姫名が与えられている。
「光聖姫『暁月』………怪人討伐を開始するわ」
衣織の光聖姫名は『暁月』。
彼女達にとって、自身の光聖姫名を告げることは力を解放することの引金となる。
光聖姫名を口にした途端、衣織の身体からそれまで以上に魔力が溢れ出す。
彼女の髪や眼の色と同系色の、真紅の魔力がゆらゆらと立ち昇っていく。
(いきなり『名乗り』か………まあ、らしいけど)
魔力の消費が激しいため、基本光聖姫は『名乗り』を温存しておくものだ。
ただ主人公らしく、どこまでも真っ直ぐな衣織はそんなことお構いなしだった。
そこが衣織の美徳でもある。
そう感じる悠希人は思わず僅かに笑みを刻む。
「っ………笑うなんて余裕なのね。一応最後の通告よ、大人しく投降するなら怪我はさせないわ」
「一度当たって砕けるのが君の為だろう。遠慮せず全力で来ると良い」
「ほんと減らない口ね…………後悔させてやるんだからっ」
衣織が力強く、地を蹴る。
直球、一直線。
偽攻の類は一切なく、ただただ速度と重さに物を言わせた右ストレート。
それに対して、悠希人は。
「っっ………嘘!?」
指一本で止めてみせた。
余りに人間離れした芸当に、衣織が思わず声を大にして驚く。
「どうした?遠慮は要らないと伝えた筈だが?」
「……………くっ」
渾身の一撃を軽々と受け止められ、衝撃がすぐには抜けない衣織。
それでも、この一瞬の攻防だけで自分が遥か格下だという事実は理解してしまった。
衣織が大きくショックを受ける中。
(『名乗り』を使ってもこの位か。悠希人の性能が高過ぎるのもあるけど、やっぱり光聖姫として、まだまだ駆け出しってことだな)
内心で衣織の実力を分析する悠希人。
衣織は高校入学とほぼ同時に光聖姫になった為、現在はまだ成り立ての状態。
ゲームでいう本編開始直後の状態であり、成長するのはまだまだこれからだ。
(一先ず衣織に関しては、この時点でゲームでのキャラと大きく違いは無さそうだな)
人間性や光聖姫としての実力など、衣織がゲームと違いがあるのかを悠希人は確かめたかった。
今回、衣織との接触を図った一番の理由だ。
これが判明しただけでも、もう悠希人はこの場を離脱して良いだろうと判断していた。
けれど………。
(仮にも怪人って立場だしな。怪我させるのは論外だけど、少しはそれっぽいことしないとだよなー)
悩みの種はそこだった。
衣織にも完全に怪人として認識されているし、それは間違っていない。
悠希人にとっては、寧ろそう思ってもらわなければ困るという話だ。
ならば、この場でもそれらしい振る舞いをしなければならない。
なんとか衣織を傷付けず、怪人として向こうに撤退させるくらいには。
「……これで分かっただろう、俺と君の差が。それも理解できない程、君は間抜けには見えない」
「くっ…………あなた、一体なんなの?」
「怪人さ。それ以上を語る気はない」
というより教えられる訳がないと、悠希人は内心で独り言ちる。
先程のショックが大きいのか、衣織もそれ以上は聞いてこない。
戦闘意欲もだいぶ削がれてしまっている。
「さて、どうする?君に倣って、こちらも最後の通告をしよう。大人しく退くのなら、手荒な真似は控えるが?」
「……そうね。私じゃ絶対あなたには勝てない」
諦める素振りを見せる衣織。
悠希人という怪人の実力は想像の遥か上ではあったが、衣織とて分かっているのだ。
自らが、まだまだ光聖姫として駆け出しだということを。
だから、ここが引き際だろうと。
けれど………。
けれど、悠希人は知っている。
如月衣織が、この程度で終わる少女でないということを。
「それでも!私が光聖姫である以上、怪人であるあなたから易々と逃げる訳にはいかないのよ。勝てるかどうかなんて関係ない!」
利口な理屈など無い。
ただ愚直に正義を為す。
そしてきっと、世界を救ってしまう。
悠希人は内心で笑みを刻む。
やはり目の前にいる少女は、光聖姫『暁月』。
主人公・如月衣織なのだと。
「成程、志は立派だ。未熟ながら、君は紛れもなく光聖姫なのだと認めよう」
それでもこの場においては、衣織には退いてもらわなければならない。
だからこそ悠希人は、多少強引な手に出ることを決意する。
「言葉で説けないのなら、痛みで理解してもらう他ないな」
悠希人がゆっくりと手刀を振るう。
瞬間、その腕から漆黒の魔力が刃の形を成して放たれる。
「…………きゃっ!?」
漆黒の魔力斬が衣織に直撃。
十数mは吹き飛ばされる。
無論、悠希人に衣織を傷付ける気などない。
攻撃をするだけでかなり心が痛むが、そこは必要なことだと割り切るしかない。
(光聖姫の戦闘服には強力な"魔力防御"が込められてる。身体に傷が付くことはないよな)
それでも衣織にしてみれば、こちらに明確に加害の意思があることが伝わった。
吹き飛ばされた衝撃も合わせれば、先程よりは撤退する気にさせ易いだろうと悠希人は考えた。
「どうかな?これでもかなり手加減した一撃だ。まだ諦めないというのなら……………っっ」
説得をしつつ衣織に近付く悠希人。
十数mも離れれば、この暗がりでは鮮明に様子を視認することが出来なかった。
だからこそ、近付いたことで初めて見えた。
「痛たた…………なに?…………ひゃっ//!?」
衣織の戦闘服が破れ、その素肌と下着が僅かだが覗けてしまっていることに。
衣織も急に言葉を止めた悠希人から、自身の姿に視線を落とす。
淡い色合いの清楚な下着と健康的な白い素肌が晒されていることに、一瞬で顔が真っ赤になる。
一方で、悠希人は…………。
(……2……3……5……7……11……13……………)
ひたすらに素数を唱えていた。
表情や態度には出ていない。
ここで動揺してしまえば、正体不明の怪人というキャラが一気に崩れ去ってしまうと理解した。
(………よし、大丈夫だ。にしても、戦闘服の魔力防御を貫くとは。かなり弱めたつもりだったけど、まだ加減が難しいな)
鋼の精神力で平静を取り戻す悠希人。
「……………うっ………うぅっ」
対照的に衣織は羞恥に堪えるように、その身をかき抱き身体を隠していた。
(これは…………流石に不味いな)
結果的には、かなり衣織の心を折ることが出来ているだろう。
撤退はさせやすくなったかもしれない。
けれど、このままの状態にさせるのは流石に悠希人の良心が許さなかった。
縮こまる衣織に近付き、黒の外套を羽織らせてやる悠希人。
妙な優しさを見せてしまうが、どの道見逃すし言い回し次第だろうと判断した。
「えっ?……………なんのつもり?」
「なに。高潔な光聖姫殿が露出魔と勘違いされてしまっては、流石に忍びないのでね」
「なっ!?…………くっ、最っ低!!」
それでも内心ほっとしているのだろう。
敵から貰った筈の外套で、しっかりと全身を包んでいる。
「さて、これで十分だろう。君の光聖姫としての気概は認める。だが、これだけ無様を晒したんだ。今回は潔く退きたまえ」
「……………くっ」
「…………君は光聖姫として、まだ日が浅いのだろう。まずは地道に怪獣討伐をこなし、力を付けることをお勧めする」
衣織には強くなって貰わなければならない。
せめてもの思いで、悠希人は助言する。
「助言なんて、なんのつもり?それに………怪人の癖に、本当に私を見逃すの?」
「君程度、いつでも殺せる。今はそれにも値しないというだけさ」
「ほんと、性格悪いわね」
「褒め言葉として受け取っておこう。さて、いい加減帰りたまえ。それとも、更に露出を増やして欲しいのかな?」
「っ………見ないで!………分かったわよっ」
衣織も踏ん切りをつけた。
すると、徐に首元からネックレスを取り出す。
「…………《帰還》」
そう唱えると同時に、ネックレスの結晶が淡く光を放つ。
すぐに光量は増し、やがて衣織の身体を掻き消すほどとなった。
光が消える時には、既に衣織の姿は無い。
(光聖協会の『離脱システム』もちゃんとある。これなら光聖姫たちは、余程死ぬことはないか)
ゲーム知識のある悠希人に驚きはない。
光聖姫にとっての安全装置があることで、寧ろ安心したといっていい。
「…………はぁ」
小さく息を吐く悠希人。
流石に色々と疲れてしまった。
(………さて、俺も戻るか)
任務を終えた悠希人もまた帰還する。
怪人たちのアジトへと。




