68話.狩りの時間
空気が張り詰める中、須々木須々木はなお嘲笑を浮かべながら身を低くした。周囲からはガサガサと草木をかき分ける音がしている。
草木をかき分けて現れたのは、十数人にのぼる集団。老若男女問わず、体格も様々なように宵華には見えたが、特に目を引くのは頭部と腰だった。丸っこい耳に、長い尻尾が生えている者が多い。中には顔が丸々獣の顔であったり、動物そのものを肩に乗せている者もいる。そのどれもがある動物の特徴である事がうかがえた。
(今回の件、イタチの仕業なのね)
「後悔ねえ。そんな強がってて、この人数はさすがにキビシイんじゃない?」
須々木は得意げに話す。
宵華は依然静かに、自分を取り囲む包囲網を見回した。じりじりとにじり寄る動きはバラバラで、闇に紛れているにしてもおよそ統率が取れているようには見えない。手に持つ得物も木の棒だのバットだのと、出来合いのもののようだ。
「所詮烏合の衆ね。束になってかかって来なさい」
余裕を崩さない宵華を見ても、須々木は笑みを消さない。ただひと言、冷たい声で発した。
「あんた達、やっちゃって」
須々木の号令に、荒くれ者の集団は我先にと宵華目がけて走り出した。その光景を見て、須々木は口角をさらに釣り上げる。
「あんたこそその言葉、後悔しても知らないから」
しかしてその笑みは、次の瞬間に凍りつくこととなった。
「…は?」
宵華に向かっていったうちの一人が勢いよく須々木の足元に転がってきた。ぎこちない動作でそれに視線を向けるが、その間にも宵華のものではない悲鳴が次々と上がっている。
「天狐なんて大袈裟な名前、どんな気持ちで名付けたのかしら。気が知れないったらないわ」
呆気にとられる須々木に向かって、宵華は肩を回しながら悠然と歩いてきていた。その背後には、無数の影がうずくまり転がっている。
「あなた、私をぬくぬく育てられた世間知らずかのように言っていたわね?」
1歩、また1歩と近づく宵華から遠ざかるように、同じように1歩ずつ須々木は後退る。しかし木々に囲まれた狭い土地の中、すぐに追い詰められてしまった。
対して宵華は獲物との距離を詰めながら、まるで知人と雑談でもするかのような気軽さで話を続けている。
「まああながち間違いでもないか。自慢じゃないけど、皆からの奉納物で食うには困らないし、住処だって立派なのを設えてもらったもの」
宵華は目の前で怯える須々木の頬を撫でた。撫でられるその顔に、数分前までの威勢は見る影もない。
須々木は顔を歪ませながらも必死に悪態をつくが、宵華は何処吹く風といった様子でいる。
「なんなんだよお前…っ!」
「でもね、狐は祀られているだけのモノではないわ。私たちの本質って、神性ではなくて狩人なのよね」
「こんなの聞いてねえぞ!」
「ここの巫女は楽勝じゃなかったのかよ!」
二人のやり取りを尻目に、寄せ集め集団の一部はよろよろと立ち上がり逃げ出そうとしている。
「あ、ちょっと…」
須々木の制止にも耳を貸さず走り出した。人数は男性二人、唯一走りやすい場所と判断したのだろう、畑の出入口を目指している。
宵華が追わないことに顔を綻ばせるが、しかしその物陰から細身の影が一人、姿を現した。
「逃がすわけないじゃん?」
「ぐぇ…!」
先頭を走っていた男を蹴り飛ばし、退路を断ったのは藍暁だった。ひと回りほども体格の違う相手を前に崩れる光景を見たもう一方は、完全に萎縮してしまっている。
宵華は呆れたようにため息をつき、こぼした。
「神社で騒ぎを起こしておいて…妹が来ないわけがないでしょう。早苗は面識があったかしら」
「どうだっけ?ま、どっちでもいっか。妹の藍暁でーす。血は繋がってないどねー」
狐の姉妹は心底興味が無いといった風に、適当に流した。油断ともとれる態度だが、須々木は動けずにいた。
須々木は自身の身のこなしに多少の自信があった。それが、この数瞬の間に起きた事を理解できていない。
「さて。人の縄張りにちょっかいをかけたんだもの。覚悟はしておく事ね」
「そうそう、その辺から逃げようったって、外にもお手伝いさん達を呼んでるから」
須々木に抵抗する術は無く、酷く顔を歪ませて歯ぎしりをした。




