67話.犯人
夜、宵華は外れの畑で身を潜めていた。樹希を帰らせた後、そのまま付近で待機を続けていたのである。
宵華が木陰で見張っていると、懐中電灯と思しき小さな照明を手にした人影が姿を表した。影は一人、宵華の見立てでは樹希の体格ではない事が分かるが、それにしては歩き方に一切の迷いがない。
そうして畑の真ん中に立つと、周囲を照らしながら見回し始めた。この場所についてはよく知らない事がうかがえる。
狩猟の経験がある宵華は夜目が利く。照明に満ちた世界で生活している影響で昔のような視力こそ無いが、それでも数メートル先の人物を判別する程度であればなんの支障もない。
「なるほど。やはり貴方だったわけね」
「あん?」
宵華は畑をうろつく影に声をかけた。影は一瞬動きを止めるが、驚いた様子もなく声のした方を向く。
手に持った懐中電灯に宵華の姿が照らし出された。表情は無く、冷たい眼差しを光源の持ち主に向けている。影は楽しそうな声色で口を開いた。
「ふーん?案外驚かないんだね?」
「ええ」
「なかなかの演技だったっしょ。偉大なる狐巫女サマもすっかり騙されちゃってさ!服貸した時の顔なんてマジケッサク!あ、あんときの服返さなくていいから。あんたの臭いがついたモンなんて袖も通したくない」
大仰な身振りで話す彼女の顔を、振り回している懐中電灯が一瞬照らし出した。
巫女服に身を包んだ須々木は、普段の人懐っこい印象からは想像もつかない、獰猛とでも言うべき目つきでニタニタと笑っていた。
「ったく。戻ってきたのがあの捨て子野郎だけだと思ったら、まだここに張り込んでたなんてね。いつもみたいにそのへんの雑草でもつまみ食いしてんのかと思ったのに」
「…」
須々木が煽るように言葉を並べるが、宵華は口を開かない。その様子に須々木は不快感を隠そうともせず、舌打ち混じりに悪態をついた。
「……ねー、なんか言ったら?あたしだけしゃべっててもクソつまんないんだけど」
「話す事など何もない」
「あっそ。顔見知りと世間話もできないなんて、狐ってのは薄情だねー」
須々木があざけるように話す。宵華はやはりピクリとも表情を変えない。須々木は肩をすくめると、話題を変えた。
「それで?あたしが神社にイタズラしてたって、いつから勘づいてたワケ?」
時間は夕刻に遡る。監視カメラを設置したのち、樹希と宵華は畑の手入れをしていた。といっても、そのつもりだったのは樹希だけで、宵華は違う事を考えていた。
ここ数日間の出来事を振り返った時点で、内部犯がいる事はほぼ確実と宵華は考えていた。その犯人を、この機会を使って捕らえたい。
相手の情報収集力がいかほどか分からない以上、事は慎重に運ぶ必要がある。
「そうだ。樹希、せっかくだから少し収穫していきましょう。その辺りの子達はちょうど食べ頃なの。ちょっとこちらに来てくれないかしら、カゴを一緒に運んでほしいのだけど」
「うん?ああ分かった」
「これと、あとこちらをお願い」
「…!この2つを一杯にしていいのか?」
「ええ」
宵華が樹希を呼び、用意したカゴを渡した。その底面を見る樹希の表情がわずかに歪んだ。が、次の瞬間には会話の流れを戻し、頼んだ箇所の収穫に向かってくれた。
『犯人は須々木早苗』
『今夜見張る。境内より支援を求む』
盗聴を警戒するには、古典的だが有効だと判断した結果のコミュニケーション方法だった。樹希であれば充分だと考えたが、予想通りの動きをしてくれる。
正直なところ、須々木が犯人というのはかなり推測が混じる。しかし水源の事をはじめとした、様々な事案の第一発見者が彼女である。さらに、この畑について知る事ができた可能性があるのが、今日不意に出くわした須々木のみ、という点だった。
今夜誰も来なければ杞憂、樹希でない人物が来れば須々木で確定で良いだろう。
「おまたせ、これで十分とれたかな。他に手伝える事はあるか?」
思考を巡らせている間に、樹希が収穫を終えてくれた。この後、カゴは第三者に見られぬよう、この場から持ち去る必要がある。その役目を樹希に託す。
「今はないわね。うちまで持って帰ってもらうだけで充分。もう少し残った子のお世話していくから、先に帰っていてちょうだい」
「分かった。宵華も気を付けて帰って来いよ」
樹希は声をかけて畑を後にした。去り際の彼の言葉は、夜道というだけではなかっただろう。宵華はそれに笑顔を作って頷いた。
短い回想を終えた宵華は、しかし同じ言葉で返した。
「言う事など何もないと言ったはずだけれど」
「はん。ま、そーやって強がってられんのも今のうちだから」
堂々巡りだと諦めたのか、須々木は鼻で笑って腰に手を当てた。ベルトの影から鈍い光が見える。小ぶりなナイフでも携帯しているようだ。
「まさかあたしが丸腰で、しかも単独で動いてるなんて思ってないでしょ?」
「……」
手に持った刃物を翻しながら、須々木は指を鳴らす。周囲から複数の気配が現れた。ガサガサと宵華を取り囲むように円を組んでいるようだ。
その状況に置かれてもなお反応をしない宵華に対して、須々木はため息をついた。そして口から呪詛を垂れ流しはじめた。
「これだから狐は嫌いだ。お高くとまりやがって。ぬくぬく生きてるあんたなんかどーとでもできるけどね、どんなにザコでも狐なら徹底的に潰す」
「べらべらと不愉快ね。御託は結構。我が神社に手を出した事を後悔させてあげる」
淡々と須々木の話を遮り、宵華は悠然と身構えた。




