63話.疑い
「宵華?」
須々木との話を終えた樹希は、耀に社務所の事務を任せて宿舎に来ていた。大した事はないと宵華は言っていたが、そもそも大事でなければ話しかける事もないのが彼女だと樹希は知っている。
宵華は宿舎の談話スペースで、あられをつまみながらお茶を飲んでいた。樹希の声に顔を上げると、おもむろに立ち上がり歩み寄った。
「おかえり、樹希」
「あ、ああただいま。それで話ってなん……!?」
「このあられ、美味しいよね。この間樹希も気に入ってそうだったから、少し残してたの」
そのまま樹希の口にあられを詰め込み、息つく間も与えずに口を開いた。
「え?社務所に忘れ物?もう、最近多くない?ちょっと疲れてるみたい。ついていってあげるから、さっさと済ませましょう」
宵華は困惑する樹希の手を引き、玄関口へとずんずん進んでいく。
「お、おい…」
(しっ。不自然な音は立てないで。外に出るわ)
たまらず声をかける樹希を遮り、歩みを止めないまま小声で短く伝えた。
樹希に説明もせず、宵華は境内の裏から山へと足を踏み入れた。水道に沿って歩き、貯水槽に差し掛かった頃に宵華は口を開いた。
「もういいかしらね」
周囲を見回しながら歩みを止める宵華に、樹希は何度目かも知れない問いを投げた。
「一体何なんだよ宵華。社務所に行くとか言いながら裏山まで来るし…いい加減説明してくれないか」
宵華は振り返りながら答えた。
「さっきの須々木の話、覚えてる?」
「そりゃさっきの事だからな。貯水槽の中にネズミの死骸が浮いてたっていう話だ」
樹希の返答に、宵華は頷いた。そして前へ向き直り、話を続けながら再びゆっくりと歩き始めた。
「そうね。彼女が実物を回収していた以上、それは本当の事だと思う」
「じゃあ良いじゃないか。なんだってこんなコソコソと山奥まで行く必要があるんだよ?」
宵華は樹希の質問に答えないまま小さく頷き、ゆっくりと歩き続けた。
「この貯水槽ね。実は今朝、私も調べたのよ」
件の貯水槽に辿り着いた時、宵華が言った。中を覗き込みながら、「やっぱり…」と呟く。
「え?」
樹希は呆気にとられ、言葉が出なかった。
「その時には何もなかった。臭いもなかった。私だって腐っても狩猟民族の端くれ、死臭なんかがあれば気付けるくらいの自信はあるわ」
宵華は貯水槽の蓋を閉め、樹希に向き直った。腐臭が樹希のもとまで届き、二人で顔をしかめた。
「なのにこの現状…私の行動の間を縫って動いているとしか思えない。十中八九、神社と関係のある人間が犯人でしょうね」
そこまで聞いて、樹希も合点がいったように大きく頷いた。
「なるほど。それが本当なら、境内で話せないわけだ」
「それでね、樹希」
事態をある程度理解した樹希は、早速対応を考えた。
「わかってる。回収作業も依頼しなきゃいけないが、この辺りの監視も必要そうだ。小型の監視カメラがないか、母さんにかけあっておくよ」
「ありがとう。でもこれは本題じゃないの」
樹希の提案に感謝を述べながらも、宵華は歩みを止めなかった。
「なんだこれ…」
水源の湖に辿り着いた二人。樹希は、その一角に出来上がっている腐肉の山を見て表情を強ばらせた。
「こんなものが放置されてたら、水道水だって駄目になるのも無理はないわ。むしろ、なんで今の今までこんな事に気付かなかったのか不思議なくらい」
山は、宵華が発見した時から比べても臭気を増しており、一部はヘドロのようになっていた。
「この目で見ても信じられないな…貯水槽の件と同一犯だって思うか?」
樹希の問いに宵華は静かに頷く。あまり表情が優れないのは、この異様な光景と臭気のせいか、それとも考えに自信を持てないのか。樹希には判断のつかない事だが、後者だとすれば共感はできた。
「貯水槽と水源とじゃ、規模が違いすぎる。単独犯では絶対ありえないぞ」
「それは、そうなんだけど…」
宵華は口ごもった。そして少しばかりの思案を挟んで口を再び開いた。
「…ここは臭いが強すぎるわ。まともに頭が働かないくらい。とにかく樹希、貴方をここに連れてきたのは、問題がどれほど深刻なのかを知らせたかった事と、この対策を一緒に考えて欲しかったの」
今はそれだけ伝わればいいから、と宵華は樹希の手を引いて道を引き返しはじめた。樹希としても、心地よい陽気を台無しにしてあまりあるこの場所からは一刻も早く離れたく、宵華の行動を妨げる理由などなかった。




