62話.直感
「あ、ねえ樹希…あら?」
宵華が裏山から戻ると、鳥居の前に樹希がいた。が、1人ではなく、アルバイト巫女である須々木早苗が隣にいる。彼女と何事か話し込んでいるらしい。
横槍を入れるわけにもいかないと足を止めたところで、宵華に気付いた須々木が声をかけてきた。
「あっ、宵華さん」
「こんにちは早苗」
なぜか宵華に対する距離の近い須々木。彼女に宵華は苦手意識を持っていたが、木津根町にくり出す際に服を貸してもらえたり、他にも外部の話をよく持ってきてくれる。そんな事を宵華にしてくれるのは彼女くらいのものなので、自然と話す事自体には抵抗がなくなってきていた。
それでもあまり近いのは苦手なので、いつものように駆け寄られるかと身構えた。しかし宵華の予想に反して、須々木は神妙な表情を崩さずに会釈をした。宵華もそれに合わせて挨拶を返した。
やけに真剣な空気が漂っていた。宵華が話したい事もたいがい重要な内容だが、こちらは多少対応が前後したところで事態にさして影響はないだろう。
「樹希に話があったのだけど…取り込み中みたいね、後にするわ」
「いや、ちょうど良かったよ。大事な話だから宵華も聞いていってくれ」
そう言葉を残して立ち去ろうとした宵華を、樹希は引き止めた。
「うん…?いいけど」
自分にも関係のある話だろうか?宵華は訝しみながらも、話に加わる事にした。
須々木の話は奇しくも境内の水道水に関する事だった。樹希も、その件で宵華が調査に出かけた事を知っていた為に呼び止めたのだという。
「それで、さっき出した水が変な色だと思ったんで、近くの貯水槽を覗いてみたんです」
「えっ」
偶然だろうか、須々木も貯水槽を調べたらしい。比較的小柄な彼女には、槽を調べるという作業は大変だっただろうに、1人でやってのけたという。
「近づくほど変な臭いがして、見てみたら槽の中にこんなものが浮いてて…!」
そう言いながら、須々木は懐から透明の小袋を取り出した。中身はどす黒い液体に浸った何か。袋越しにも分かる強烈な臭気が、宵華の鼻を刺激してくる。
臭いも、中の物体も、宵華には覚えがあった。
「これは…ネズミの死骸?貯水槽の中にこれが?」
「はい」
水源で見かけたものと、破棄したのは同じ犯人だろうか。
(ここで考えても詮無き事だけれど)
そう自覚しつつも、宵華は思考を巡らせずにいられなかった。
「袋のまま浮いてたのか?」
樹希がした質問に、思わず宵華は顔をしかめた。袋の外側は濡れておらず、キズもない。十中八九回収した死骸を保管しただけだ。そんな事を聞いては須々木は袋を開けるだろう。
「これは私が回収した時に入れました。だって、こんなに臭いキツイんですよ?」
案の定、須々木は袋を開けた。たちまちものすごい死臭が吹き出し、宵華は鼻をつまんだ。
「う…分かったから早くしまってちょうだい。こんなモノ、一時だって嗅いでいたくないわ」
須々木も我慢できないのだろう、さっさと死骸をしまって話を続けた。
「浮いてたのはこの一匹だけじゃないです。何匹も浮いてて、でも1人で回収するのも大変だったから…」
「大丈夫。危ない作業だし、アルバイトにそこまで求めないよ。ともかく、これで水道水の問題の原因も分かったワケだ」
申し訳なさそうに眉尻を下げる須々木を、樹希がなだめた。
その点には宵華も同意できた。水源の山しかり、死骸の回収などという重労働を好き好んで出来る者もそういない。
「そう…そうね」
ただ、原因はともかくとして何となく釈然としない気持ちが拭いきれない感覚がある。宵華自身、それをうまく言葉にできない事をもどかしく思った。
「取り急ぎ業者に連絡しておこう。それで宵華、何かあったんだよな?」
「……」
「宵華?」
「えっ?ああいえ、何でもないの。ちょっとした野暮用で…」
考え込む宵華の顔を樹希が怪訝そうに呼びかけながら覗き込み、それで宵華はハッと我に返った。慌てて取り繕う。
「そうなのか?」
「ええ、本当にちょっとした事だから…」
あの水源での光景は決してちょっとした事などではないのだが、宵華は不意にそんな返事を口にした。先ほどの引っかかりといい、全く意図も理由も自覚がない自分の言動に驚きつつも、冷静に考えた。
(こんな事をする時は、何かしら警戒すべき事がある…用心に越したことはないわね)
「でもそうね…樹希にも手伝ってほしい事があるから、手が空いたら来てちょうだい。部屋にいるわ」
結局、宵華は自身の感覚を信じ、樹希にそう頼んだ。そして呆気に取られる樹希と須々木を尻目に、宿舎にある自分の部屋へと足を速めた。
モブキャラ的な立ち位置だったアルバイト巫女さんの須々木ですが、結構出てるので須々木早苗と下の名前も付けてみました。せっかくなので活躍の場を作ってあげたい。




