↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/77

ボク『大発』です その3(インテルメッツォ もっと大きな大きなフネへ)

ポチです。こんばんは。

さて、ホントに戦記出ませんねぇ~(笑


ま、今回もですが…


ではお楽しみください。


「せっかく出来た上陸・揚陸体勢を支えるフネ・システムができれば良い」


海軍は小発と大発を分けてもらい、また陸軍の協力のもと自分のところでも量産を始めた。

小発は、「十米特型運貨船」

大発は、「十四米特型運貨船」

と制式に名付けられたが、現場では小発・大発と呼んでいた。

のちに海軍独特のものとして大発をやや小型にした「十三米特型運貨船」が採用されている。通称を中発という。

中には「内火艇」「内火ランチ」(どちらも内火艇と呼ばれていたが…)などの60馬力石油エンジンを搭載し、燃料の共通化(灯油)を図ったものもあった。

最初は湾港内の連絡・物資輸送に使われ、次に小発が内火ランチやカッターの代わりにフネにぶら下げられ始めた。


「上陸戦にどう使うか?」


輸送船から降ろして、クレーンで荷物を降ろす。その手間が惜しい。時間が惜しい。艦政本部は悩む。


「フネから直接、載せた状態で降ろしては?」


なるほど分かりやすい。で?どうやって?


「千歳のアレ……使えますよね?」


千歳? ああ、甲標的を発進させるための艦尾の斜面。答えは単純な物だった。もちろん大発を発進できるとは限らない。が、だからこそ盲点となっていた。

ちょうど試せるフネもあった。

一等駆逐艦の峰風型2隻、二等駆逐艦の樅型9隻、若竹型1隻、これらのフネは駆逐艦籍を離れ、雑役艦への改装が待たれていた。砲を半減し魚雷を外し、缶(エンジン)も半減させる。上甲板に陸戦隊用の兵員室を設ける。大発を1隻ずつ(峰風型は2隻ずつ)搭載する。艦尾は傾斜させて大発の発進を容易にする。新たな艦種が生まれる。

「哨戒艇」

短期間ながら訓練で使ってみる。使える。そして開戦。


「12センチ砲? いつ使う? 空には使えない」

「13ミリ対空機銃? 敵機は無視してたよ」


でも、大発はスムーズに発艦し、予定通りの上陸戦が出来た。

だからこそ、上手くいったからこそ、小さな「欠損」が目立った。


「哨戒艇自体が無意味であったわけではありません」

「上陸には役立ったのは間違いない。が、航空機には無力だったのです」

「自分で身を守ることが大切です」


もう既存のフネを改装するだけの問題になかった。新たなフネが必要となる。できれば量産が出来る、大発を発進できるフネを。


「対空、対潜、自分だけでもどうにか出来るフネを」

「速度は大切だ、振り切れる最大速度と巡航速度を」

「大発はできるだけ載せる」

「浜へ往復した大発に迅速に物資を載せられるように」

「巡航速度は18ノット、最高速度はもう少し」


基本的な研究設計が始まった。

それが形になるためには二つの事件を経なければならない。


一つは開戦当初の「ウェーク島攻略作戦」である。哨戒艇が大発を抱えて初めて参加した上陸作戦。結果としてウェーク島は日本の占領地となったが、反省点も多かった。航空機への対抗手段の少なさもあった。そして大発を放つために作ったはずだった。が、放てなかった。海が荒れていたためだ。


「……もう、このまま行け」


第三十二号、第三十三号哨戒艇は、自分自身を浜へ突っ込ませた。


もう一つは「カダルカナル島」を巡る戦いである。最初に大規模な挑発された商船での輸送を行った。そしてかなりのフネが沈められた。何度か輸送船が送られる。日本としては悲鳴を上げるほどの損害。水上機母艦「日進」、陸軍の「機動艇」、海軍の「輸送艦(後の三等輸送艦)」、そして哨戒艇、さらに駆逐艦、潜水艦。何でも投入された。ガダルカナル島への輸送のために。

敵の航空優勢の中、敵制空権下に海上輸送を行うこととなった。そのため低速の輸送船は航空攻撃を受ける。駆逐艦を用いても量が運べない。

ならばこそ、敵勢力下でも大量物資の輸送ができるフネが各方面から求められていた。


『高速小型輸送船(差當リ駆逐艦巡洋艦ノ改装ニ依リ)ニ依リ輸送力強化ヲ要ス』


誰かが思い出した。


「あのフネ……」


そう、哨戒艇以降、設計案だけは数種類出来ていたあの大発を発進できるフネの存在を。

始まった。要求が出た。

基準排水量約1,250トン前後、速力約23ノット、航続距離:18ノットで約3,500カイリ

12 cmまたは12.7 cm高角砲2門以上、25 mm 3連装機銃 3基 9挺、爆雷 36個。

探信儀、水中聴音機各1

そして、搭載能力約200トン以上、大発動艇(大発) 2隻以上。

搭載物件の積み卸しを迅速かつ容易に行えること


これまで使っていた哨戒艇をより強武装・高速輸送に適化したものと言える。その頃はじまった「丁型駆逐艦(松型)」の設計と同一船型を使おうともされたが、結局のところ輸送を中心とすると効率が悪い。元に戻った。設計案には既にそれレベルのものがあった。

決まった。それからは早い。基本形は決まっていた。しかし建造にはもう一段かかる。


 「在来の建造方式に敢えて捉われない」


 簡易線図を用いた船体形状。船殻構造はブロック建造に合う構造にする。溶接を広範囲に採用する。海軍技術研究所の大水槽では巡航時と最高速時の両方に抵抗の少ない線図を直線で描く。形状・部品種類を減らす、ブロック組立に適した構造にする。また使用鋼材の節減のために船体強度が抑えられた。

機関は出来れば二軸としたかったが、建造簡易化のために一軸で我慢した。いやさせられた。舵も一枚。原案では二軸、舵二枚のはすであった。

建造はまず呉で行われる。しかも2隻同時。工程を整理し、進水までは約1か月半、竣工までは4か月半前後。量産が熟れるにつれ短縮されてその建造速度は一ヶ月で進水まで持って行く。艤装を併せてまずは二ヶ月。完成後、僅かな訓練時間を経て戦地に投入され、強行輸送に従事。つまり「危ないところ」へとかり出された。


『一等輸送艦』


そう呼ばれたのは、昭和18年2月の1号艦完成時であった。

その後、このフネは多用された。駆逐艦と同様にさまざまな場所へと。


ジャイロコンパスがある時に壊れた。航海には必要不可欠なものだ。

「輸送艦は、出撃したらすぐ撃沈される。修理するまでもないでしょう」

          (松永市郎著『三号輸送艦帰投せず 『先任将校』後日物語』)

そう応えられたらしい。使えるから使う。だから被害も多い、沈む。しかし、乗っている兵員にはそんなことは言えない。


サイパン・フィリピン・小笠原・硫黄島・沖縄…

『二等輸送艦』・『三等輸送艦』とともにどこにでも行った。

1隻で全てがまかなえる、自己防御兵器もある一等輸送艦は単独で使われることも多かった。

甲標的の発進実験が行われ、10ノット以上の航走中にも発進可能であることを確認したため甲標的2隻を搭載して運送される。また回天は6隻を搭載して輸送した艦もあった。また第九号輸送艦はその艦尾スロープを利用して、機雷敷設をマニラ方面で行った。

便利なフネである。

そう、主力艦を温存するのとは反対に、あまりにも使いやすいフネだったのがその被害を増やした。

38隻が竣工、未成艦4隻。そして損害はかなり多く、終戦まで残ったのは12隻。(但し座礁1隻)



さてこれまでは海軍を見てきた。

『一等輸送艦』

『二等輸送艦』

『三等輸送艦』

それぞれが、それぞれに自分のフネの役割を果たしていた。

大発から始まる海軍の流れ…


では、陸軍ではどうだったのか?

前文で述べたように『機動艇』という一つの答えがあった。そして海軍の二等輸送艦をそのままに『SB艇』として採用した。それは終戦まで続く。

ただ、陸軍としては戦前に別の流れを作り上げた。

「大発母艦」

である。(この名称についてはあくまで筆者が付けたもので、その頃にそういう名称があったわけではありません。「舟艇母艦」が一番近いか?)


『神州丸』


というフネが進水する。あまりにも変なフネである。

存在秘匿のためにR1、GL、MT、「馬匹及重量材輸送船」、『龍城丸』等の名称も使用されている。(七つの名前を持つフネ(笑)。個人的には「龍城丸」という名称が一番ぴったりする)存在を隠すために商船を意識した船型となった…らしい。(え? ホント? 余りにも特徴的なフネなんだけれど…)

 多数の舟艇を高速で運用する専用の「舟艇母船」が必要になった。同じ「大発」を扱う中で、海軍とは別の答えを出したわけである。約8,000トンクラスのフネ。船内に主に大発などを収容し、船尾の開口部・泛水設備から兵員や車両を載せたまま連続発進できる。(このシーソー式の舟艇発進の仕組みはかなり面白い)しかも船内で大発に兵・車両・物資を載せておける。そのまま船尾から次々に海へ送り出す。いや大発だけではない。小発、装甲艇、高速艇など、陸軍がそれまで作ってきた舟艇体系、上陸・揚陸に必要とされていたものをまとめて扱う。神州丸の大発搭載数は最大29隻。そしてそれ以外に小発最大25隻、装甲艇や高速艇も。その揚陸戦力は聯隊の先頭を構成する歩兵一個大隊と、その大隊が単独で戦えるための重火器・車両それをまとめて送り込む船。そう、舟艇部隊そのものを船内へ積んで運ぶ。最初から一隻の中に上陸システムを組んで持って行くことを選んだわけである。しかも航空機付き。最大12機を搭載し、カタパルトで飛ばす。(帰りは? すみません、飛行甲板はありません。なので上陸した兵が飛行場を占領することを期待された。無理ならば機体を捨ててパイロットは落下傘で… 泣)

中途から海軍側の協力もあった。海軍造船官の庭田尚三は播磨造船所へ派遣され、臨時の陸軍運輸部部員として神州丸建造に深く関与する。特に水中防御改修に着手した。


第一次世界大戦の戦訓(ガリポリ上陸作戦)、日本陸軍の答えとなったもの。

「全部まとめて入る船を作ればいい」

そんなフネだった。


「神州丸」を強襲揚陸艦の先駆的存在というふうに評価する者もいるが、それはうがった考えであろう。陸軍は基本的に多数の敵勢を前にする「強襲上陸」ではなく、比較的敵勢の軽微な場所への「奇襲上陸」を考えていたからである。また輸送船の延長としての「上陸用舟艇母艦」というだけではない。単に自分が考える上陸部隊を一気に揚げ、海岸に基点(海岸堡・橋頭堡)を築く。そしてそれから陸へと進むための戦力である。


初陣は1937年8月の太沽(塘沽)上陸作戦。

しかも天候は悪い。2mもの波浪。それでも、船内に収めた舟艇を海へ送り出し、また収容できた。


「使えるフネだ」


机上で考えた妙なフネが、実戦でも動いた。


その後、杭州湾上陸作戦(1937年11月)への参加。

陸軍が本来考えていた「大規模上陸システム」が発揮できた。

ただ1隻だった。

陸軍として1隻で全てをまかなえない、複数の上陸地点に対応できないことは分かっていた。そう杭州湾より前に分かっていたことだ。


「数が欲しい」


予算はさほど多くはない。

神州丸は高すぎる。拘った、陸軍がかなり拘った作りだ。だから神州丸そのものは増やせない。

が、とりあえず2隻目、3隻目が計画された。


『あきつ丸』

『にぎつ丸』


商船の建造方法を中心にした。

神州丸と同じものを、陸軍費で何隻も抱える金はない。アレは時間も金も使いすぎる。なにせ実証艦だ。ならば、安くできるようにならないか…という当たり前の行動に移る。

発想を変えた。平時は商船として使える。そして戦争になれば徴用する。船そのものも、できるだけ普通の商船に見えるものへ。

『神州丸』はあまりにもその外観だけで諸外国の目を引いた。単に巨大な「煙突」だけでは周囲の目はごまかせなかった。イギリスもアメリカも、小発・大発等を組み合わせた上陸システム、そして神州丸の異形(目の前で大発を発進していなくとも)に目を付けた。

『にぎつ丸』は、『神州丸』を商船系の外観にした。中身は戦訓を元に改良した部分もあるがかなり似せた、大発を発進する船である。『あきつ丸』は陸軍が要望していた航空機戦力を飛行甲板という形で答えた。船型は一緒。そのころ始まった「戦時標準船」をもとにした線形で、搭載するエンジンを強化したものである。中身はかなり違う。

その後、当初は16隻の追加建造が要求された。多すぎる? いや、それだけ陸軍はこのフねの価値を知っていたのである。


『甲型』(10隻)

戦時標準船1A型(6,400トン)に似せて、拡大10,000トンクラスに変更したもの。ただ、直線、平板鉄板を多用して量産性を高める。エンジン(ディーゼルエンジン)の出力を高めて16ノットの巡航速度を維持した。船体内は上陸舟艇を急速発進させるための全通甲板になっており、外見だけ商船、中はまったく異なる。そして神州丸同様の艦尾。

神州丸の簡易・量産版と言える。

兵員居住区画は広く取られ、長距離・長時間の移動を考慮された。そのためか兵1955人を定員として設計されているが、実戦では大幅に超過した4500人を輸送している実績を残す。

『乙型』(3隻)

戦時標準船1B型(4,500トン)をもとに、小型の上陸舟艇母艦としたもの。日本の港湾能力を考え、この大きさとなった。また甲型に比較しても安く建造できる。ほぼ主要な湾港に入れた。が、使い勝手が悪すぎた。2個中隊+補助勢力 という、2隻が揃わないと、2隻とも上陸が成功しないと使いづらい。結局、「輸送船」としか使えないフネとなった。数隻が建造されたが、ほとんどは輸送任務にすりつぶされた。

『丙型』(4隻)

実はこのフネが陸軍としては一番欲しかったものである。全通の飛行甲板を持っている。上陸舟艇ももちろん使える。フネの基準としては『甲型』を使う。(後期船はのちの戦時標準船M型構造となる)艦橋は片隅に、機関は後方へ。飛行甲板の下には航空機格納庫を備え、飛行甲板後端に設置したエレベーター。当初は九七式戦闘機13機の搭載を計画。ただし、最初の段階では発艦のみで着艦は考えていなかった。

 ここで「萱場」が登場する。すでに陸軍は萱場に対して陸上基地、未整地における短距離の「陸上移動空母K装置」を1933年に陸軍航空本部が軍事機密兵器として採用していた。

KX――移動式の横索制動装置。着陸してきた飛行機のフックを索に掛け、短距離で止める。

KY――移動式の飛行機射出装置。短い場所から航空機を射出する。

KZ――応急滑走路を作るための設備。

この三者を車両などで前線へ運び込む。

まずは九七式戦闘機、九九式襲撃機。着艦フックは横に張られた索をつかみ、固定脚はしっかりと飛行甲板に耐えた。そして採用されたばかりの一式戦闘機。着艦フックを備え、機体を強化する。『あきつ丸』に横索制動装置をつける。発艦・着艦、海軍も技術供与を行い、訓練を繰り返す、そして見守る。着艦はしたが一式戦は着艦フック取り付け位置を変更する。制動索も見直す。パイロットは艦の動揺に慣れていない。が、なんとか発・着艦を繰り返す。ならば…というわけで『丙型』にも萱場式の横索制動装置がつけられた。海軍のような新型の重いものを発・着艦させるわけではない。せいぜいが九九式襲撃機か一式戦にいくらかの爆弾を載せるだけである。帰るときには軽い。それで十分だった。必要ならば何度か反復戦闘させればいい。

『丁型』(5隻+建造途中2隻)

「戦時標準船3A型(7,200トン)」を徹底的に突き詰め、量産化を図り高速化を狙ったフネ。原案では飛行甲板をつける予定であったが、『丙型』での実戦で航空機の発着のたびにフネを風上に向ける必要があり、舟艇の発進・収納、物資の搬入などに支障が出た。

 「何でも載せた結果、仕事同士が喧嘩した船」

と言える。そのため、陸軍としても「空母」と「舟艇母艦」とを別に用意した方が効率がいいのでは?という意見が出た。陸軍としても船団護衛のための空母の必要性が問われていたため、戦時標準船「2TL型(10,100トン、15.0ノット)」を元にして、搭載の蒸気タービンを強化し最高速度を上げ、航空甲板、航空機搭載の様々を艤装する。海軍としても関心があるもの(船団護衛よりも、後方に配置し正規空母に消耗した飛行機を飛ばすことを考えていた)しかも元々がタンカーであるので、給油艦としても使える。(海軍は「1TL型(10,000トン、19.0ノット」)を元にする)陸海軍の情報交換は続き、陸軍の空母も次第に形となる。

そのため、『丁型』は「舟艇母艦」としての意味が強くなる。『甲型』と比較しても、その工程は少なくなり、より量産化に振ったものとなった。(ただし、兵員の居住性はかなり落ちた)戦訓を元に、使える部分はかなり使った。対空・対潜のための兵器も最大限搭載された。しかし、既に遅かった。5隻のうち、実戦に赴いたのは3隻、2隻は戦没し、2隻は艤装途中・訓練途中のまま、そして2隻はドッグを塞いだ状態で終戦を迎えたのである。


当時の日本は1938年40.1万総トン、1940年30.7万総トン、1941年24.1万総トンの商船を新造している。「平時標準船」、「戦時標準船」、その頃から商船の持ち主や建造所の好みや変更、わがままは届かなくなる。統一した図面で、統一した部品、統一した艤装。その後、計画造船によって1943年80.1万総トン、1944年にはついに173万総トンまで膨れ上がる。だからこそ、「上陸舟艇母艦」も「標準船」をもとに計画されるようになった。



「18ノット欲しい」


「何故です?」


「潜水艦から逃れたい」


「18ノットになるための機関を十台くださいと言ったら、海軍が何と言うと思います?」


「……何と言う?」


「殺すぞ、と」



『神州丸(龍城丸)』以下、24隻、上陸作戦・輸送、下手をすれば撤退作戦…陸軍が必要とした戦いに参加を続けた。もちろん全てのフネが陸軍のものではない。


「国が特殊船として建造費を補助し、船会社が保有し、平時は商船、動員時には陸軍使用船」


戦争が終わるまで、二十四隻のままではなかった。




末期は、上陸舟艇母艦である必要すらなかった。


「揚陸艦艇体系」


確かに、戦前の日本が考えたものとしては、よく出来たシステムだった。

大発があり、それを運ぶ船があり、兵員を収める場所があり、航空援護まで考えられていた。そして、それを数にするための標準船も始まった。

だが、鋼材も、機関も、船台も、人も、無限ではない。当時の名目国民所得・軍事費・造船所の船台占有。国が出せる金にも、造船所が空けられる船台にも限りがある。沈められる速さに、造る速さが追いつかなくなった。


最初は、「大発をどうやって効率よく敵前へ運ぶか」という問いに対する答えだった。

そのために艦尾開口部を作り、舟艇甲板を作り、最後に航空機まで載せた。


ところが「人間と弾薬を積めれば何でもいい」


体系は崩れた。

人と弾薬と食糧を積める船なら、前へ出された。その大きさと能力がある。



大発は――使われたり、使われなかったりした。




そして沈んだ。




いかがだったでしょうか?


いやぁ~

詰め込みすぎました!

二つの文章に分ける内容だったかと…反省。


仕方がないので、先に進みます(笑


ではでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。