第7話 処刑人は、手袋を選べない
自由になって、すぐ屋敷へ帰ることはできなかった。
後見人である叔父の管理する屋敷だ。偽の手紙が、そこから出ていた。
ベラは連絡先を確保したうえで、別の宿へ入ることを勧めた。
カイの養母が営む、小さな宿だった。
「お金は払います」
「それは、泊まったあとに聞くよ」
ヘレンさんは、私の頬を見て、最初にパンを出した。
カイとは血が繋がっていない。けれど、怖い人の育った家は、やっぱり人に食べさせる家だった。
十二歳の弟トトが、兄を見上げた。
「その人、兄ちゃんのお客さん?」
「護衛対象だ」
「なんで、その言い方なの」
ヘレンさんが、吹き出した。
私は笑っていいのか迷った。
リナは、遠慮なく笑った。
翌朝、カイが小さな包みを持ってきた。
薄い灰色の手袋。
縫い目が柔らかく、指の付け根には余裕がある。
「人の多い場所では、役に立つだろう」
私は、両手へはめた。
手首の包帯に触れない長さだった。
「ありがとうございます。これ、ご自分で?」
「店の人に聞いた」
「何を聞いたんですか」
「柔らかく、きつくなく、傷へ当たらず、嫌がられない物を」
それでは、贈物というより難しい発注だ。
「店の人、困りませんでした?」
「用途が多いと言われた」
私は笑った。
彼の耳が、少し赤くなった。
外へ出た。
カイは、宿から審察局へ行く道を教えてくれた。
広い通り。遅い馬車。焼き菓子の匂い。
昨日まで、私にはもう来ないと思っていた朝が、誰にも特別扱いされずに動いている。
角の橋で、足を止めた。
川に、新しい欄干がついていた。
「前は、ここに板が渡してありましたね」
「七年前の洪水で、流された」
カイが答えた。
私は、顔を見た。
「あのとき、あなたも王都に?」
「救助の補助に出ていた」
記憶の中で、泥だらけの若い兵士が立ち上がった。
門の外で、濡れた子どもを抱いていた人。
見張りが、身分の分からない人を入れられないと言った。
私は門を開けた。
母の毛布と、父の古い服を出した。
「……あなたでしたか」
彼は、うなずいた。
十五歳の私と、二十歳の彼。
名前も聞かなかった。
「翌朝、帰るときに門を見た。お前も、居合わせた人と床を拭いていた」
「叱られました。式服を泥だらけにしたので」
「知っている」
「それまで見ていたんですか」
「廊下で叱られていた」
恥ずかしい。
顔を伏せると、彼が、少しだけ笑った。
「そのころから、私を助けようと?」
「事件の名を見て、覚えている人だと思った」
彼は、川を見た。
「だから、記録を丁寧に読み直した。その結果、食い違いを見つけた」
「私が親切だったから、無実だと思ったんじゃなくて」
「親切な人でも、罪を犯すことはある」
ひどくまっすぐな返答だった。
「でも、照合を諦める理由にはしなかった」
私は、手袋の指を曲げた。
好意と判断を、一緒くたにしない。
そういう人が、私へ好意を持ってくれたのだとしたら。
それは、うれしいことだった。
前世で読んだ小説では、この人の名前は一度しか出なかった。
私は、その一度で、この人を分かったつもりでいた。
この町には、誰かの物語の外で暮らしている人がいる。
私も、彼も。
「カイ様」
「何だ」
「明日も、この道を教えてください」
「一度で覚えられる道だろう」
「……そうですね」
私は口をつぐんだ。
彼が、私の手を見る。
新しい手袋の上へ、そっと自分の手を置いた。
「でも、明日も一緒に歩く」
声は、聞こえなかった。
聞こえなくても、胸が忙しくなることを、私は初めて知った。




