第4話 私を信じなくても、箱は調べてください
ベラ・ノルド審察官が来たのは、停止期限まで三時間を切ったころだった。
四十六歳。濃い緑の外套。目の下に、眠っていない人の影。
「心を読めるという申告は、聞きました」
彼女は椅子へ座るなり言った。
「それだけで、押収はできません」
「分かっています」
私は、借りた紙を差し出した。
死を証明する花留めに、別人の名がある。
この点は、執行記録へ番号つきで残っている。
「私を信じなくても、箱は調べられます」
ベラの目が、紙から私へ戻った。
「ええ。そこは、調べます」
役人が箱を運び、ベラの補佐官が封の状態を確かめた。
署名を写す。花留めの取り外し痕を見る。神殿からの受領簿と、執行官の受領簿を並べる。
私は、彼女へ触れなかった。
信じてくれるかどうかを、盗み聞きして確かめるのは、違うと思った。
「聖印の表面はアルマ様の登録図と合う。でも、留め針は候補者の物です」
ベラが言った。
「組み替えか、混入か。神殿に原登録を提出させます」
「その前に、療養区を確認してください」
私は、地下三室の番号を伝えた。
理由も、隠さず話した。
「カイ様の心から聞きました。彼が見た記録では、事件の翌日に、アルマ様には呼吸があったそうです」
カイは黙っていた。
ベラが、黒い輪を見る。
「私は新証拠に基づく独立調査を行えます。差押え後、その記録の司法封と守秘の輪も、局の権限で解除できます。ただし、手続を飛ばしてはできません」
「分かっています」
彼は、それだけ答えた。
補佐官が、最初の紙を読み直した。
「ミラ様の聴取書には、署名がありませんね」
「署名していません」
私は言った。
「私の話が、『嫉妬のあまりアルマ様の死を願った』に変わっていたからです」
「願ったこともない?」
返事の前に、喉が詰まった。
オスカーが彼女へ笑いかけるたびに、胸が痛かった。
いなければいいのに、と思った夜はあった。
「一度も、嫌なことを考えなかったとは言えません。でも、殺していません。あの夜、神殿にも行っていません」
ベラは、書き足した。
私が美しい人間でなければ、無実になれないわけではない。
そう扱ってくれたのが、ありがたかった。
神殿の使者が来た。
「聖女のご遺体は、聖域で安置中です。異教の手で触れることは許されません」
「同じ神を信じています」
ベラは顔を上げた。
「そして、王室の審察官です。照合不一致により、記録と療養区を保全します」
「御心に反する行為です」
「御心の説明は、本人の確認を終えてから伺います」
机に、銀の印が置かれた。
「執行停止を、七十二時間へ延長。対象となる証拠の移動、破棄、持ち替えを禁じます」
私は窓から空を見た。
雨が、細くなっていた。
まだ自由ではない。
まだ、明日が約束されたわけでもない。
でも、私の命を止める紙へ、私を生かす文字が足されていく。
ベラが立った。
「現物の花留めを日常的に扱っていた方を、同行させたい。あなたは留め方を見抜きましたね」
「母から教わりました」
「保護と監督つきで、確認へ来られますか。無理なら断ってください」
脚は、まだ少し震えていた。
カイを見ると、彼は返事を代わりにしなかった。
私が、自分で答えるのを待っていた。
「行きます」
声に出したら、怖さが消えるかと思った。
消えなかった。
私は、カイへ手を差し出した。
「途中で歩けなくなったら、貸してください」
「今から貸す」
彼の指が、私の指を包んだ。
〈断っても守る。でも、行くなら、隣に〉
隣に。
それが、処刑台で初めて聞いた言葉より、私は好きだった。




