第2話 怖い人は、蜂蜜を二匙入れる
処刑を免れて最初に入ったのは、牢だった。
ただし、地下ではない。
窓のある保護室。外側から鍵のかかる扉。椅子が二脚。
十二時間の停止は無罪の宣告ではなく、証拠を確かめる時間だ。
夜明けまでに何も変わらなければ、私はまた、あの台へ戻される。
カイは扉のそばに立った。
「侍女には連絡した。来るまで、俺が護衛に入る」
「逃亡を防ぐためですか」
「それもある」
正直な返答だった。
それから、彼は続けた。
「証拠が違った。今、お前を一人にはできない」
身を守る相手に、処刑人しかいない。
おかしなことだと思った。
でも私は、彼が怖かった。
斧を置いてくれた手にも、たくさんの人の終わりが残っている気がした。
彼が近づくと、肩が勝手に縮んだ。
カイは足を止めた。
「傷を手当てする。触れていいか」
うなずいた。
今度の彼は、手袋をしたままだった。
頭の中は静かだった。
彼の指が、縄の擦れた場所へ清潔な布を当てる。
「痛むか」
「少し」
「きつければ、言ってくれ」
遠慮なく言える人なのか、まだ分からない。
私は黙って、白い包帯が巻かれるのを見ていた。
手当てが終わると、彼は湯を持ってきた。
隣の役人詰所から借りた、欠けた茶碗。
「甘い物は飲めるか」
「はい」
蜂蜜が一匙、湯へ落ちた。
彼は私の顔を見て、もう一匙入れた。
「甘すぎませんか」
「怖い目に遭ったあとは、これくらいでいい」
その言い方は、慣れていた。
私は碗を抱えた。舌が少し熱い。甘さが喉を通って、身体が、自分のものへ戻ってくる。
「……手袋、外してください」
彼の手が止まった。
「なぜ」
問いは静かだった。
私は、碗の縁を見た。
「あなたが本当に、私を死なせたくないと思っているのか、確かめたいんです」
長い沈黙。
彼は手袋を外し、机へ手を置いた。
私のほうから触れるまで、動かなかった。
〈怖がらせた。あの台で、説明もなく〉
声が、聞こえた。
〈どこまで話せる。記録のことは言えない。せめて、今夜の予定だけでも〉
「俺は、停止させるつもりで来た」
今度は、口も動いた。
「だが、台へ上がる前に、お前へ伝えられなかった。役人がそばを離れず、俺が介入すると、照合前に証拠を替えられる恐れがあった」
「私が、何も言えなかったら」
「俺が不一致を確認するつもりだった」
「それでも、怖かったです」
「……そうだな」
灰色の目が、私を見た。
「怖いまま、待たせた。すまなかった」
〈助かったから、帳消しになるわけじゃない〉
口の謝罪と、心の言葉が、同じ方向を向いていた。
私は、少しだけ息を吐けた。
扉が鳴った。
「お嬢様!」
リナが駆け込んできた。
二十五歳の侍女。私が捕まってから、屋敷への出入りを止められていた人。
髪が乱れて、靴は泥で汚れている。
「遅くなりました。私、追い返されて、審察局へ行ったら、また窓口が閉まっていて……」
彼女に抱きしめられて、初めて声を上げて泣いた。
前世の私ではない。
二十二年間、この世界で生きてきた私が泣いた。
カイは窓の外へ顔を向けた。
素手が、まだ私の指に触れていた。
〈泣ける相手が来た。よかった〉
よかった、と何度も繰り返す。
そのあとで、かすかな言葉が混じった。
〈俺にも、そうしてくれる日が来たら〉
彼はすぐに手を引いた。
「夜食を頼んでくる」
扉が閉まった。
リナが、私の頬を拭いた。
「あの方、怖くありませんでしたか」
「怖かった」
私は正直に答えた。
「でも、蜂蜜を二匙入れる人だった」
リナは困った顔をした。
私も、まだうまく説明できなかった。




