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15/16

第15話 悪役令嬢の、その後

 恋人になったからといって、私の毎日が全部変わったわけではない。

 朝は、リナに起こされる。

 返還された財産の一覧を読み、分からない費用を管理人へ尋ねる。

 夜中に目が覚めて、首へ手を当てる日もある。

 そんな日は、ヘレンさんが台所へ灯をつけてくれる。

 カイが来られる日も、仕事で来られない日もある。

 誰かを好きになったことは、怖かった記憶を消す薬にはならなかった。

 それでも、次の朝に会いたい人がいる。

 その違いは、大きかった。


 私は、家の一部を小さな相談室へ貸すことにした。

 ベラが紹介した、書類と手続の分かる人が交代で来る。

 話を聞く人、記録を整理する人、正式な窓口へ付き添う人。

 私は、受付と、経費の確認を担当した。

 心の言葉を読んで、真実を決める部屋にはしなかった。

 私が、誰かの味方になる方法は、それだけではない。


 リナに、責任者の仕事を頼んだ。

「住み込みが必要ですか」

 最初に、そう聞かれた。

「希望するなら。でも、希望しないなら、通いでも」

「毎週、一日は休みたいです」

「もちろん」

「給料も、以前より増やしてください」

 私は、契約書を見た。

「増やします」

 リナが、にっこり笑った。

「では、お手伝いします」

 彼女が私のために走り回った半月は、もう戻せない。

 これからの時間まで、忠義の一言で借り続けるつもりはなかった。


 アルマは神殿の療養から戻り、祝福の仕事を少しずつ再開した。

 一日に引き受ける数を決め、休みを申告する。

 フローラは別の神官のもとで学び直していた。

 花留めの接続も、採取の条件も、本人へ説明される制度に変わり始めた。

 一度の訂正で、全ての人が信じ方を変えたわけではない。

 私を見て、まだ顔を背ける人もいた。

 その人たちへ、毎日無実を説明する人生にはしない。


 夏、カイが相談室へ迎えに来た。

 花ではなく、包みを持っている。

「蜂蜜の菓子だ」

「覚えてくれていたんですね」

「覚えた」

 彼の返事は、だいたい短い。

 その短さを、前は無関心だと思うことがあった。

 今は、足りなければ私から聞く。

「今日は、何を話したいですか」

 カイが、一枚の紙を出した。

 小さな家の間取りだった。

 局と、相談室と、宿のどれからも歩いていける場所。

「来年、ここを借りたいと思っている」

「一人で?」

 彼は、私を見た。

「二人で」

 胸が、ひどく大きな音を立てた。


「ミラ。俺と結婚してほしい」

 心を聞くまでもなかった。

 言い逃げできない声で、彼は言った。

 私は、椅子から立った。

「はい」

 それから紙を受け取る。

「でも、この部屋は?」

「物置だ」

「窓が二つあります。書斎にできませんか」

「できる」

「あなたの机も、置きたいです」

「……ああ」

 二人で、暮らすための相談をした。

 監視の鍵も、保護室の扉もない部屋の話を。


 その夜、私は一枚だけ、手紙を書いた。

 前世の自分へでも、原作の作者へでもない。

 処刑台で震えていた、少し前の私へ。

『あなたは、自分が悪役だと思っていますね』

 そこで、一度筆を止めた。

『でも、悪役だから死ぬのではありません。人があなたを傷つけることと、あなたの価値は、同じではありません』

 窓の外で、誰かの足音がした。

 カイが、迎えに来ていた。

 私は手紙を引出しへ入れた。

 書かれていなかった、その後へ行くために。

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