第14話 その言葉は、声で聞かせて
カイが、宿へ花を持ってきた。
白ではなく、黄色の小さな花。
ヘレンさんが、受け取る私へ花瓶を渡した。
「今日は、護衛対象に?」
「違う」
返答が早すぎた。
私は花へ顔を寄せ、笑いを隠した。
川沿いを歩いた。
手当てされた彼の腕には、まだ包帯がある。
私は、片側の袖を押さえた。
「腕、動かしにくくないですか」
「もう、大丈夫だ」
「無理をすると、医師に言います」
「……動かすと、少し痛む」
訂正ができる人で、よかった。
私たちは、橋の下の長椅子へ座った。
「刑執行官を、辞めることにした」
カイが言った。
私は、背筋を伸ばした。
「私のせいで?」
「お前だけのせいには、できない」
彼は、自分の手を見た。
「二件、執行をした。記録の照合もした。それが、本当に全部正しかったか、今は、もう一度調べたいと思っている」
私は黙った。
彼が、実は誰も殺したことがない優しい人だった、という話にはならなかった。
怖かった私も、怖くなくなったことにしなくていい。
「審察局で、警護の仕事を受ける。過去の照合にも、協力する」
「ご自分で、選んだんですね」
「ああ。ベラさんには、来月からと言われた」
風が吹いた。
私の髪が、頬へかかる。
彼が指を上げて、途中で止めた。
「触れて、いいか」
私は、うなずいた。
今日は二人とも、手袋をしている。
指が、髪を耳へ寄せた。
心の声は、聞こえなかった。
私は、聞きたくなった。
好きだと言っても、同じ気持ちなのか、先に確かめたい。
でもそれでは、いつも彼の勇気だけを先にもらってしまう。
「カイ様」
「カイでいい」
「……カイ」
呼び方を変えただけで、彼の目が揺れた。
「私、あなたが好きです」
川の音が、急に大きくなった。
彼が、息を吸った。
私は、最後まで言った。
「助けてくれたからだけじゃありません。私が話し終わるまで待ってくれるところ。分からないことは、分からないと言ってくれるところ。ご飯の量がおかしいところも」
「それは」
「好きです」
彼の口が、また閉じた。
カイが、手袋へ手をかけた。
私は、その指を押さえた。
「声で、聞かせてください」
彼は、手を止めた。
「全部きれいに言えなくても、聞きたいです」
灰色の目が、こちらへ向く。
その顔を、私はもう怖いだけの顔だとは思わなかった。
「好きだ」
低い声が、私の耳へ届いた。
「七年前は、忘れられない人だった。でも、今はそれだけじゃない。強く話すお前も、怖いと言うお前も、皿を見て途方に暮れるお前も、もっと知りたい」
私は、笑おうとして失敗した。
涙のほうが、先に出た。
「会う理由を、仕事にしなくていいようにしたい」
「はい」
「俺と、付き合ってくれるか」
「はい」
返事をしてから、私は彼へ手を伸ばした。
今度は、手袋を外して。
裸の指が触れる。
〈抱きしめたい。いや、先に聞け。顔が近い。近いのは、俺が動いたからだ〉
私は吹き出した。
「聞いてください」
彼の顔が、赤くなった。
「抱きしめていいか」
「はい」
腕が、背中へ回る。
川と、土と、日向の服の匂い。
私は、自分の腕も彼へ回した。
〈生きている。ここにいる。……好きだ〉
あの台で、死なせないと繰り返していた声。
同じ声が、今は違う言葉を繰り返している。
少し離れると、彼は私を見た。
私は、うなずいた。
「それも、いいです」
「まだ、聞いていない」
「では、聞いて」
彼が、額を軽く私の額へ寄せた。
「口づけて、いいか」
答える前に、顔が熱くなった。
私は、彼の肩を握った。
「はい」
触れた唇は、思っていたより温かかった。
その間だけ、心の言葉も、すっかり静かになった。




