第12話 あなたの奇跡は、彼女の命でした
神殿前の広場には、白い花が置かれていた。
アルマの死を悼む花。
新しい聖女を迎える花。
花を持ってきた人たちは、どちらも本当だと思っている。
壇へ上がった大司教グレゴルが、杖を鳴らした。
「次の祝福は、既に備えられている。聖女を疑う者に惑わされてはならない」
その手のそばには、銀の器があった。
私たちが見た器より、大きい。
ベラが、広場へ入った。
局の兵士は、観客の出口を塞がなかった。
壇の周囲と、神殿への扉を確保する。
「聖女アルマ様の療養記録、および死亡証明について説明を求めます」
グレゴルが、私を見つけた。
「その女の言葉を信じるのか」
「記録と、現物と、当事者の証言を確認しています」
ベラの後ろで、車椅子が進んだ。
アルマが顔を上げた。
広場の声が、波のように揺れた。
聖女の名を呼ぶ人。膝をつく人。後ろへ逃げようとする人。
局の補佐官が、道を空けるように声をかけた。
アルマは、両手を膝へ置いた。
「私は、生きています」
声は大きくなかった。
だから、伝え手が同じ言葉を繰り返した。
広場の端へ、言葉が届く。
「ミラ様が、私を殺したということは、ありません」
グレゴルが、杖を握り直した。
「祝福により甦ったのだ。お前を甦らせたのは、私たちの祈りだ」
「冷たい部屋で、花から器へ、私の祝福が流れていました」
アルマは、息を整えた。
「休みたいと言いました。休ませてくれると、言われました。でも、止まっていませんでした」
私は、彼女のそばへ膝をついた。
手には触れない。
この言葉は、彼女が自分の声で話していた。
グレゴルが、器の蓋へ手を置いた。
光が、壇の上へ広がった。
「見よ。まだ、奇跡はここにある」
アルマの花留めが、服の上で光った。
医師の指示で、通常の聖印として戻した物だ。外へ線は繋がっていない。
それでも、細い光が花弁の接点から伸びた。
アルマが胸を押さえた。
器は、近くの聖印からも祝福を集める構造だった。
昨日、発注書で見た壇用の増幅環が、器の周りで光っていた。
「留め針を開きます!」
私は医師へ言った。
昨日、手順を確かめていた。
服を引き裂かず、針を開き、接点を身体から離す。
アルマの息が、少し戻る。
周囲の候補者も、神官も、胸元の花を見た。
「花を外してください。今は、身につけないで!」
フローラが、自分の留め針を開いた。
そばの人へ、外し方を教える。
私たちの声だけを頼りにしないよう、技師も確認し、同じ指示を出した。
壇へ集まる光が、薄れ始めた。
「何をする! 祝福を集めなければ、救えない命があるのだ!」
グレゴルが、器を抱えた。
アルマが、顔を上げる。
「その代金を、私に知らせず、私の身体で払わせたのですか」
大司教の口が動いた。
言葉は、出なかった。
ベラが、逮捕状を示した。
器の使用を止め、現物を差し押さえる。
グレゴルは、杖をこちらへ向けた。
私は、瞬間、あの斧を思い出した。
カイが、私の前へ出た。
剣を抜く前に、杖の先を腕で外へ逸らす。
もう一人の兵士が、グレゴルの手を押さえた。
杖が、床へ落ちる。
私は息を止めたまま、カイの袖をつかんでいた。
器の光が、消えた。
広場には、花を外した人たちが立っていた。
何も知らずに祈っていた神官が、アルマへ近づいた。
彼は頭を下げ、椅子を運ぶのを手伝い始めた。
信じた人たちまで、一度に敵になるわけではない。
でも、知ったことは、もう戻せない。
「ミラ」
カイが、こちらを向いた。
「怪我は」
「ありません。あなたは?」
腕の袖が破れていた。
薄い血が、布へ滲む。
「浅い」
「浅くても、手当てをしてください」
彼が、うなずく。
アルマが、私たちの手を見た。
私とカイは、まだ、袖越しに繋がっていた。
「帰りましょう」
彼女が言った。
「今度は、私たちが行きたい場所へ」




