第11話 奇跡の代金を、払っていた人
神殿の記録は、揃っていた。
揃いすぎていた。
聖女が亡くなったとされる日にも、その翌日にも、祝福を採取する器が地下へ運ばれている。
台帳には「慰霊用」と書かれていた。
倉庫側の出庫控えには「療養室用」とあった。
書き換えるには、独立した倉庫の控えまで、手を回す必要があったのだ。
ベラは、押収した器を医師と聖具の技師へ見せた。
器の底には、神殿の奇跡の瓶と同じ接続口。
病や傷を癒す祝福を、身体から器へ移し、販売用の瓶へ詰めていた。
アルマは、療養ではなく、供給源にされていた。
眠っていても、花留めを繋いでおけば祝福は流れる。
それだけでは足りなくなり、次の候補者も必要になった。
フローラの名が、予定表にあった。
「大司教は、私を休ませると仰ったんです」
アルマが言った。
療養先の宿へ移り、机に座れるまでになっていた。
「人の願いを断れなくて、疲れているのだろうと。あそこへ入れば、静かに眠れると」
「眠らせる理由が、別にあったんですね」
私は、器の図を見た。
銀の花弁と、留め針と、線。
私の母が、祝いの日につけていた物と同じ形。
誰かへ祝福を届けるための仕組みが、誰かから取り続ける道になっていた。
技師は別の発注書を指した。壇で使う大きな器と、祝福を集めるための増幅環。療養室の型とは違い、まだ現物を確認できていないという。
医師と私たちは、身体から花を離す手順を、もう一度確かめた。アルマの花は本人照合の印でもある。明日は、必要な確認が済んだらすぐ外すことにした。
ミラが犯人なら、アルマを襲った事件は嫉妬による犯行で終わる。
死んだと発表すれば、供給のために地下へ移された彼女を、誰も訪ねない。
叔父は私を排除できる。
司教は、アルマが消えた理由を別の人へ押しつけられる。
違う欲が、同じ私の死へ繋がっていた。
「明日、候補者のお披露目があります」
フローラが言った。
今は、審察局の保護を受けていた。
「私が出ないので、別の方を出すと」
ベラが顔を上げた。
「確認しています。選ばれた人は、保護へ移しました」
フローラが、肩を落とすように息を吐いた。
私も、息を吐く。
これから犠牲になる人をわざと残して、犯人を釣るつもりはなかった。
「大司教には、明日、公開の場で説明を求めます」
ベラが言った。
「逮捕と捜索の許可は、今日中に裁判所が判断します。証拠は別の保管先にも写しを置きました」
「お披露目を、止められますか」
「式は中止にできます。ただ、神殿には、まだ事情を知らない人が集まる。誰も説明しなければ、聖女を隠したのは私たちだという話だけが残ります」
アルマが、手を上げた。
「私が、行きます」
医師が、すぐ顔を向けた。
「長時間は無理です」
「座って、少しだけ。自分が生きていると、言いたい」
私は、彼女の目を見た。
私に怯えていた目が、今は、行きたい場所を見ていた。
「手伝ってくれますか」
アルマが、私へ尋ねた。
「私は、あなたを疑いました」
「私も、あなたを嫌っていました」
彼女が苦しそうに笑う。
私は続けた。
「でも、明日を一緒に選ぶ理由には、ならないわけじゃないでしょう」
「……そうですね」
夜、リナが私の襟を整えた。
派手な式服は持っていない。
宿で借りた服へ、古い白い襟をつけ直しただけだ。
「処刑台へは、見せしめとして立たされました」
彼女が針を置く。
「明日は、お嬢様が、立つとお決めになったんですね」
私は、うなずいた。
怖くないとは言えない。
カイへ手を借りれば、気持ちを確かめられる。
でも、明日の私が立つ理由は、私の中になければいけない。
彼が、扉の外から声をかけた。
「明日は、アルマ様の護衛にも人を置く。お前には、俺がつく」
「私が逃げたくなったら?」
「逃げられる出口を、今、確認してきた」
私は、扉を開けた。
カイは、笑っていなかった。
真剣に、出口の位置を説明し始めた。
この人は、私の勇気より先に、私の帰り道を守ってくれる。
私は、その声を、最後まで聞いた。




