↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/16

第10話 殿下の謝罪は、求婚ではありません

 遅い昼食は、川沿いの食堂だった。

 王都へ来てから、私はこんな店に一人で入ったことがない。

 隣の席では、職人が大きな皿を抱えていた。

 店主はカイへ「いつものかい」と聞いた。

 彼はうなずき、私を見る。

「肉と豆の煮込みだ。苦手なら」

「同じ物がいいです」

 頼んでから、少し後悔した。

 運ばれた皿は、私の顔より大きかった。

「……いつも、これを?」

「今日の量は、少し多い」

 店主が奥から言った。

「そりゃ、お連れさんがいるからね」

 カイが、返答に困った。

 私は、それだけで、ここへ来てよかったと思った。


 食べきれない分を分け、持ち帰りの包みも頼む。

 カイは、仕事の話を一度した。

 それから途中で、言葉を止めた。

「少しだけにする約束だった」

「今ので、十分少しですよ」

「ほかに、何を聞けばいい」

 私の顔が熱くなった。

「聞きたいことを、聞いてください」

「好きな食べ物は」

「今なら、この煮込みです」

「今でなくても」

 こんなに難しい顔で、好物を尋ねる人がいる。

 私は、蜂蜜の焼き菓子と答えた。

 彼は、覚えるように小さくうなずいた。


 宿へ戻ると、王家の馬車があった。

 オスカーが、応接室で待っていた。

 私はリナとカイに、同席を頼んだ。

 王子はカイへ目を向けたが、退けとは言わなかった。

「ミラ。すまなかった」

 頭が下がった。

 私は、ずっと欲しかった言葉を聞いた。

 でも、欲しかったときには、届かなかった。


「君の叔父を、信用しすぎた。神殿の証明も疑わなかった。アルマが襲われたと聞いて、君の話を聞く前に、答えを決めてしまった」

 私は、膝の上で手を重ねた。

「死刑を止められなかったことを、詫びたい」

「止められなかったのではなく、止めようとなさらなかったんですよね」

 彼の顔が歪んだ。

「……そうだ」

 そこを認めたことは、聞いておこうと思った。

 認めてもらうために、私が彼へ戻る必要はない。


「婚約の件は、正式に訂正を」

「破棄は、そのままでお願いします」

「君に非はない」

「だから、選ばせてください」

 彼が黙った。

「私は、あなたの隣へ戻りたくありません」

 声が、思ったより静かだった。

 憎しみで叫ぶことだけが、拒絶ではないのだ。


 オスカーは、カイを見た。

「その男がいるからか」

 私は、首を振った。

「あなたとの婚約をやめたい理由は、あなたとの間にあります。誰か別の人がいなければ、戻るということではありません」

 カイは、口を挟まなかった。

 私の選択を、私の言葉のまま置いてくれた。


「では、どう償えばいい」

「公開の記録を訂正してください。私が聖女を殺したという噂は、あなたのお言葉でも広がりました」

「分かった」

「アルマ様にも、私にも、勝手に役割を決めないでください」

 王子は、長く黙ったあと、うなずいた。

 そのうなずきが本物かどうか、私は触れて調べなかった。

 これからの行動を見ればいい。


 馬車が去っても、胸は軽くならなかった。

 半月前まで、私はこの人を好きだったのだ。

 好きだった自分まで、馬鹿だったことにはしたくない。

 カイが、空いた茶碗を片づけた。

「外へ出るか」

「今は、ここにいたいです」

「分かった」

 彼は、向かいの椅子へ座った。

 慰めの言葉は、出てこなかった。

 私は、しばらく何も話せなかった。


 やがて、自分から手袋を外した。

「少し、触れてもいいですか」

 彼が、手を差し出す。

〈泣いたら、困るだろうか。俺が、抱きしめてもいいだろうか。今、俺の願いを優先するな〉

 私は、目を伏せた。

「抱きしめて、いいです」

 カイが、固まった。

 それから立って、私のそばへ来た。

 私は、彼の袖を握った。

 強くではない、ほどけるくらいの腕が、私の背中へ回った。

 その中で、私は、終わった恋を少しだけ泣いた。

 新しい恋へ、その悲しみを全部捨てさせようとは思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。