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死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


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09.死ぬのが怖い死神

 その日の仕事が終わったあと。


 湊とミコは、駅前のベンチに座っていた。


 人間の世界に戻ってきてから、二人とも何も話さなかった。


 駅には人がいる。


 仕事帰りの会社員。


 制服姿の高校生。


 買い物袋を持った女性。


 イヤホンをした大学生。


 みんな、明日のことを考えている。


 あるいは、考えていない。


 でも、誰もが今日を終わらせようとしている。


 電車がホームに入ってくる。


 風が吹く。


 ミコの髪が揺れた。


「なあ」


「はい」


「死神って、死ぬの?」


 ミコが黙った。


「……知りません」


「知らない?」


「はい」


「自分のことなのに?」


「自分のことだからこそ、分からないんです」


 湊はミコを見る。


 冗談を言っている顔ではなかった。


「死神にも寿命があるの?」


「ありません」


「じゃあ永遠に生きる?」


「たぶん」


「たぶん?」


「死んだことがないので」


 湊は笑った。


「なんだそれ」


「死神ですから」


「便利な言葉だな、それ」


 ミコは少しだけ笑った。


 それから、しばらく黙っていた。


「でも」


 ミコが言った。


「私は、死ぬのが怖いです」


 湊は何も言えなかった。


 駅のアナウンスが流れる。


 電車が出発する。


 人の波が途切れる。


「死神なのに?」


「死神だからです」


 また、その言葉だった。


 けれど今回は、冗談には聞こえなかった。


「死を毎日見ているから?」


「……はい」


 ミコは膝の上で手を握った。


「死んだ人は、みんな静かです」


「うん」


「でも、生きている人はうるさいです」


「それは分かる」


「泣いたり、怒ったり、笑ったり」


「うん」


「明日の話をしたり」


 ミコは少し笑った。


「私は、それが好きなんです」


 湊はミコを見る。


「だから、死ぬのが怖い」


「……」


「死んだら、明日の話ができなくなるから」


 湊はその言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ痛くなった。


 以前の自分は。


 明日が来ることが怖かった。


 ミコは。


 明日がなくなることが怖い。


 正反対のようでいて。


 どこか似ている。


「お前さ」


「はい」


「俺と似てるな」


「そうですか?」


「俺は明日が怖かった」


「はい」


「お前は明日がなくなるのが怖い」


「……はい」


「結局、どっちも明日のこと考えてる」


 ミコは少しだけ目を細めた。


「そうですね」


 それから、ふと立ち上がった。


「帰りましょう」


「どこへ?」


「あなたの家です」


「なんで?」


「シュークリームがあります」


「……まだ覚えてたのか」


「食べたいです」


 湊は笑った。


「死神が人間のシュークリームを食べたがるなよ」


「食べたいものは仕方ありません」


 二人で歩く。


 駅から家までの道。


 いつもの道。


 信号。


 自動販売機。


 小さな公園。


 何度も通った道なのに、最近は少し違って見える。


 公園のベンチに誰かが座っている。


 犬を連れた老人。


 小学生の女の子。


 自転車を止めてスマートフォンを見る高校生。


 みんな、生きている。


 その当たり前が。


 最近の湊には、少しだけ眩しかった。


   ◇


 家に着く。


 冷蔵庫を開ける。


 シュークリームが二つ。


「どっち食べる?」


「右です」


「なんで?」


「右のほうが少し大きいです」


「お前ってそういうところあるよな」


「どういうところですか?」


「ちゃっかりしてる」


 二人でプリンを食べる。


 ミコは嬉しそうだった。


 スプーンを持つ手が小さい。


 その姿を見ていると。


 本当に死神なのか分からなくなる。


「なあ、ミコ」


「はい」


「お前は、なんで死神になったの?」


 ミコの手が止まった。


「……分かりません」


「また?」


「はい」


「自分のことなのに?」


「死神になる前の記憶がないんです」


 湊は驚いた。


「何も?」


「何も」


「家族は?」


「分かりません」


「名前は?」


「ミコです」


「それ、本名?」


「たぶん」


「たぶんばっかりだな」


 ミコは少し笑った。


 けれど、その笑顔はどこか寂しかった。


「だから」


 ミコは言った。


「死者を見ると、少し羨ましくなることがあります」


「……なんで?」


「自分が何者だったのか、もう悩まなくていいから」


 湊は黙った。


 それは、以前の自分なら理解できた言葉だった。


 でも今は。


「それでも、生きたい?」


 湊が聞いた。


 ミコは答えなかった。


 しばらくして、


「分かりません」


 と言った。


「でも」


 ミコは冷蔵庫を見る。


「シュークリームは食べたいです」


 湊は吹き出した。


「なんだそれ」


「重要です」


「まあ……そうかもな」


 二人で笑った。


 しばらくして、ミコが立ち上がった。


「今日は帰ります」


「うん」


「明日も仕事があります」


「分かってる」


「では、おやすみなさい」


「おやすみ」


 ミコが消える。


 部屋が静かになる。


 湊は一人になった。


 以前なら。


 一人になると、考えた。


 どうして自分は生きているのか。


 何のために生きるのか。


 明日なんて来なければいい。


 そんなことばかり。


 でも今夜は。


 冷蔵庫を開けた。


 シュークリームが一つ残っている。


 明日の自分のためのシュークリーム。


 湊はそれを見て、少し笑った。


 死ぬのが怖い死神。


 生きるのが怖かった少年。


 二人とも、まだ明日のことを知らない。


 だからこそ。


 明日が来るまで生きてみる。


 そのくらいでいいのかもしれない。


 湊は冷蔵庫を閉めた。


 そして布団に入った。


 眠る前に、ふと思った。


 明日は何を食べよう。


 その問いが頭に浮かんだことが。


 少しだけ嬉しかった。


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