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死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


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06.口封じのアルバイト

 翌日の放課後。


 湊が昇降口を出ると、校門の横にミコが立っていた。


 黒い服。


 長い髪。


 そして、妙に小さな鎌。


 その姿だけなら、どう考えても高校の校門に立っていていい人間ではない。


「遅いです」


「学校が終わるまで待ってたんだろ」


「はい」


「だったら遅くないだろ」


「死神には時間の感覚がありません」


「便利だな」


「便利ではありません」


 ミコは真顔だった。


 湊は少しだけ笑った。


 最近、こういうくだらない会話が増えた。


 以前なら、笑うこと自体が面倒だった。


 笑っても何も変わらない。


 明日になればまた学校がある。


 嫌なことは嫌なまま。


 だったら笑うことに何の意味があるのか。


 そう思っていた。


 でも今は違う。


 意味がなくても笑うことはできる。


 むしろ、意味がないから笑えるのかもしれない。


「今日はどこに行く?」


「死神の事務所です」


「……事務所?」


「はい」


「死神にもあるの?」


「あります」


「何してるの?」


「書類を書きます」


「死神が?」


「死神も書類を書きます」


「夢がないな」


「夢を管理する部署もあります」


「そういう意味じゃない」


 ミコは首を傾げた。


 それから湊の手を取った。


「行きますよ」


「ちょっと待て」


「何ですか?」


「学校の友達に見られたらどうするんだよ」


「大丈夫です」


「何が?」


「私、見えてませんから」


「……あ」


 そうだった。


 ミコは、生きている人間には基本的に見えない。


 死神という存在を認識できる人間はほとんどいないらしい。


 つまり、今こうして湊が一人で空中に向かって話しているように見えている。


「それはそれで恥ずかしいな」


「大丈夫です」


「何が?」


「いつものことです」


「俺はいつものことじゃない」


 ミコが少し笑った。


 次の瞬間。


 景色が変わった。


 駅前でもない。


 学校でもない。


 家でもない。


 白い壁に囲まれた、細長い部屋だった。


 机がいくつも並び、その上に大量の紙が積まれている。


 壁には時計がある。


 ただし、針が逆方向に回っている。


「……何ここ」


「死神事務局です」


「役所みたいだな」


「役所です」


「死神って公務員なの?」


「近いです」


 湊は頭を抱えた。


 死神というものは、もっとこう。


 暗闇の中で。


 巨大な鎌を持って。


 人間の魂を――。


「何か想像していますね」


「してない」


「顔に出ています」


「出てない」


「出ています」


 ミコは一枚の紙を持ち上げた。


「これを見てください」


 紙には、人の名前が大量に並んでいた。


 年齢。


 生年月日。


 死亡予定日。


 そして、その横に、


「救済可能人数」


 と書かれている。


 湊の目が止まった。


「……これ」


「はい」


「一人死んだら、一人救えるっていうやつ?」


「そうです」


 ミコは紙を指でなぞった。


「死神法第一条」


「一人の死に対して、一人を救う」


「そうです」


「じゃあ、死ぬ人が増えれば、助かる人も増える?」


「理屈では」


 その答え方が、妙に引っかかった。


「理屈では?」


「救うことができるのは、一人だけです」


「だから一人だろ?」


「そうです」


「じゃあ問題ないじゃん」


「問題があります」


 ミコは紙をめくった。


「誰を救うかは、死神が決めます」


 湊は黙った。


「……死神が?」


「はい」


「何を基準に?」


「それが、決まっていません」


「え?」


「その人が生きたいと思っているか」


「……」


「その人に家族がいるか」


「……」


「その人に未来があるか」


「……」


「そういうものは判断材料になります」


「じゃあ、俺は?」


 ミコの手が止まった。


「俺は、生きたいと思ってなかった」


「はい」


「家族とも、たいしてうまくいってなかった」


「はい」


「未来も、見えなかった」


「はい」


「なのに、なんで俺を選んだんだよ」


 ミコはしばらく黙っていた。


「間違えました」


 あまりにも簡単に言うので、湊は笑いそうになった。


「……本当に?」


「本当に」


「じゃあ俺は、完全に間違いで生きてるの?」


「そうなります」


 胸の奥が、妙にざわついた。


 間違い。


 その言葉は、思ったより重かった。


 自分が生きていることそのものが、誰かの失敗の結果だと言われたような気がした。


 けれど。


 同時に、別のことも思った。


 もしそうなら。


 自分の人生には、最初から意味なんてなかったのではないか。


 それなら、これまで苦しんだことも。


 笑われたことも。


 眠れなかった夜も。


 全部、最初から何の意味もなかったのではないか。


 その考えは、不思議と楽だった。


 意味がないなら、頑張らなくてもいい。


 意味がないなら、失敗してもいい。


 意味がないなら、生きる理由を探さなくてもいい。


 湊はそう思った。


 けれど。


「だからこそ」


 ミコが言った。


「あなたには、死神の仕事を手伝ってもらってます」


「……は?」


「口封じです」


「なんで?」


「死神の存在を知った人間を、そのまま普通の生活に戻すわけにはいきません」


「じゃあ記憶を消せばいいだろ」


「できません」


「なんで?」


「死神にもできないことがあります」


「じゃあ殺せば?」


 言った瞬間。


 ミコの表情が変わった。


 笑っていなかった。


「それはできません」


 声が小さかった。


「どうして?」


「一度救った人間を、死神の都合で死なせることは、死神法で禁止されています」


 湊は黙った。


 皮肉だった。


 自分を救った法律が、今度は自分を殺すことを禁止している。


 つまり。


 自分は死神のミスによって生き残り。


 死神の法律によって、生き続けることを強制されている。


「……面倒くさいな」


「はい」


「死神も面倒くさいんだな」


「人間ほどではありません」


「お前、最近ちょっと人間を馬鹿にしてない?」


「そんなことありません」


 ミコは真顔で答えた。


 湊は笑った。


 笑ってしまった。


 こんな状況なのに。


 自分の人生が、死神の事務処理ミスで延長されたという、とんでもなくくだらない話なのに。


 笑ってしまった。


 ミコが言った。


「それでは、仕事です」


「何するの?」


「死者のお迎えです」


「また?」


「はい」


「俺、普通の高校生なんだけど」


「知っています」


「明日、テストあるんだけど」


「知りません」


「……死神って、ほんとに人間の事情を考えないな」


「死神ですから」


 ミコが小さな鎌を持ち上げた。


「行きましょう」


 湊はため息をついた。


 そして歩き出した。


 生きる理由は、まだ分からない。


 学校は嫌いだ。


 明日もたぶん嫌なことがある。


 それでも。


 今日の自分には、仕事がある。


 死者を見送る仕事。


 誰かの人生の最後に立ち会う仕事。


 それは決して、自分の人生を救ってくれる仕事ではない。


 けれど。


 誰かが死んだあとにも、世界は続いていく。


 そして、生きている人間は、その続きを生きなければならない。


 湊はまだ、その意味を理解できなかった。


 ただ一つだけ。


 昨日までと違うことがあった。


 明日のことを考えている。


 それだけだった。


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