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死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


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21/25

21.死神は何もしてくれない

 その夜。


 湊は眠れなかった。


 布団に入ってから、何度も寝返りを打った。


 目を閉じる。


 今日のことを思い出す。


 教室。


 スマートフォンの画面。


 笑い声。


 先生の言葉。


 「困っていることがあるなら、相談してくれ」


 それから。


 ミコの声。


 「今日、言わなくてもいいです」


 全部が頭の中を回っている。


 眠れない。


 明日のことを考える。


 明日も学校がある。


 そう思った瞬間、胸が重くなる。


 昨日までは。


 「明日もある」


 という言葉に、ほんの少しだけ安心できた。


 今日は違った。


 明日があることが、怖い。


 また同じことが起きるかもしれない。


 また笑われるかもしれない。


 また何も言えないかもしれない。


 湊は布団の中で目を開けた。


 天井は暗い。


 「……ミコ」


 返事はない。


 いつもなら、部屋のどこかにいる。


 けれど今日は。


 いなかった。


 湊は起き上がった。


 部屋を見回す。


 いない。


 「ミコ?」


 やはり返事はない。


 少しだけ、不安になった。


 けれど。


 それ以上に。


 腹が立った。


 死神のくせに。


 こういうときに、いない。


   ◇


 翌朝。


 学校へ行く途中。


 ミコはいた。


 何事もなかったように、道路脇に立っている。


 「おはようございます」


 「……おはよう」


 「眠そうですね」


 「眠れなかった」


 「そうですか」


 「昨日、どこにいたの?」


 「仕事です」


 湊は少し黙った。


 「……そうなんだ」


 ミコは湊の顔を見た。


 「何かありましたか?」


 「別に」


 「嘘ですね」


 「……」


 湊は歩きながら言った。


 「ミコって、死神なんだよね」


 「はい」


 「人を救えるんだよね」


 「死神法の範囲で」


 「じゃあ」


 湊は立ち止まった。


 「僕を助けてよ」


 ミコも足を止めた。


 「何からですか?」


 湊は答えられなかった。


 「……学校から」


 ミコは少し考えた。


 「それは、私にはできません」


 「なんで?」


 「死神だからです」


 「その答え、便利すぎない?」


 「そうでしょうか」


 湊は苛立った。


 「だってさ」


 声が大きくなった。


 「一人を死から救えるんだろ?」


 「はい」


 「だったら、なんで学校から僕を救えないんだよ」


 ミコは黙っている。


 「昨日もそうだった」


 湊は続けた。


 「僕が嫌な目に遭ってても、何もしてくれなかった」


 「はい」


 「僕が苦しんでても、何もしてくれない」


 「はい」


 「だったら……」


 言葉が詰まる。


 「だったら、死神って何なんだよ」


 ミコはすぐには答えなかった。


 やがて。


 「死神は、死を扱う仕事です」


 「……うん」


 「生きている人間の人生を、代わりに生きる仕事ではありません」


 湊は黙った。


 分かっている。


 そんなことは。


 頭では、分かっている。


 でも。


 「……分かってるよ」


 声が小さくなる。


 「そんなこと、分かってる」


 それでも。


 助けてほしかった。


 何とかしてほしかった。


 自分ではどうにもできないとき。


 誰かが全部終わらせてくれたらと思う。


 それは、死んでしまいたいという意味とは少し違った。


 ただ。


 苦しい状況から抜け出したかった。


 自分で出口を探す力がなくなるほど、疲れていた。


 「僕さ」


 湊は俯いた。


 「ミコがいるから、大丈夫だと思ってた」


 ミコが少し目を見開く。


 「死神だから」


 湊は続けた。


 「何かあったら、最後にはミコがどうにかしてくれるって」


 ミコは何も言わない。


 「でも」


 湊は笑った。


 「何もしてくれないんだね」


 その言葉は、責めるようでいて。


 実際には。


 寂しかった。


   ◇


 放課後。


 二人は公園のベンチに座っていた。


 今日は死者を迎えに行く予定がない。


 だから、ただ座っている。


 ミコは何も言わない。


 湊も言わない。


 風が吹く。


 木の葉が揺れる。


 子どもたちの声が聞こえる。


 少し離れた場所で、犬を散歩させている人がいる。


 世界は普通に動いている。


 自分だけが止まっているような気がした。


 「ミコ」


 「はい」


 「僕がさ」


 湊は前を見た。


 「また、どうしようもなくなったら」


 「はい」


 「どうすればいい?」


 ミコは少し考えた。


 「誰かに話してください」


 「それだけ?」


 「はい」


 「死神なのに?」


 「死神でも、それくらいしかできません」


 湊は苦笑した。


 「……役に立たないな」


 「はい」


 「否定しないんだ」


 「私は、万能ではありません」


 ミコは静かに言った。


 「湊の代わりに学校へ行くこともできません」


 「うん」


 「先生に代わって話すこともできません」


 「うん」


 「家族になることもできません」


 「……うん」


 「湊の人生を、私が選ぶこともできません」


 その言葉を聞いて。


 湊は、少しだけ胸が痛くなった。


 でも。


 それは、嫌な痛みではなかった。


 今まで。


 誰かに助けてもらうということは。


 その人が自分の問題を解決してくれることだと思っていた。


 だから。


 ミコが何もしてくれないことが、裏切りのように感じた。


 けれど。


 違うのかもしれない。


 助けることと。


 代わりに生きることは。


 同じではない。


 ミコは湊の人生を奪わない。


 代わりに決めない。


 失敗しても、勝手に正解へ連れていかない。


 ただ。


 隣にいる。


 それだけ。


 「……じゃあ」


 湊は言った。


 「ミコにできることって何?」


 ミコは考えた。


 「話を聞くこと」


 「それだけ?」


 「はい」


 「あと?」


 「死者を一緒に迎えに行くこと」


 「あと?」


 「プリンを食べること」


 「それ、ミコは味分からないじゃん」


 「雰囲気です」


 湊は笑った。


 「なんだよ、それ」


 「人間は、雰囲気も大切なのでしょう?」


 「まあ……そうかも」


 少しだけ、肩の力が抜けた。


   ◇


 夕方。


 二人はコンビニへ向かった。


 湊はプリンを二つ手に取った。


 「今日は二つ?」


 「一つは今日の分」


 「もう一つは?」


 湊はミコを見る。


 「……明日の分」


 ミコは嬉しそうに頷いた。


 店を出る。


 公園のベンチに座る。


 湊はプリンを食べた。


 甘い。


 いつもと同じ味。


 それなのに。


 今日は少し違って感じた。


 「ミコ」


 「はい」


 「僕、勘違いしてたかもしれない」


 「何をですか?」


 「助けてもらうって」


 湊はスプーンを止めた。


 「誰かが、自分の代わりに問題を解決してくれることだと思ってた」


 ミコは聞いている。


 「でも」


 湊は続けた。


 「そうじゃないんだね」


 「はい」


 「助けてもらっても、自分で決めなきゃいけない」


 「はい」


 「怖くても」


 「はい」


 「失敗しても」


 「はい」


 「……面倒だな」


 「人間なので」


 「それも便利な言葉だな」


 ミコが笑った。


 湊も笑った。


 しばらくして。


 「でも」


 湊は言った。


 「一人で決めなくてもいいんだよね」


 ミコは頷いた。


 「はい」


 その一言だけで。


 十分だった。


   ◇


 夜。


 家に帰ってから。


 湊は机に向かった。


 学校からもらったプリントがある。


 その裏に、何を書こうか迷った。


 先生に相談すること。


 家で話すこと。


 学校を休むこと。


 もし必要なら、環境を変えること。


 一つずつ書いていく。


 書いているだけなのに。


 少し安心した。


 選択肢がある。


 そう思えるだけで。


 世界の見え方は変わる。


 今までの湊は。


 「耐えるか、全部終わらせるか」


 そんな二つしかないように思っていた。


 けれど。


 本当は、その間にたくさんの道があった。


 休む。


 逃げる。


 相談する。


 離れる。


 助けてもらう。


 環境を変える。


 時間を置く。


 やり方を変える。


 それらは全部。


 生きるための選択肢なのだ。


 湊は紙の最後に、一行だけ書いた。


 『困ったら、助けを求める』


 そして。


 その下に小さく付け足した。


 『まだ、うまくできなくてもいい』


 書き終えたとき。


 部屋の隅から声がした。


 「いいと思います」


 「……いたの?」


 「はい」


 「いつから?」


 「少し前からです」


 「言ってよ」


 「集中していたので」


 湊は呆れた。


 「ミコって、そういうところあるよな」


 「どういうところですか?」


 「分からない」


 「そうですか」


 ミコはいつものように首を傾げた。


 湊は紙を見た。


 そして。


 少しだけ笑った。


 死神は何もしてくれない。


 学校を変えてくれるわけでもない。


 嫌な人間を消してくれるわけでもない。


 自分の代わりに、人生を選んでくれるわけでもない。


 それでも。


 何もしてくれないからこそ。


 自分で選ぶ余地が残っている。


 それは、とても怖い。


 でも。


 同時に。


 少しだけ自由だった。


 湊は明日の準備をした。


 制服を椅子にかける。


 鞄を置く。


 目覚ましをセットする。


 そして、布団に入った。


 明日が怖い。


 その気持ちは、まだある。


 けれど。


 明日が怖いことと。


 明日を迎えないことは。


 同じではない。


 その違いを。


 湊は、もう知っている。


 「おやすみ、ミコ」


 「おやすみなさい」


 「明日もいる?」


 「はい」


 「そっか」


 湊は目を閉じた。


 死神は、何もしてくれない。


 だからこそ。


 明日の自分は。


 自分で決めるしかない。


 そのことが。


 今夜は、少しだけ怖くなかった。


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