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死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


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02.死神法はよく間違える

 少女は、泣きそうな顔のまま湊を見つめていた。


 その顔を見ているうちに、湊の中に妙な感情が生まれた。


 呆れだった。


 自分が今どんな状況にいるのかも忘れて、呆れていた。


「……死神?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


「じゃあ、死んだの?」


「死んでません」


「なんで?」


「私が助けたからです」


「どうやって?」


「それは……」


 少女は口を閉じた。


 目が泳いだ。


 湊は嫌な予感がした。


「……言えないの?」


「言えます」


「じゃあ言って」


「ええと……」


「うん」


「……ちょっと間違えて」


「何を?」


「いろいろ」


 湊は天井を見た。


 さっきまで自分の人生について考えていたはずなのに、

 今は目の前の少女の説明能力について考えている。


 人生というのは、最後まで思い通りにはならないらしい。


「つまり、死神なんだな」


「はい」


「人を殺すの?」


「殺しません」


「じゃあ何をするの?」


「死んだ人を送ります」


「あの世に?」


「はい」


「……それが死神?」


「はい、死神だからです」


「なるほど」


 何もなるほどではなかった。


 少女は持っていた鎌を両手で抱え直した。


 よく見ると、その鎌は湊が想像していたような恐ろしいものではなかった。


 刃は妙に小さい。


 むしろ大きな傘のようにも見える。


「それ、本物?」


「本物です」


「人を殺せる?」


「だから殺しませんってば」


「じゃあ何のために持ってるの?」


「死神っぽいから」


「……」


 湊はもう一度天井を見た。


 この少女と話していると、死ぬことより生きることのほうが面倒くさく思えてくる。


「名前は?」


 少女は少しだけ胸を張った。


「ミコです」


「ミコ」


「はい」


「年はいくつ?」


「死神に年齢はありません」


「その見た目は?」


「十六歳くらいです」


「自分で言うんだ」


「人間界では、そのくらいが一番活動しやすいと教わりました」


「誰に?」


「先輩に」


「先輩いるんだ」


「います」


「その人はちゃんとしてる?」


「……たぶん」


 その「たぶん」に、湊は妙な安心感を覚えた。


 この世界には、少なくともミコよりはまともな死神が存在するらしい。


「それで」


 湊は言った。


「俺はどうなるの?」


 ミコの表情が変わった。


 さっきまで慌ただしかった顔が、急に静かになる。


「……どうなる、というのは?」


「死ねないの?」


「……」


「俺、死ぬはずだったんだろ」


 ミコは答えなかった。


 その沈黙が、湊には答えのように思えた。


「じゃあ、死ねないんだ」


「そういうわけではありません」


「じゃあ何?」


「死ぬことはできます」


「いつ?」


「普通に生きていれば、いつか」


「そうじゃなくて」


 湊は自分でも驚くほど冷たい声を出した。


「今、死ねるの?」


 ミコは唇を噛んだ。


 そして、首を横に振った。


「……私が、一度助けてしまったから」


 その言葉を聞いた瞬間、湊の胸の奥に小さな怒りが生まれた。


 自分で選んだことなのに。


 最後くらい、自分で決めたかった。


 なのに、この少女はそれすら奪った。


「勝手だな」


「はい」


 ミコは素直に頷いた。


「死神は勝手です」


「……開き直るなよ」


「すみません」


 また沈黙した。


 湊は思った。


 死神というものは、もっと恐ろしい存在なのだと思っていた。


 人間の生死を決めるような、冷たい何か。


 ところが目の前にいるのは、ただの失敗ばかりする女の子だった。


 そして、そのことが妙に腹立たしかった。


 湊は彼女を睨んだ。


「じゃあ、なんで俺を助けたの?」


「だから、間違えたんです」


「何を間違えた?」


「人を」


「人を?」


「はい」


 ミコは小さく息を吸った。


「死神法には、『一人の人間が死んだとき、一人の人間を救うことができる』という決まりがあります」


「……一人死んだら、一人助ける?」


「はい」


「変な法律だな」


「私もそう思います」


「死神なのに?」


「死神だからです」


「それ便利な言葉だな」


「便利です」


 ミコは少しだけ笑った。


 湊も笑いそうになった。


 けれど、笑わなかった。


 笑ってしまうと、自分が今まで抱えていたものまで軽くなってしまう気がした。


「それで?」


「その法律を使ったんです」


「誰を助けるつもりだったの?」


「別の人です」


「……俺じゃなかった?」


「はい」


 即答だった。


 湊は胸を押さえた。


 なぜだか分からない。


 けれど、少しだけ傷ついた。


 自分は誰かに助けてもらったわけではない。


 ただ、間違えて選ばれただけなのだ。


 それは、考えていたよりずっと寂しいことだった。


「じゃあ、俺が生きてる意味は?」


 口から出てから、湊は後悔した。


 そんなものを、この少女が知っているはずがない。


 しかしミコは真面目な顔で考えていた。


 長い時間考えて、それから言った。


「分かりません」


「……」


「でも」


 ミコは続けた。


「生きている理由って、最初から必要なんでしょうか」


 湊は何も言えなかった。


 少女の言葉は、あまりにも普通だった。


 普通なのに、なぜか胸に残った。


「死ぬ理由なら、たくさんあるのに」


 湊が呟く。


「そうですね」


 ミコが答える。


「嫌なことも、苦しいことも、悲しいことも、たくさんあります」


「じゃあ、やっぱり――」


「でも」


 ミコが遮った。


「死ぬ理由があることと、死ななければならないことは、同じじゃありません」


 湊は黙った。


 その言葉を、頭の中で何度も転がした。


 死ぬ理由。


 死ななければならないこと。


 確かに違う。


 違うけれど。


 今の自分には、その違いがどうでもいいようにも思えた。


「……死神のくせに」


 湊は言った。


「生きろって言うんだな」


「言ってません」


「え?」


「私は、生きろとは言ってません」


 ミコは首を傾げた。


「ただ、あなたが生きているので、しばらく生きてみればいいんじゃないかなって」


 あまりにも無責任な言葉だった。


 湊は思わず笑った。


 今度は、ちゃんと笑った。


「なんだそれ」


「何か変ですか?」


「変だよ」


「そうですか?」


「死神にしては」


「死神ですから」


「それさっきも聞いた」


「大事なことなので」


 ミコは真剣な顔をしていた。


 湊はまた笑った。


 笑ったあと、少しだけ怖くなった。


 自分は今、笑った。


 久しぶりに。


 それが怖かった。


 笑えるということは、まだ何かが残っているということだから。


 全部を憎んでいたかった。


 世界なんてどうでもいいと思っていたかった。


 そのほうが楽だった。


 けれど、目の前の少女の間の抜けた顔を見ていると、どうしても笑ってしまう。


 そのことが、湊には少し悔しかった。


「じゃあ」


 ミコが立ち上がった。


「これから、あなたには私の仕事を手伝ってもらいます」


「……なんで?」


「口封じです」


「誰か殺すの?」


「違います」


「じゃあ?」


「死神の仕事をしてもらいます」


「嫌だ」


「拒否権はありません」


「なんで?」


「死神法に書いてあります」


「本当に?」


「……たぶん」


「たぶん?」


「すみません。まだ全部覚えてません」


 湊は呆れた。


 それから、なぜだかまた笑った。


 世界は相変わらず嫌いだった。


 学校も嫌いだった。


 明日も来てほしくなかった。


 生きる理由なんて、まだどこにもなかった。


 それでも。


 その夜だけは。


 死ぬことについて考える時間が、少しだけ減った。


 それが、湊にとって最初の変化だった。


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