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死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


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16/25

16.生きていることのくだらなさ

 生きていることは。


 思っていたより、くだらなかった。


 湊は、そう思うようになっていた。


 朝起きる。


 眠い。


 学校へ行く。


 面倒くさい。


 授業を受ける。


 退屈。


 昼休みに弁当を食べる。


 午後になる。


 また授業。


 時計を見る。


 まだ二十分しか経っていない。


 帰る。


 疲れる。


 家に着く。


 スマートフォンを見る。


 特に面白いものはない。


 風呂に入る。


 明日の準備をする。


 寝る。


 そして。


 また朝になる。


 それの繰り返し。


 世界は、思っていたほど劇的ではなかった。


 誰かが突然現れて。


 人生を変えてくれるわけでもない。


 昨日まで嫌だった人が、急に優しくなるわけでもない。


 学校が突然楽しくなるわけでもない。


 明日が突然、素晴らしい一日になるわけでもない。


 ただ。


 今日が来て。


 今日が終わる。


 その繰り返しだった。


「湊」


 ミコが呼んだ。


「何?」


「何を考えているんですか?」


「くだらないこと」


「例えば?」


「生きることって、くだらないなって」


 ミコは真面目な顔をした。


「そうなんですか?」


「うん」


「それは悪いことですか?」


「……分からない」


 放課後の公園。


 二人はベンチに座っていた。


 湊はコンビニで買ったジュースを飲んでいる。


 ミコは飲まない。


 味が分からないからだ。


 その代わり。


 湊のジュースをじっと見ている。


「飲みたい?」


「はい」


「味、分からないだろ」


「それでも」


 湊は少し考えて。


 自分のジュースをミコに渡した。


 ミコは一口飲んだ。


「……分かりません」


「だろ?」


「はい」


「なのに飲むの?」


「はい」


「何で?」


「分かりません」


 湊は笑った。


「それ、ずるいよな」


「何がですか?」


「分からないで全部済ませるところ」


「では、湊が説明してください」


「俺も分からない」


「では、同じですね」


「……そうだな」


 二人の間に沈黙が落ちた。


 公園では、小さな子どもが遊んでいる。


 母親がそれを見ている。


 犬を連れて歩く人がいる。


 自転車に乗った学生が通り過ぎる。


 どれも特別なことではない。


 けれど。


 湊は、それを眺めていた。


 以前なら。


 こんな光景を見ても何も思わなかった。


 むしろ。


 自分以外の人間が普通に生きていることが、腹立たしかった。


 どうしてみんな平気なんだ。


 どうしてみんな笑えるんだ。


 どうして自分だけ。


 そう思っていた。


 今も。


 完全に消えたわけではない。


 けれど。


 少しだけ分かった。


 みんなも。


 たぶん、そんなに平気ではない。


 ただ。


 平気ではないまま。


 買い物をして。


 学校へ行って。


 仕事をして。


 子どもの手を引いて。


 家に帰っている。


 人間は。


 何かを解決してから生きているわけではない。


 問題を抱えたまま。


 不安を抱えたまま。


 嫌なことを嫌だと思ったまま。


 それでも生活している。


 湊は、そのことに少し驚いた。


「ミコ」


「はい」


「人間って、変なのかな」


「どうしてですか?」


「嫌なことがあるのに、それでも毎日同じことするから」


「死神も似ています」


「そうなの?」


「はい」


「何が?」


「仕事が嫌な日があります」


「あるんだ」


「あります」


「死者を迎えに行くのが?」


「そういう日もあります」


 ミコは空を見上げた。


「でも、行きます」


「どうして?」


「仕事だからです」


「……それだけ?」


「はい」


 湊は少し考えた。


「それって、生きる意味とは違うよな」


「はい」


「でも、生きるって、そういうことなのかもしれない」


「どういうことですか?」


「意味がなくても、やることはあるってこと」


 ミコは黙っていた。


 湊は続けた。


「朝起きるのも」


「はい」


「歯を磨くのも」


「はい」


「学校へ行くのも」


「はい」


「食べ物を買うのも」


「重要です」


「そこだけ強調するなよ」


 湊は笑った。


「そういう、どうでもいいことをやってるうちに、一日が終わる」


「はい」


「それでいいのかもしれない」


 ミコは少し考えた。


「では、人生に意味は必要ないのでしょうか?」


「分からない」


「またですか」


「でも」


 湊はジュースを飲んだ。


「意味がなくても、楽しいことはある」


「はい」


「意味がなくても、嫌なことはある」


「はい」


「意味がなくても、人に会うことはできる」


「はい」


「意味がなくても、明日は来る」


「……はい」


「じゃあ」


 湊は空を見上げた。


「意味があるかどうかって、そんなに重要じゃないのかもしれない」


 言ってから。


 自分でも少し驚いた。


 以前の自分なら。


 そんな考え方を馬鹿にしていた。


 意味がないなら何のために生きるのか。


 目的がないなら何をしても無駄だ。


 そんなふうに考えていた。


 でも。


 今は違う。


 意味のないものにも。


 手放したくないものがある。


 昨日の笑い。


 今日のジュース。


 ミコとの会話。


 帰り道。


 コンビニの明るさ。


 プリンやシュークリームやメロンパンの甘さ。


 どれも。


 人生全体を支えるほど立派なものではない。


 けれど。


 なくなったら、少し寂しい。


 その程度で。


 十分なのかもしれない。


「湊」


「ん?」


「では、もし全部なくなったら?」


 ミコの声が。


 少しだけ低かった。


「何が?」


「学校も」


「うん」


「プリンやシュークリームやメロンパンも」


「それは困る」


「私も」


「……」


 湊は少し黙った。


 ミコは続ける。


「何もかもなくなっても」


「うん」


「それでも、人は生きていけるのでしょうか?」


 湊は答えられなかった。


 その質問は。


 これまでとは違っていた。


 「生きる意味があるか」という問いではない。


 もっと根本的だった。


 何もなくなったとき。


 それでも生きるのか。


 湊はしばらく考えた。


「……分からない」


 ミコは頷いた。


「私もです」


 それ以上。


 二人は話さなかった。


 風が吹いた。


 木の葉が揺れた。


 公園の時計が、五時を指している。


 子どもたちが帰っていく。


 母親が、


「帰るよ」


 と呼ぶ。


「まだ遊ぶ!」


「明日また来ようね」


 その言葉を聞いて。


 湊は少しだけ笑った。


 明日また来よう。


 それは。


 何の保証もない言葉だった。


 でも。


 だからこそ。


 人間はそう言うのかもしれない。


 明日があると信じて。


 明日も同じようにできると思って。


 何となく約束する。


 そして。


 約束したことを忘れることもある。


 それでも。


 その瞬間には。


 明日が存在している。


 湊は立ち上がった。


「帰るか」


「はい」


「今日は何食べる?」


「プリン」


「また?」


「はい」


「飽きないの?」


「飽きるという感覚がよく分かりません」


「じゃあ、明日は?」


「プリン」


「明後日は?」


「プリン」


「一週間後は?」


「プリン」


「お前、プリンしか知らないだろ」


「知っています」


「何を?」


「シュークリームとメロンパン」


「……」


 湊は吹き出した。


「それだけ?」


「はい」


「じゃあ、今度いろいろ食べてみるか」


「いいんですか?」


「うん」


「楽しみです」


「味分からないのに?」


「はい」


 ミコは笑った。


 湊も笑った。


 二人は歩き出した。


 夕暮れの街を。


 どこにでもある道を。


 どこにでもいる人たちの中を。


 特別なことは何もない。


 世界は相変わらず。


 面倒で。


 うるさくて。


 不公平で。


 ときどき優しい。


 湊は、そんな世界を。


 まだ好きにはなれなかった。


 たぶん。


 これからも好きになれない日がある。


 でも。


 嫌いだからといって。


 全部を捨てる必要はない。


 嫌いな学校の帰り道にも。


 美味しい食べ物はある。


 嫌な一日の中にも。


 笑える瞬間はある。


 つらい人生の中にも。


 くだらない時間はある。


 そして。


 くだらない時間ほど。


 失ってから初めて、その大切さに気づくのかもしれない。


 湊は歩きながら思った。


 生きることは。


 案外、くだらない。


 でも。


 だからこそ。


 続けてもいいのかもしれない。


 壮大な理由なんてなくても。


 誰かに褒められなくても。


 何かを成し遂げなくても。


 今日の続きを。


 明日にしてもいい。


 それくらいの人生なら。


 自分にも。


 少しだけ。


 許してもいい気がした。


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