↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/25

12.死神とコンビニ

 コンビニは、夜になると少しだけ世界から切り離されているように見える。


 学校も終わっている。


 仕事をしている人も、帰り始めている。


 家にいる人もいる。


 けれど、コンビニだけは明るい。


 いつでも開いている。


 誰かが何かを買っている。


 誰かが何かを待っている。


 誰かが、ただ時間を潰している。


 湊は、その明るさが嫌いではなかった。


「何を買うんですか?」


 隣を歩くミコが聞いた。


「別に決めてない」


「決めてないのに来たんですか?」


「そういう場所だろ」


「どういう場所ですか?」


「……何となく来る場所」


 ミコは首を傾げた。


「人間は、何となくが多いですね」


「そうかもな」


 自動ドアが開く。


 いらっしゃいませ。


 機械的な声が流れる。


 店員は二人を見ない。


 正確には、湊しか見えていない。


 ミコは死神だから、人間の目には映らない。


 湊はそのことを、最近あまり意識しなくなっていた。


 最初は不思議だった。


 こんなに近くにいるのに。


 こんなに普通に話しているのに。


 世界のほうは、ミコを存在しないものとして扱っている。


 けれど。


 考えてみれば、人間も似たようなものだった。


 同じ教室にいても。


 隣の席にいても。


 毎日顔を合わせていても。


 相手のことを何も知らない。


 見えているのに、見えていない。


 生きている人間同士でさえそうなのだから。


 死神が見えないくらい、大したことではないのかもしれない。


「湊」


「ん?」


「あれは何ですか?」


 ミコが指差した。


 弁当だった。


「弁当」


「知っています」


「じゃあ聞くなよ」


「でも、種類が多いです」


「まあな」


「人間は毎日これを選ぶんですか?」


「毎日じゃないけど」


「選ぶの、大変じゃないですか?」


「大変だよ」


「では、なぜ自分で作らないんですか?」


「面倒だから」


「人間は面倒なことが嫌いなんですね」


「死神だってそうだろ」


「私は仕事をしています」


「仕事の書類、昨日三枚も間違えてただろ」


「それは……」


 ミコが黙った。


「死神も面倒なこと嫌いじゃん」


「……否定できません」


 湊は笑った。


 笑ったあとで、少し驚いた。


 以前なら、こんなことで笑うことはなかった。


 正確には。


 笑うことはあった。


 友達と話していた頃もあった。


 家族と食事をしたこともあった。


 漫画を読んで笑ったこともある。


 だから、笑えなくなっていたわけではない。


 ただ。


 笑ったあとに、


 「だから何だ」


 と思うことが増えていた。


 笑っても、明日は来る。


 楽しくても、学校には行かなければならない。


 嫌なことは消えない。


 だから笑うことに、どこか罪悪感のようなものがあった。


 そんなものに意味があるのか。


 そんなものをして何になるのか。


 そう思っていた。


 けれど今は。


 ミコの言葉がおかしくて笑った。


 それだけだった。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 それでいいのかもしれない。


「湊」


「何?」


「これは?」


 ミコが今度はパンを指差した。


「メロンパン」


「メロンは入っていますか?」


「入ってない」


「じゃあ、なぜメロンパンなんですか?」


「知らない」


「人間は名前にも適当なんですね」


「全部が適当なわけじゃない」


「では、なぜメロンパンという名前にしたのでしょうか?」


「知らないって」


 ミコは真剣な顔をしている。


 どうでもいいことを、本当にどうでもよくない顔で考えている。


 湊はまた笑った。


「じゃあこれを買う」


「何を?」


「メロンパン」


「食べるんですか?」


「うん」


「では私も」


「味、分からないだろ」


「でも、食べます」


「なんで?」


 ミコは少し考えた。


「……分かりません」


「そればっかりだな」


「分からないことは、分からないと言ったほうがいいです」


 湊は黙った。


 それは、そうかもしれない。


 分からないことを、分かったふりをする。


 人間はそれをよくする。


 自分は何のために生きているのか。


 どうして学校へ行くのか。


 どうして人を好きになるのか。


 どうして人は死ぬのか。


 どうすれば幸せなのか。


 そんなものに、正しい答えがあるような顔をして生きている。


 けれど本当は。


 誰にも分からないのかもしれない。


 分からないまま、朝になったら起きる。


 分からないまま、学校へ行く。


 分からないまま、誰かと話す。


 分からないまま、何かを食べる。


 そして。


 分からないまま、一日が終わる。


 それを人間は「生活」と呼んでいる。


「ミコ」


「はい」


「お前さ」


「はい」


「生きる意味って、分かる?」


 ミコはしばらく黙った。


 店内の冷蔵庫が低い音を立てている。


 レジでは誰かが会計をしている。


 電子音が鳴る。


「分かりません」


「だよな」


「でも」


 ミコは続けた。


「分からなくても、今日を過ごすことはできます」


 湊は顔を上げた。


「……そうだな」


「私は今日、メロンパンを食べます」


「味、分からないのに?」


「はい」


「それでいいのか?」


「いいと思います」


 ミコはメロンパンを持った。


「だって」


「うん」


「湊が食べるから」


 湊は、少しだけ笑った。


「それ、理由になってるのか?」


「分かりません」


 まただ。


 でも今度は、嫌ではなかった。


   ◇


 二人は会計を済ませて店を出た。


 外は思ったより涼しかった。


 街灯が道路を照らしている。


 自転車が横を通り過ぎる。


 遠くで電車の音がする。


 湊はメロンパンを開けた。


 ミコも開ける。


 一口。


 二人とも黙って食べた。


「……どう?」


「分かりません」


「だよな」


「でも」


「うん」


「昨日より、好きです」


「味が分からないのに?」


「はい」


「何が好きなんだよ」


 ミコは少し考えた。


「こうしている時間が」


 湊は答えなかった。


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥に、ほんの小さな違和感が生まれた。


 以前なら。


 生きる意味を探していた。


 見つからなければ、何もないと思っていた。


 けれど。


 今の自分は。


 意味のない時間を、悪いものだと思わなくなっていた。


 メロンパンを食べる。


 ミコと話す。


 帰ったら風呂に入る。


 明日の授業を考える。


 眠る。


 朝になったら起きる。


 そんなことに。


 特別な意味はない。


 けれど。


 特別な意味がないからこそ。


 誰かに許可をもらう必要もないのかもしれない。


 生きることは。


 何かを証明するためにあるのではなく。


 ただ、今日を今日として過ごすことでもいい。


「ミコ」


「はい」


「明日も来る?」


「死神なので、仕事があれば来ます」


「仕事がなくても?」


 ミコは少し考えた。


「……来てもいいですか?」


 湊は笑った。


「別に」


「では、来ます」


「うん」


 夜の道を歩く。


 二人の影のうち。


 街灯に映っているのは、一つだけだった。


 それでも。


 湊には、隣にミコがいることが分かる。


 見えなくても。


 触れなくても。


 証明できなくても。


 そこにいると思えるものはある。


 人間の生活も。


 もしかしたら、そういうものなのかもしれない。


 明日が来る保証なんてない。


 明日が楽しい保証もない。


 明日、嫌なことが起きない保証もない。


 それでも。


 人は「明日、何を食べよう」と考える。


 その小さな予定を抱えて眠る。


 それは希望と呼ぶには、あまりにも小さい。


 けれど。


 湊には、そのくらいで十分だった。


 大きな希望なんて、今はいらない。


 明日の朝、起きる。


 学校へ行く。


 放課後、ミコと話す。


 帰りに何か買う。


 それだけでいい。


 それだけを繰り返しているうちに。


 いつか。


 生きていることが、


 「理由」ではなく、


 「当たり前」になっていくのかもしれない。


 湊は空を見上げた。


 星は、ほとんど見えなかった。


 街の明かりが強すぎるからだ。


 それでも。


 空があることは分かった。


「明日も晴れるかな」


 湊が言った。


 ミコが隣で答える。


「分かりません」


「だよな」


「でも」


「うん」


「明日になれば、分かります」


 湊は歩きながら笑った。


「……そうだな」


 そして初めて。


 湊は「明日が来ること」を、怖いだけのものとして考えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。