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死神少女が命の源  作者: 和泉 きよ


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11.死神は味を知らない

 ミコは、味が分からない。


 それを知ったのは、ある日の夕方だった。


「これ、何味ですか?」


 コンビニで買ったアイスを、ミコが指差した。


「バニラ」


「バニラとは?」


「……甘い」


「甘いとは?」


「甘いは甘いだろ」


「説明になってません」


 湊は困った。


 ミコは本気だった。


 死神は、人間と同じように食事をする必要がない。


 食べてもいい。


 でも、食べなくてもいい。


 そして、食べたところで味を感じない。


「じゃあ、何のために食べるの?」


「分かりません」


「死神なのに?」


「死神だからです」


「それ、便利すぎるだろ」


 ミコはアイスを見つめた。


「でも、食べてみたいです」


「味が分からないのに?」


「はい」


「なんで?」


 ミコは少し考えた。


「湊が食べているから」


 その答えに、湊は何も言えなくなった。


 コンビニの前。


 夕方の空。


 車の音。


 学校帰りの学生たち。


 アイスを食べる人。


 スマートフォンを見る人。


 誰もミコには気づかない。


 湊だけが、隣にいる少女を知っている。


「じゃあ、買うか」


「はい」


 アイスを二つ買った。


 ベンチに座る。


 湊が袋を開ける。


 ミコも真似をする。


 スプーンを持つ。


 少しだけ口に入れる。


「……」


「どう?」


「分かりません」


「だよな」


「でも」


 ミコはもう一口食べた。


「嫌ではありません」


「それ、味が分からなくても言えるの?」


「はい」


「どうして?」


「湊が美味しそうに食べているので」


 湊は少し笑った。


「それ、味じゃないじゃん」


「そうですね」


「じゃあ、何なんだろうな」


「分かりません」


 二人はアイスを食べた。


 ミコは最後まで「美味しい」とは言わなかった。


 でも、少しずつ食べた。


 急がず。


 一口ずつ。


 まるで、味ではなく時間そのものを食べているようだった。


   ◇


 その日の夜。


 湊はミコに聞いた。


「死神って、食事しなくても生きられるんだよな?」


「はい」


「眠らなくても?」


「はい」


「じゃあ、死神に必要なものって何?」


「仕事です」


「それだけ?」


「たぶん」


 湊は少し考えた。


「じゃあ、仕事がなくなったら?」


 ミコが黙った。


「……分かりません」


「またそれか」


「でも」


 ミコは小さな声で言った。


「仕事がなくなったら、私は何をすればいいんでしょう」


 湊は答えられなかった。


 それは、自分にも少し似ていた。


 学校がなくなったら。


 家がなくなったら。


 友達がいなかったら。


 何をすればいいのだろう。


 人間は、毎日やることに追われている。


 朝起きる。


 学校へ行く。


 授業を受ける。


 帰る。


 ご飯を食べる。


 風呂に入る。


 寝る。


 その繰り返し。


 それを「生きる」と呼んでいる。


 では。


 何もすることがなくなったら。


 それでも生きていると言えるのだろうか。


 湊は考えた。


 以前なら、


 「何のために生きるのか」


 という問いばかり考えていた。


 でも今は少し違う。


 「何をしているとき、自分は生きていると感じるのか」


 そちらのほうが大事なのかもしれない。


「ミコ」


「はい」


「明日、学校終わったら何する?」


「仕事です」


「その後」


「……分かりません」


「じゃあ、何か食べに行こう」


 ミコが顔を上げた。


「いいんですか?」


「うん」


「死神と?」


「死神と」


「人間が?」


「人間が」


 ミコは少し考えた。


「……楽しみです」


 その言葉を聞いて。


 湊は胸の奥が少し熱くなった。


「お前」


「はい」


「今、楽しみって言った?」


「言いました」


「味も分からないのに?」


「はい」


「何が楽しみなの?」


 ミコは笑った。


「湊と一緒にいることです」


 湊は視線を逸らした。


 なぜか、少し恥ずかしかった。


 でも。


 嫌ではなかった。


   ◇


 翌日。


 学校が終わる。


 湊は教室を出る。


 いつものように、嫌なことはあった。


 誰かにからかわれた。


 嫌な言葉を言われた。


 少し傷ついた。


 それでも。


 昨日までとは違った。


 放課後がある。


 ミコと食事をする。


 それだけの予定がある。


 たった一つの予定が、朝から一日を支えていた。


 人間は不思議だ。


 大きな夢がなくても。


 立派な目標がなくても。


 「放課後、何を食べよう」


 それだけで、今日を越えられることがある。


 湊は校門を出た。


 ミコが待っている。


「遅いです」


「まだ五分しか経ってないだろ」


「五分は長いです」


「死神って時間の感覚ないんじゃなかった?」


「湊を待っている五分は長いです」


 湊は少し笑った。


「じゃあ、行くか」


「はい」


 二人で歩き出す。


 どこへ行くかは決めていない。


 何を食べるかも決めていない。


 それでも。


 その先に何かがある。


 それだけでよかった。


 湊は歩きながら思った。


 生きる理由なんて、最初から必要だったのだろうか。


 もしかすると。


 理由は、生きている途中で後からできるものなのかもしれない。


 アイスを買う。


 プリンを買う。


 シュークリームを買う。


 誰かと歩く。


 明日の授業を考える。


 放課後の予定を楽しみにする。


 そんな小さなものが積み重なって。


 いつか振り返ったとき、


 「自分は生きていた」


 と思えるのかもしれない。


 だから。


 今はまだ、分からなくてもいい。


 湊はそう思えるようになっていた。


 死神の少女は、味を知らない。


 少年は、まだ生きる意味を知らない。


 それでも二人は。


 今日、何を食べるかを考えながら歩いていた。


 それはたぶん。


 生きている人間と死神が共有できる、


 いちばんくだらなくて、


 いちばん大切な時間だった。


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