~その頃の兄⑮~ すかさずチョップを振り下ろした
オレが持つ瞳〈解眼〉は、これまでに、長年封じられていた聖剣を解放し、またオレ自身の身体能力も解放させてきた。
だから思ったのだ。この目があれば、自身だけではなく他者の――エレナの身体を蝕む蛇の呪いからも、彼女を解放させることができるのではないかと。あくまでただの推測であり、確証はなかったのだが……
(賭けに、勝った、か……?)
エレナは俯き、身じろぎ一つしない。髪の毛に隠され、その表情は読むことができない。
そこへ、頭上に弾き飛ばした彼女の剣が落下してくる。彼女はそれを見もせず掴み取ると……すぐさま踵を返し、ザッハークに向かって駆け出し――
「はあああぁぁ!」
姫さんを呑み込んだ肩の蛇、その根元を、手にする片手剣で綺麗に切断する。
「何!?」
〈邪王〉の驚く声と、切断された蛇が地面に落下するのは、同時だった。
「ザッハーク! よくもあたしをずっと利用してくれたね! 絶対に許さないんだから!」
「正気に戻っただと!? わしが授けた蛇の呪いを跳ね除けたというのか……! おのれ……!」
おそらく、操られていた間もエレナ本来の意識はあったのだろう。だからこそ彼女はすぐに状況を把握し、オレの期待通りに動いてくれたのだ。
彼女がザッハークと交戦するのに合わせて、トリーシャが魔術で援護する。その間にオレは、斬られてこちらまで転がってきた蛇の胴体を聖剣で裂き、呑み込まれていた姫さんを救出する。
「けほっ……! けふ……!」
「姫様!」
姫さんの救出に成功したことを察し、トリーシャがこちらに駆け寄ってきた。
「トリーシャ……アキト様……ありがとうございます」
「礼は後だ、姫さん。今は――」
「はい……! 今日をもって、アムレートを覆う暗雲をこの手で晴らしてみせます……!」
姫さんが立ち上がるのを確認したオレは、聖剣を構え、ザッハークを注視する。蛇が切断されたはずの右肩からは新たな蛇の頭が再生し、左肩の蛇と共にエレナを襲っていた。
「くぅっ!?」
襲い来る蛇を盾で受け止め、しかし勢いに押されて後ずさるエレナ。オレはその背に手を添え、支えてやる。
「アキト……それに姫様もトリーシャも……。……ごめん。ずっと、みんなを裏切っていて……」
そう言って、後ろめたそうに項垂れるエレナに、オレは――
スコン
すかさずチョップを振り下ろした。
「あいたぁっ!? 何すんのさアキト!?」
「馬鹿。お前は操られてただけなんだから、謝る必要なんてないだろ」
「アキト……でも」
「でもじゃない。お前は悪くない。いや、仮にお前に責任があったとしても、こうして姫さんも無事に助け出せたんだ。もう帳消しでいいだろ」
その姫さんはオレたちを護るために、法術で光の盾を作り出し、ザッハークの攻撃を防いでくれていたのだが……
「く……う……!」
続けざまに襲い掛かる二匹の蛇に、光の盾が少しずつひび割れ、削られていく。衝撃が伝わっているのか、姫さんが耐えるような表情を見せる。
裏切った自分を護ろうとするその姿に何を思ったのか、エレナは……
「姫様……。……姫様、あたし……」
「……私は、まだ完全には事態を把握できていませんが」
盾を維持するために両手を前方に突き出しながら、姫さんは首だけを振り返らせ、エレナに微笑んでみせた。
「それでも、これまでの行いが貴女の本意でなかったことくらいは、分かります。アキト様も信じていますしね。ですから今は、力を貸してください。貴女を利用した仇敵を打ち倒すために――我らが祖国を救うために!」
「……はい!」
エレナが小さく涙を浮かべながら力強く返答したところで――
カシャーン!
ガラスが砕けるような音と共に、光で編まれた盾が砕け散る。
「あ……!」
姫さんの短い悲鳴。余波に押され後ずさったその身体を、トリーシャが受け止めた。彼女に姫さんを任せ、オレは反射的に前方に踏み出し――
「おおおおぉぉぉ!」
ガキィ――!
砕けた盾の向こう側から迫ってきていた大蛇の頭を、聖剣で押さえつける。
一拍遅れてエレナがオレに並び、もう一匹の蛇の牙を盾で受け止める。姫さんとトリーシャはその間に後方に下がり、いつでも術を放てるように〈邪王〉を見据えた。
「――別れの挨拶は済んだか? 人間共よ」
ザッハークの声はいまだ余裕を保っていた。オレとエレナで蛇は弾き返したが、大した痛痒も与えられていない。
「少々惜しくはあるが、余興は終いじゃ。かくなるうえは……我が真の姿にて、お主ら全員屠ってくれようぞ!」
その言葉と共にザッハークの身体から多量の煙が噴出し、その身を覆い隠していった――




