~その頃の兄⑭~ 空に溶けるように
城の最奥、玉座の間にて。オレとトリーシャはこの城の主と対峙していた。
「――よくぞここまで辿り着いた、アムレートの勇者。わしこそがザッハーク。この城の主よ」
「お前が……」
玉座に鎮座し、古風な口調でそう語ったのは、長い黒髪に黄金の瞳、服の上からでも分かる豊満な身体を黒い煽情的なドレスで覆った、見た目には二十代ほどの女性。
だがその女は、尖った耳を持ち、肌を刺すような禍々しい魔力を全身から発していた。そして何より目を引くのは、両肩から一匹ずつ生えている巨大な黒い蛇。人間じゃないのは明らかだった。
こいつが、〈邪王〉。姫さんたちの国を襲う、諸悪の根源――
「やっほー、アキトにトリーシャ。意外に早かったねー」
「エレナ……」
気安くかけられたのは、ここまでの旅で聞き慣れた明るい声。姫さんを攫った張本人であろうエレナだった。
ただ、姿は見慣れた鎧姿ではなく、エキゾチックな踊り子のような衣装に着替えていた。肌の露出が多く、胴体に刻まれた黒い蛇の紋様もはっきりと見て取ることができる。もう隠す必要もないということか。
そして、エレナの傍には……
「姫さん!」
「姫様!」
両手を頭上に上げられ、縄――ではなく、どこからか伸びた生きた蛇によって縛られ、吊るされている姫さんの姿。衣服は神官の聖服のままだ。
「ん……」
姫さんはオレたちの声で目を覚まし、周囲にぼんやりと視線を送る。
「ここは……私、いったい……。……! アキト様! トリーシャ!」
現況を把握し、悲痛な叫びを上げる姫さん。拘束されてはいるが、とりあえずは無事なようでホっとする。
いや、無事であることは半ば予想がついていたのだ。なぜなら……
「……姫さんを殺すつもりなら、とっくにそうしていたはずだ。なのにここまで泳がせてわざわざエレナに攫わせたってことは……裏切り者に疑心暗鬼になるオレたちの姿でも見たかったのか、ザッハーク」
「クフフ……よく分かっているではないか」
そう。オレたちは可能な限り早くこの城に駆け付けたが、それでも姫さんに何かしようと思えばできていただろう。そもそも内通者のエレナが同行していたのだから、旅の間にいくらでもその機会はあったはずだ。
それをせずに攫わせ、今また拘束された姫さんを見せつけるのは、オレたちの心を揺さぶるため、そして奴自身の愉悦のために他ならない。
「やり口がコテコテなんだよ。お前みたいな悪役はベタすぎて今どき流行らねぇぞ」
「なるほど? 貴様はわしが思うより戦の経験が豊富なようじゃのう」
なんか勘違いされている。別に実際にそういう悪役を見てきたわけじゃなく、創作物に当てはめただけなんだが。
「クフフ……しかし、この女の使い道はそれだけではないぞ?」
「……人質に取る気か?」
「いいや、そんなつまらぬことはせぬ。ここまで生かしておいたのは――お主たちの目の前で、こうするためよ!」
「あ――まさか!」
ザッハークの声と共に、その右肩から生えた蛇が長さを伸ばし、肥大化し……囚われていた姫さんの頭上から、一気に襲い掛かる!
「き――……!?」
防ぐ暇もない。一瞬の出来事で、姫さんの身体も悲鳴も巨大な蛇に一口で呑み込まれてしまう。
「クフハハハハ! わしは人間共の顔が絶望に染まる様を見るのが大の好物でな! それが勇者となれば、そして目の前で姫を喰らえば、どんな顔を見せてくれるのか、ずっと楽しみにしておったのじゃよ!」
「クソ! どこまでテンプレ悪役なんだお前! ……姫さん!」
オレは抜き身の聖剣を携え姫さんの元へ駆け寄るが……
「おっと。ザッハーク様の邪魔はさせないよー」
その途上に、いつものように片手剣と円盾を構えたエレナが、立ち塞がる。
「エレナ! どいてくれ!」
口にはそう出しつつも、オレは内心でガッツポーズを浮かべていた。姫さんの危機ではあるが、同時にこれは降って湧いたチャンスでもある。――エレナを救うための。その決意を込め、胸中で唱える。
(〈解眼〉……発動!)
視界がいつもよりクリアになり、この状況を打破するための解答が導き出される。同時に身体能力が解放される。
〈解眼〉の解答は、シンプルだった。オレは両手に握った聖剣でエレナが打ち込んできた剣撃を受け止め、絡みつかせるように回し……一気に、頭上に跳ね上げる。
「あっ!?」
いわゆる剣道の巻き上げに近い形だ。一瞬の交錯で武器を弾き飛ばされたエレナが思わず声を漏らす。
彼女は即座に意識を切り替え、残った盾で殴りつけてくるが――
それをかわして内に入り込み、オレは聖剣の刀身を――それが纏う炎を、エレナの身体に触れさせ、彼女の『動き』を封じる。
「く……!?」
突然自分の身体が動かなくなったことに驚愕の表情を浮かべるエレナ。あるいは先日の検証が脳裏を過っていたかもしれない。
その彼女の胴体にオレは左手を伸ばし――そこに刻まれた蛇の紋様に触れ、念じる。
(呪いから……解放する!)
「!?」
オレが触れた箇所から波紋が伝わるようにして、蛇の紋様が実体を持ったかのように浮き上がり、もがきながら、エレナの身体から離れていき……
「う、う、あ……あああああ!?」
『シャアアアァ!?』
彼女の悲鳴と共に、黒い蛇が断末魔を上げながら、空に溶けるように消えていった――




