~その頃の兄⑩~ 剣は何も語らない
アムレート王国の北、国境沿いでは、魔物の軍勢の侵略を防ぐべく防衛線が敷かれ、今も激しい戦闘が続いている。
オレたちはその戦場を迂回し、魔物の国に潜入。国の頭である〈邪王〉ザッハークを討ち取るべく、その居城に向かわねばならない。頭を失えば、あとは烏合の衆を掃討するだけというわけだ。
しかし……
戦場の側面、迂回ルートを移動していたオレたちは、その途中で魔物の部隊と鉢合わせる。
魔物の側も、おそらくはこちらと同じことを考えていたのだろう。アムレート王を暗殺するべく送り込まれたその部隊と戦闘になり、配下の魔物たちを倒すことはできたのだが……
「クハハハハハ! どうした、人間共! その程度か!」
哄笑するは魔物たちの指揮官と思しき、人語を介する人型の魔物――魔族。
逞しい上半身をはだけ、両手に獣の鉤爪を伸ばしたその男性型の魔族に、オレたちは苦戦を強いられていた。というのも――
「はぁっ!」
ザン――!
〈解眼〉による達人の剣閃で、魔族の左腕を綺麗に切断するも……
「クハハ、まだまだ!」
ズリュ――!
即座に魔族の肉体は再生。切断した箇所から新たな腕が生えてくる。
さっきからこれの繰り返しだ。手足の一、二本斬っただけじゃ戦闘能力を奪えない。かといって、首や心臓などの急所はしっかり護ってくる。しかも両腕の鉤爪や俊敏な身体能力で激しく攻め立ててくるため、一時も気が抜けない。
〈解眼〉や仲間のサポートのおかげで渡り合えてはいるものの、このまま長引けば全員消耗し、いずれ追い詰められる。ジリ貧だ。
(何かないのか、あいつを倒す方法……なんとかできないのか――聖剣〈オラシオン〉! お前このままじゃ、頑丈で切れ味がいいだけのただの剣だぞ! 長い間封印されてた力を見せてみろ!)
それが――聖剣に意識を集中させたのが、功を奏したのか。
ボゥ――
聖剣から力が迸る感覚と共に、その刀身を白い炎が包んでいく。
(これは……)
効果は分からない。また同じ結果が繰り返されるだけかもしれない。
それでもオレは剣を振るった。視界に映る光をなぞり、刃は理想の軌跡を描きながら空中に炎の轍を残し――魔族の片腕を、容易く切断する。
「グっ!? クク、だが、何度やっても無駄なこと――」
言いながら、失われた腕を再生させようとしたのだろう。男は身体に力を込める。が――
「――な、に……!? 馬鹿な……! なぜ再生せん……!?」
そう。今度は腕は生えてこない。そして魔族の傷口に聖剣の白い炎が燃え移り、その身を焼き続けている。
(白い炎が、傷口を塞ぐように燃えている……再生するのを、封じてる、のか? そうか、これなら……!)
オレはさらなる追撃を加えるべく、前方に踏み込む。しかし――
「舐めるなよ、人間!」
追撃を遮るべく、魔族は無事なほうの腕を上げ、鋭く鉤爪を振るってくる。が。
「――ふん、ぬ……!」
横から飛び出してきたエレナがその一撃を盾で受け止め、力に圧されながらもこちらに叫んでくる。
「アキト! 行って!」
「おうよ!」
駆ける。今度こそ致命の一撃を喰らわせ、この戦いを終わらせるために。
「チィっ……!」
迫るオレに視線を向け、魔族は舌打ちしながら後退しようとしたが、そこへ――
「《――氷縛、アイスバインド》」
エレナが飛び出している間に詠唱を終えていたのだろう。トリーシャが放った氷の魔術が地面から伸び、魔族の足を凍り付かせ、地に縫い付けていた。
「!? 貴様!」
男は動きを封じられ、トリーシャを憎々しげに睨みやる。その一瞬の、けれど決定的な隙をついて――
「はああぁぁぁ!!」
ザン――!
一閃。オレは魔族の左肩から右腰に掛けて、袈裟切りに一刀両断した。
「グ、ブ……!?」
魔族が血を吐き、上半身がずり落ちる。少し遅れて、下半身もゆっくりと倒れていった。
分かたれた魔族の身体は、どちらも切断面に聖剣の白い炎が燃え移り、やはり再生を封じてくれている。しかし炎が消えれば、また息を吹き返すかもしれない。
なら、やるしかない。人の形をした相手を切り刻む覚悟を固め、聖剣を握りしめたところで――
「《火の章、第五節。業火の陽炎……ヒートヘイズ!》」
姫さんの鋭い声が響く。魔族の身体を中心に、オレたちごと閉じ込めるように地面に白い炎が走り、円が刻まれ――その内側が業火に包まれた。エレナは閉じ込められる前に咄嗟に飛び退いたが、反応が遅れたオレは驚きに目を見開くしかできない。が――
(熱く……ない……?)
炎に焼かれているはずなのに、オレの身体はどこも燃えていなかった。ついさっき聖剣が出したものと同じ、白い炎。通常とは色の違うこの法術の炎だからこそ、人間を燃やさずに済んでいるのだろうか。それが分かっていたから、姫さんはオレごと構わずに――
「ガアアアアアア!?」
対して、立ち昇る白炎に貫かれた魔族は、耐え切れずに絶叫する。身体は宙に浮き上がり、その間も焼かれ続け、強制的に浄化された四肢が燃え落ちていく。徐々にその身が分解されるように小さくなっていき……
やがて、燃え尽きる。黒い塵のようなものだけがかすかに残り、それも次には風に吹かれて散っていった。
しばらくその様子を見、これ以上の異変がないことを確認してから――
「……だーっ……! 疲れた……」
その場に寝転んだ。戦いの緊張と疲労で身体がもう限界だったのだ。
無事を讃え、仲間たちが駆け寄ってくる。それを横目に見ながらも、オレの意識は今も握ったままの聖剣に向いていた。
(――『封印する』。それが、お前の力なのか? もしかしてこれまで誰も鞘から抜けなかったのも、お前自身が自分を封印していたからなのか?)
そして〈解眼〉を持つオレだから、封印を解除し、抜くことができたのだろうか。
自問するも、剣は何も語らない。ただ陽光を受けて輝くのみだった。




