(22)どうやら、私たちについてくるみたいです。
「せいじゅう? 妖精から進化? ……てことは、もしかして、妖精獣か?」
「知ってるんですか? ていうか、オリヴァーさんもミントの声が聞こえるんですか?」
オリヴァーの反応にゆめは目を丸くする。ローザの反応からミントはゆめにしか見えないし、声も聞こえないと思っていたが、違うのだろうか。
そういえば、再会したギルドでミントのことを話した時に、頭の上を見ていたような気もする。
「俺にも妖精の、あー、友達がいるんだ。気まぐれな奴だから、めったにそばにいないけど」
「そうなんですか!?」
驚くゆめに、オリヴァーは苦笑してほほをかく。仕切り直すように咳払いをしてから、妖精獣に視線を戻す。
「妖精獣なら、この国にいるのも、まあ、納得はできる。そもそも魔獣は生息圏が違うし、許可証なしに入国もできないはずなんだ。妖精獣の目撃件数も少ないけど、妖精ならこの国にもたくさんいるし、妖精から進化した、と考えたほうが自然だ」
「なるほど?」
細かいことはよくわからなかったが、ゆめはとりあえずうなずいておいた。
「いかにも。わたしはお前たちが言うところの、妖精獣だ。まあ、大きく分類すれば、そこのちまいのと同じだな」
「ちまいのじゃないのー。ミントなのー!」
ミントの抗議を流して、妖精獣がゆめに近づく。ゆめをかばおうと前に出たオリヴァーを視線で制す。
「別に取って食ったりせんから、安心しろ」
「……本当だな?」
念を押すオリヴァーにうなずくと、興味深そうにゆめを見下ろす。
「それにしても、お前。ずいぶんと面白い匂いをしているな」
妖精獣は鼻をひくひくさせて、くんくんと匂いをかぎながらゆめの周りを歩く。
「匂い?」
きょとんとするゆめに、頭の上から、はい、と手をあげてミントが身体を乗り出す。
「ミントたちようせいは、まりょくをにおいでかんじとれるのー。ゆめは、なんだかおいしそうなにおいがするのー」
「おいしそう?」
ミントの言葉に自分でも匂いをかいでみたが、まったくわからない。ますます疑問が深まった。
「よし、決めた。お前たちについていくとしよう」
ゆめの正面まで戻ってきた妖精獣はそう言うと、にっと笑う。
「え?!」
妖精獣の言葉に、それまで警戒しながらも静観していたオリヴァーが声をあげる。
「何を驚いている。わたしが送った方が、早く目的地に行けるし、用事も早くすむだろう? それにメシをもらった恩義もある。それで、どこに行こうとしていたのだ?」
「えっとねー。あっち、なのー」
ゆめの頭の上から、ふわふわと妖精獣の頭の上に移動したミントが進行方向を指差す。
「なるほど、向こうだな」
ミントが指差す方向を見て、妖精獣はうなずく。
「お前たちは特別に背中に乗せてやろう。ほれ、さっさと乗れ」
その場にふせた精霊獣が、ゆめとオリヴァーを急かす。
「……えっと、これ、どうすればいいんでしょう?」
その様子にゆめはオリヴァーに、こそっと聞いてみる。
腕を組んで何やら考え込んでいたオリヴァーはまゆを下げると、大きく息をつく。
「いや、まあ、今は、したがっていた方が、いいんだろうけど。……よし」
肩をすくめてそう返すと、右手に持っていた剣を鞘にしまう。とす、と妖精獣の背に飛び乗った。
「ユメも、ほら」
「えっと……」
オリヴァーはカバンを肩にかけなおすと、妖精獣の背の上から手を差し出してくる。
その手に戸惑いつつ、あらためて妖精獣を見る。屈んでくれているとはいえ、背中に乗るにはそれなりの高さがある。さすがに一人では無理そうだ。
「あ、ありがとうございます」
おずおずと手を掴んだゆめを、オリヴァーは、ぐい、と引き上げる。そのまま、ぽす、と自分の前に座らせる。
「すまない。慣れないかもしれないけど、今だけは我慢してくれ。ユメが後ろだと、何かあった時に助けられないし」
少し緊張した面持ちのゆめに、オリヴァーは申し訳なさそうに声をかける。
「い、いえ! だいじょーぶ、です」
ゆめは手をぶんぶん振って返すと、落ち着きなく下を向く。心なしか顔が熱い。
「ところで、お前たちはこの森でなにをしていたのだ?」
首をもたげた妖精獣が、目線だけゆめとオリヴァーに向けて聞いてくる。
「薬草と、モルビド・フンゴっていうキノコを集めに!」
慌ててゆめが答えると、予想外に大きな声が出た。
「あ、あの。それで、妖精獣、さんは、なんでここに?」
ごまかすように続けて聞くと、妖精獣は、むう、と不満そうに口を尖らせる。
「妖精獣、というのは我らの総称であって、わたしの名ではない。もっと親しみを込めて、好きな名前で呼ぶがいい」
「え? そんなこと急に言われても……。えーと、えーと、それじゃあ……」
精霊獣からの無茶ぶりに、ゆめは必死に頭を働かせる。
オリヴァーが驚いたような気配があるが、今まででも一番近い距離に恥ずかしさが勝り、振り返れない。
うまく考えがまとまらなくて焦るゆめを横目に、はいはい、とミントが手をあげる。
「じゃあ、わんわん!」
「却下だ」
ミントの提案はあっさりと精霊獣に却下された。ぶーぶー文句を言うミントの声を聞きながら、妖精獣を見る。
ふと、ゆめが視線を落とした先で、妖精獣のアーモンド型のインディゴブルーの瞳と目があった。
乗せてもらっている背中の毛並みはするするとなめらかで、きれいなアイスブルー色をしている。
「それじゃあ、ブルー……、いや、アオ、はどうでしょうか?」
「ふむ、アオ……。アオ、か」
ゆめが告げた名前を妖精獣——アオがつぶやく。何度か繰り返してから、満足気に口元をゆるめる。
「うむ。なかなかに、悪くない」
その途端。アオの足元から風が巻き上がり、ふわりとやわらかに吹き抜ける。優しい風がアオの背に乗るゆめを包み込み、手元に落ちてくるようにゆるやかに収束する。
「なんでしょう、今の?」
しげしげと、ゆめは自分の手を見てみるが、とくに変わりはない。
「これって……」
何か思い当たるものがあるのか、オリヴァーが息を飲む。
「何か知って————」
「よし。しっかり、つかまっておけ」
不思議に思ったゆめがオリヴァーに声をかけようとするよりも早く、アオが一気に駆け出す。
「え? ——わあ!!」
舌をかみそうになり、ゆめは慌てて口を結ぶ。切り裂く風の強さに、かたく目を閉じる。
アオはスピードをどんどん上げ、トップスピードまで持っていく。
ゆめは振り落とされないように、必死になってアオの首にしがみつく。
後ろからさりげなくオリヴァーも支えてくれているが、正直、彼を気にしている余裕はない。
「すごい、速いのー!」
ただ、ミントだけがうれしそうにはしゃぎ、きらきらと目を輝かせていた。
そのままアオはスピードを維持して、ミントが指し示したと思われる場所まで向かった。




