第16話:勃発!?大惨事大戦
雷志の顔がわずかに歪む。
手を拘束してきた時よりも強い力で足にしっかりとしがみつかれている。
そのために彼の足からはみしり、という不吉な音が絶えず奏でられている。
骨の軋む度に雷志に苦痛にその表情を歪ませていく。
楓はそのことに全然気付いていない。
この手を決して離すまいという感情が最優先された彼女は、今も苦しんでいる雷志を見やることなく己の心情を吐露した。
「嘘だからァ! 今のはちょっとした冗談ってやつだからそんなに怒ないでよォッ! 雷志きゅんを呼び止めたのにはきちんとした理由があるんだってばァ……!」
「ぐっ……わ、わかりましたから一旦離れてください!」
「……しばらくの間雷志きゅんの身辺警護をすることになったからってこと伝えておきたくてェ」
「身辺警護? なんでまた?」
「犯人がどんな目的があったにせよ雷志きゅんを狙っているのは明白なのよォ? いつまた襲ってくるかわからあないんだから安全を守るために護衛するのは当然でしょォ」
「それは……」
「それに雷志きゅんは男の子なんだからァ。何かあってからは遅いんだからねェ」
男だから……、こう言われてしまっては雷志に反論する資格はもうなかった。
そもそも夜間一人で外出することでさえもあれば違反行為なのだ。
今回彼が咎められなかったのはあくまで襲われたからに他ならない。
守ってもらう必要なんかない――この気持ちを渋々と胸の内に抑え込んで、雷志は了承する。
「……わかりました。それじゃあとりあえず三日間の間よろしくお願いします」
「三日だけじゃなくて事件が解決するまでずっといるに決まってるじゃないィ。もう雷志きゅんったらァお・バ・カ・さ・んなんだからァ」
「……今ものすご~くアンタに苛立ってますよ俺は」
「かわいい顔してるんだから怒らない怒らないィ。それじゃあ早速だけど雷志きゅんの――」
「異議あり!」
突然、応接室の扉が勢いよく……勢いがありすぎて開放されたと同時に、境界線を守るという役目を終えた。
床にずしんと横たわる扉だったものを踏み越えて入室してきた輩は三名のケモノビトで――
「いやだからどうやって聞いたんだ!?」
授業中であるにも関わらずにどかどかと踏み込んでくる貴津祢可梨菜、竜崎恋、エルトルージェ・ヴォーダンの三名に雷志は透かさず問い質すも当事者らの意識は彼ではなく楓だけに向いていて彼に目もくれない。
ぎらついた眼光を飛ばす三人と、正面から受けて尚勝ち誇ったように微笑みを浮かべている事の発端……一触即発の空気が応接室に漂い始める。
楓の同僚はというとこの場の仲裁に入らず自分達だけそそくさと出て行ってしまった。
個人的になら問題はなかった、いい判断だと褒めてもいよう。
しかし警察官という役職にありながら自分かわいさに放棄したのはいただけない。
(また俺がなんとかするしかないのかよ!)
自らの不運さを呪い、されどどうにかしないことには被害が応接室だけに留まりそうにないので雷志は仲裁に入った。
「――、ッ!」
睨み合う両者との間で渦巻く殺気は、常人だと踏み入ることさえもできないほど禍々しくて荒々しい。
それなりに修羅場を潜り抜けている、と自負してきている自分が気を張り詰めていなければ卒倒しかねない現状に彼の額からは大量の脂汗が滲み出ていく。
本音をもらせば、もう応接室が吹き飛ぼうとも関係なしに今すぐにでもこの場から逃げ出したかった――そうすればいい。
自分は無関係で、わざわざ厄介事に首を突っ込む必要はないのだから。
しかしその後に待ち受けている結末を慮ればやはり見過ごそうとはどうしても思えなかった。
(本当に俺って損な性格だな……!)
自嘲気味に小さく笑って、雷志は四者を一喝した。
「いい加減にしてください! アンタら本気でぶつかったらどうなるかぐらい俺に言われなくてもわかるでしょうが!」
怒鳴り声に近しいのは、雷志が彼女らの殺気に気圧されまいと自らを鼓舞するため。
若干ながらも心に余裕を持ててそれなりの効果が実証された、と同時に四人もびくりと大きく身体を打ち震わせれば目を丸くして彼の方を凝視している。
殺気も徐々にだが消失していくのを確認してようやく、雷志はほっと安堵に胸を撫で下ろした――ここからが本題である。
可梨菜達が傾聴する姿勢を整えたのを見計らったところで、雷志は間髪入れずに言葉を投げる。
「まったく……生徒に混じって教師のエルトルージェ先生が一緒になってこんなことしてたら駄目ですよね?」
「で、でもでも……」
「でももパレードもカーニバルもありません! 可梨菜もそれから竜崎先輩も……本当に何やってるんだ?」
「ボ、ボクは君のことが心配だったから……!」
「自分の男を守らない女がいるはずがないでしょう?」
「竜崎先輩はともかくとして……俺は誰かに守ってもらうほど弱くないよ。本当なら身辺警護だっていらないぐらいなんだからな……」
「それは許されないわよ雷志きゅん。何度も言うけど雷志きゅんが助かったのは本当に奇跡なことなのよォ? 次襲われても助かるって保証はどこにもないんだからねェ」
楓の言っていることは実に正論である――こんなこと、あえて言い聞かされなければ理解できないぐらい、祓御雷志という男は愚かではない。
この世において絶対などという言葉は実在しない。
ライトノベルのような展開に巻き込まれている雷志が一番理解しているのは違いないし、彼が知る限りでも絶対を覆されてしまった者達は何人か存在する。
例えばテレビに数多の格闘技大会に出場しては一度も敗北したことのなかった、とある有名な格闘家がデビューして間もない相手に打ちのめされた話など……。
昨晩の相手の実力が自分よりも格下であったから雷志はこうして現在を生きていられる――もし、次に現れた時、もっと強くなっていたら。多くの仲間を引き連れてきたら。
敵手は人間という同じ土俵すらでない。
遥かに優れた身体能力と異能を兼ね備えている相手に完勝できるなどと豪語するだけの実力はないのは彼自身が一番よくわかっている。
それでも雷志は、自分のために他の誰かが……ましてや女性が傷付くかもしれない未来に気が引けていた。
「……身辺警護の件はわかりました。解決するまでの間、よろしくお願いします」
「雷志!」
「雷志くん!?」
「雷志さん……!」
「任されたしィ! この狛木楓様にお任せあれェ!」
「――、ただし!」
「え?」
「身辺警護って言ってもすぐ傍にぴったりと寄り添ったりする必要はありませんし、我が家に居座ったりする必要もありませんので、あしからず」
「なっ……!」
これは不必要な牽制だと雷志は思っていた。
いくら身辺警護であったとしても、人のプライバシーにまで干渉してくるようなことはあるまい、とついさっきまでは思っていたのに、過剰なほど驚愕の反応を示している楓を見やれば本当にそうするつもりだったらしい。




