第15話:衝撃の事実
ともあれ、彼女を含む警察がまたしても自分の所に、付け加えるなら【聖ペルブランティノス学園】にまでやってきた理由を悠は知る必要と権利がある。
「……それで? 今日はどういったご用件で? 話せることなら昨日で全部話しましたよ?」
「えぇ、確かにあなたからは情報は得ているわァ。だけど、まだ一つだけ確認できていないことがあるのォ」
「確認できていないこと?」
そう尋ねた矢先、突然手を掴まれたかと思いきや楓は匂いを嗅ぎ始めた。
すんすん、なんてかわいらしいものではない。
例えるならばバキュームカーだ、匂いを一変たりとも逃さんという気迫がひしひしと否が王にも伝わってくる雷志も、さすがに狼狽を禁じ得ない。
「と、突然何をするんですか!?」
鼻先どころか鼻孔を直に肌に付けられた雷志は慌てて振り払おうとするが、彼の手を拘束する楓の力は緩む兆しをまったく見せない。
まるで万力だ、かなり力を込めているはずなのにびくりともしない。
(な、なんつー握力してんだよこの人!)
このまま圧壊させられたりでもしたら……、想像してはいけない最悪の未来を脳裏に描いてしまった雷志の顔は青ざめていった。潰れたリンゴのようになりたくはない。
「ずぅぅぅぅぅっ……! はぁ……アタシの好きな匂いの中にちょこ~っとだけ残ってたわねェ」
「え……? えっ!?」
確信を得た、と言いたげな反応を示されるも雷志にはなんのことだがまるで理解できない。
匂いを嗅ぐのこそ終わり、しかし手をしっかりと掴んで離さない彼女が静かに口を開く。
「ねぇ雷志きゅん。君は昨日の事情聴取で襲ってきた犯罪者を突き飛ばしたって言ってたわよねェ?」
「……えぇ、確かに言いました」
犯人がいきなり襲い掛かってきたら咄嗟に突き飛ばしました――雷志は昨晩このように供述しているが、自身を守るための嘘だ。
それ故に匂いを嗅がれたことよりも手のことを指摘された彼の内心は穏やかではなかった。
(まさか……嘘がバレたのか!?)
もしそうだとすれば、虚偽の供述をしたとして雷志には偽証罪が課せられることを意味する。
祓御雷志の法律に関する知識は極めて浅い、大抵の人間がそうであるように何かしらの事件が起きて初めて法律の存在を知る事例も少なくはない。
だが、法律の前で知りませんでしたは通らない。
ばくばくと過剰なほど早まる鼓動の音が今にも鼓膜を破らんとするぐらい耳に響いてくる中、匂いを嗅いでは一人うんうんと納得した挙措を見せる楓を、雷志は見守ることしかできなかった。
「――、う~んやっぱり間違いないわねェ」
「……何がでしょうか?」
ようやく解放された雷志は、おずおずと尋ねる。
遅かれ早かれ真実を突き付けられるのなら、早く聞いておきたかった。
「昨日はすっかり忘れていたけどォ、雷志きゅんの手に微かに犯人の嫌な臭いが残ってたわァ」
「え……?」
「お姉さんが知りたかったのはこの臭いなのよォ。これで犯人の特定も少しは早くなりそうだわァ」
「そ、そんなのでわかるもんなんですか? それに臭いって……俺石鹸とかで手を洗ったりしてるのに」
「ふっふっふ~ん。お姉さんの嗅覚を甘くみちゃ駄目よ雷志きゅん。これでもお姉さんいくつも事件を解決してるんだからァ」
「……なるほど」
「これはと~っても嫌な臭いだわァ。雷志きゅんに近付こうとする雌の臭いにお姉さんも思わずぶち殺したくなってきちゃったァ」
「アンタ本当に警察官か? っというか……犯人は女性なんですか!?」
「間違いないわよォ」
「……マジか」
雷志の顔からさっと血の気が引いていく。
女性には優しく接するように……、父親がよく口にしていた言葉は、幼少期の雷志に幾度として語られてきている。
父親があぁ言っているのだから絶対に正しい、幼かった雷志は微塵も疑うことをせず愚直なまでにこの教えを貫いてきた。
ある程度物事がわかるようになって、性格の良し悪しを見抜けられるだけの慧眼を養っても雷志は問わず、その者が困っていれば例え解決に至らなくとも迷わず手を差し伸べてきた。
その女性を自分は殴ってしまった。
相手がナイフを所持していたとしても、女性だと最初からわかっていたらもっと別の手段がいくらでもあった――所詮全部言い訳にすぎない。
(自分が殴っておいていうのもなんだが……)
せめて無事であってほしい。雷志は切に犯人の安否を願った。
それはさておき。
犬のおまわりさんを現実で目にする日が訪れるなど、二年前の自分であったなら夢にも思わなかっただろう。
とにもかくにも、自分の供述がバレていないとわかった雷志はほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ俺はこれで、失礼しますね」
「あ、ちょっと待って雷志きゅん」
「……まだ何かあるんですか?」
まだ何か用があるらしい。引き留められた雷志の顔に不機嫌さが強く滲み出る。
途中からの参加は諦めるしかないが、まだ授業は受けられる
。他の科目であったならわざと時間を潰して、頃合いを見て教室に戻っていただろうが今は歴史の時間だ。
彼がどの科目よりも楽しみにしているとだけあって、これ以上時間を別の要因で裂かれるのを雷志は良しとしなかった。
いい加減に解放してほしい……、そんな思いを込めて楓にジト目を向ける雷志を、彼女は何を勘違いしたのかほんのりと頬を赤らめて舌なめずりをした。
「もう雷志きゅんったらァ……そんなに熱い視線を向けてお姉さんを誘ってくるなんてェ。これはお姉さんが警察官として手取り足取り指導しなくちゃいけないわねェ」
「何を勘違いしてるんですか……? それより俺にまだ用って何があるんです?」
「えぇ、とっても重要なことよォ」
「…………」
「雷志きゅん今日の放課後デートしよっかァ?」
「帰りますお疲れ様でした」
何を言われるのかと、嫌々ながらも身構えていただけにあまりにもくだらなすぎて雷志は苛立ちを口調に露わにしてしまった。
本当にもう長居する必要はない。
そう判断した雷志が踵を返してさっさと応接室から出ようとすると、楓が足に飛びついて彼を制止させた。




