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黄金の双剣士  作者: ひろよし
五章:王宮のレキ
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第95話:夜のお勉強

「今日もお願い」

「はい、レキ様」


フィルニイリスによる魔術の講義も終わり、久しぶりにミリスやフィルニイリス達と夕ご飯を食べたレキ。

道中の思い出や魔の森での出来事などを振り返りながら食べる、賑やかで温かい食事。

レキにとって初めての仲間となる五人での食事は、なぜかいつもより美味しかった。


そして、夜。


「まずは文字の勉強からですね」

「うん」


レキは、レキ付きの侍女サリアミルニスにお願いして、就寝前の勉強を始める。


「本日はこの本にしましょう」

「あっ、これっ」

「はい、創世神話です。

 フィルニイリス様に教わったと聞いたものですから」


この就寝前の勉強は、レキが自主的に始めた事である。


文字を習い始めた頃から、その日使った教材(文字の一覧表や絵本など)を自室に持ち帰り、レキは就寝前に自己学習するようになった。

最初は誰にも言わずこっそりと勉強していたのだが、ある日、本を開いたまま眠ってしまい、深夜にもなって部屋の明かりが消えていないことを訝しんだサリアミルニスに見つかってしまったのだ。


開いたままの本に顔を預け、涎を垂らしながら眠るレキのあどけない寝顔に微笑ましさを感じつつ、全てを察したサリアミルニスは起こさないよう細心の注意を払いながら本を抜き取った。

翌朝「眠るならベッドで寝て下さいね」とやんわり注意されたレキだが、数日後同じように眠ってしまい、翌日以降、レキが寝付くまでサリアミルニスが見張る事になったのだ。


最初はただ見張るだけに留めていた。

レキが「大丈夫だから」と言っても「眠るまでおそばにいます」と取り合わず、レキは何となく居心地が悪かった。

自業自得とは言えこのままでは寝つきも悪くなるかもしれない。

サリアミルニスも察したらしく、「折角ですので眠るまで勉強をみましょうか?」と提案したところ、レキが目を輝かせながら「いいのっ!?」と言った為、こうして夜の勉強会を行う事になったのだ。


「文字の方は大丈夫そうですね」

「へへ~」


文字の勉強は、レキの将来の夢に必要な事だ。

両親のような冒険者になって世界中を旅する為には、文字を覚えなければいけないのだ。


別段、文字など読めずとも冒険者にはなれる。

冒険者ギルドの職員に頼めば依頼書の内容は説明してもらえるし、必要ならば代筆も受けてもらえる。

ただ、事あるごとに職員に頼むのは手間であるし、簡単な説明ならまだしも代筆は手間賃を取られる場合もある。


ギルド職員が忙しい時には頼み辛く、効率を考えれば自分で出来るに越した事はない。


なお、読み書き出来ない冒険者の為、依頼書を読み上げたり代筆業を営む者もいるが、その中には冒険者を騙そうとする輩がいる。

依頼書に書かれた内容とは違う依頼をやらせたり、報酬をごまかし、自分の懐に入れたりするのだ。

「騙された方が悪い」ではないが、依頼を確認しなかった方が悪いと言われればそれまでであり、そういった事から自身を守る為にも、文字の読み書きは出来た方が良いだろう。


ここまでの事を説明されたわけではないが、「一流の冒険者は文字くらい読める」とフィルニイリスに言われてしまえば勉強するしか無い。


約一月の間ひたすら勉強した結果、レキは文字の読み書きを大体習得した。


「本日のおさらいをしていきましょう」

「うん」


文字の読み書き以外の勉強については、王様に言われたからやっている。


レキがここフロイオニア城に住まわせて貰えるのは、フロイオニア王国王女フラン=イオニアの恩人にして友人だからだ。

王宮に着いたその日に行われた御前試合にて、フロイオニア王国騎士団の団長でありフロイオニア王国最強の騎士であるガレムに見事勝利し、その力を知らしめたレキ。

そんなレキの力と、フロイオニア王女の命の恩人にして友人という立場は、王族に取り入ろうとする貴族共からすればなんとしてでも手中に収めたいと思わせるものだった。


力はあれどまだ子供。

権謀術数渦巻く政治の世界で生きる貴族からすれば、これほど容易い獲物はいない。

豪華な服や贅を尽くした食事、伝説級の武具などを餌に呼び出されればホイホイとついて行ってしまいかねない。

なまじ力があるだけに、いざとなれば力づくで逃げ出せばいいやなどと考え、のこのこ出かけて策に嵌められるのがオチだろう。


力で従わせる必要など無いのだ。

「食べた分だけ働け」「その武器の代金分働け」あるいは「この仕事は姫様の為です」などと言われれば、おそらくレキは従ってしまう。

「誰にも内緒で」などと付け加えられれば、それこそ誰にも言わず一生懸命頑張ってしまうだろう。

なんだかんだといいように使われ、最終的に抜け出せない状態に追い込まれるのだ。


フロイオニア国王ロラン=フォン=イオニアが、御前試合が終了したその直後に「レキを自身の庇護下に入れる」と宣言したのは、そういった事態を回避する為であった。

まだ子供であり、力はあれど知識が不足しているレキを王宮に住まわせ、様々な事を学ばせて正しい道を歩ませよう、と言うのはあくまで建前。

実際は、レキの実力や立場を利用せんとする他の貴族の介入を防ぐ為なのだ。


試合後にリーニャから一応説明されているレキだが、建前が全て嘘という訳ではない。

今はまだ国王の庇護下にいるレキも、将来は王宮を出て自らの人生を歩みはじめる。

その時、知らなかったでは通用しない世界が待っているかも知れないのだ。


そこまで説明された訳ではないが、勉強が大切だという事は何となく分かったのだろう。

将来の為にも、まずは王様と約束した通り勉強を頑張ろうとしているのだ。


「創世神話における精霊とは、創世神の代わりに私達を導く存在です。

 森人族は精霊を祖としていると言われていますので、とりわけ創世神話や精霊信仰が強い傾向にあります」

「せいれいしんこう?」

「森人族は人と精霊が交わった末に生まれた種族と言われています。

 ですから、森人族にとって精霊は神話の存在ではなく自分達の遠い祖先という事になるのです」

「ふぇ~・・・」


何より。


「じゃあ獣人は?」

「獣人は獣に育てられた人の子が、育ての親との姿の違いに嘆き、精霊に願い獣の耳と尾、そして身体能力を手に入れた姿だと言われています」

「ふ~ん、俺とウォルン達みたいな感じ?」

「レキ様がもう少し幼ければ、あるいはそうなっていたかも知れませんね」

「う~ん・・・」


レキは勉強が嫌いではなかった。


「山人族は?」

「山人族に関してはまだ良く分かっておりません。

 狭い炭鉱にこもり採掘をする上であのような体型になったとか、重心が低く力が強いあの体型こそが鍛冶にもっとも適している姿だとか・・・。

 鍛冶や炭鉱にしか興味のない山人族らしい理由です」

「あっ!

 知ってる、鍛冶馬鹿だ。

 フィルが言ってた」


正確には、知らない事を知るのが、レキは好きだった。


五歳の頃までなんの変哲もな平和な村で育ったレキ。

野盗の襲撃にあい、両親と、生まれ育った村を無くしたレキは、それ以降独りで生きてきた。


朝日とともに起床し、獲物を狩る為森の中を駆け回り、ただその日を生きてきた。

ウォルン達と出会い、独りでは無くなったものの、狩りをして暮らす生活に変わりは無かった。


そうして三年もの間魔の森で過ごしたレキは、同年代と比べ明らかに物を知らない少年であった。


フラン達と出会い、レキは魔の森以外の世界を知った。

お金すら知らなかったレキにあれこれと教えてくれたフィルニイリス達。

あのフランですら、一般的な知識ではレキより遥かに上だった。


「いずれの種族も、精霊に対する信仰は強いです。

 精霊を祖にする森人族、精霊に願いを叶えてもらった獣人、山人族ですら採掘の際は土の精霊に、鍛冶の際は火の精霊に祈りを捧げています。

 むしろ純人族の方が精霊に対する信仰心は薄いかも知れません」


それが恥ずかしかった訳でもなければ、別に悔しかった訳でもない。

ただ、道中様々な事を教わったレキは、知らない事を知る喜びを知ったのである。


「純人族は精霊に感謝しないの?」

「してはいますよ?

 レキ様はお食事前のお祈りをしたことは?」

「お祈り・・・あっ!」


魔の森の外は、レキの知らない物で溢れていた。

初めて見る景色、初めて見る魔物、初めて見る街・・・。

全ての物が輝いて見えて、レキは見知らぬ世界に来たような思いだった。


自給自足で成り立つレキの村はある意味閉鎖された世界であり、魔の森は言わずもがな。

故に、レキが感じた思いは決して大げさなものではなかったのだろう。


フィルニイリス達に教わってばかりの旅は、彼女達に迷惑をかけ通しだったかも知れない。

それでも、レキは自分の知らない世界を見て、聞いて、触れる事が楽しかった。

自分の世界が広がっていくような感覚を覚えたのだ。


「食事の前、王様達となんかお祈りした」

「陛下とですか・・・。

 いえ、それこそが純人族のお祈りです」

「うん」


知らない事を知る喜び。

その喜びは今も続いている。

座学の時間はもちろん、剣の鍛錬ですらレキは知らない事ばかりだ。


「ちなみに、お祈りの内容は覚えていますか?」

「えっと・・・覚えてない」

「純人族が食前に祈る言葉はこうです。

 "我らが母、偉大なる創世神よ、我らが友、大いなる精霊よ、あなた方よりもたらされし大地の恵みに感謝し、この食事を我らが生きる糧といたします。

  用意された食物に、産み育てた大地に、調達し調理した者たちに感謝を捧げ、今宵我らが生きる糧を得ることに感謝を捧げます。

  全てのものに感謝を"」

「お~」


ウォルンはおろか、子狼のギンローやギンコにすら勝てないミリスが、純粋な剣の勝負ではレキの上をいく。

お互い身体強化をしていない状態ではあったが、魔の森のオーガを倒せるはずのレキは、そのオーガに手も足も出なかったはずのミリスに負けたのだ。


もちろん全力を出せば勝てただろう。

盾で防がれようとも、レキの一撃はその盾ごと相手をぶっ飛ばしてしまう。

騎士団長ガレムをぶっ飛ばしたレキの一撃を、ガレムより小柄で女性のミリスに防げるはずがない。


だが、それでは鍛錬にならない。

ミリスに教えてもらったのは剣の技術。

力任せの剣ではなく、技を持って剣を振るう技術をレキは習っている。


ミリスとの手合わせで、彼女はレキの剣を躱し、逸し続けた。

正面から打ち合えば負けるであろうレキの剣を、その技術で巧みにさばき続けたのだ。

その技量は、ガレム曰く大隊長クラスらしい。


「お祈りの言葉からも分かる通り、純人族にとって精霊とは信仰の対象ではなく常に傍らに存在する友の様な存在なのです」

「友達なんだ」

「もちろん信仰もしています。

 ただ、森人族は精霊と純人族との間に生まれた存在であり、獣人も元は純人の子供でした。

 山人族も、今の姿になる前は純人だったと言われています。

 すなわち、純人もまた他の種族の祖である、ということですね」

「お~・・・」

「ですから、純人と精霊は対等な存在であり、常に傍らにいる友である、と祈りの言葉ではそうなっています」

「ふぇ~・・・」


得意なはずのレキの剣は、ただ身体能力に任せてがむしゃらに振るうだけの物だった。

自分は強いつもりだったが、それは力だけで、技術という点ではただの子供だった。

それが分かって、もちろん少しは悔しくもあったが、それ以上にレキは嬉しかった。

尊敬するミリスの強さを知れた事も、本物の剣術を体験できた事も。


自分の知らない技術。

得意な剣ですら何も知らない事が分かり、レキは剣の鍛錬を今まで以上に楽しみにするようになった。


「純人って凄いんだね」

「ええ・・・ただ、凄いと言ってもそれは神話の話です。

 全ての種族は純人と精霊を祖としている、と言うのはあくまで創世神話にそう記されているからであり、実際にそうだったかは分からないのです」

「誰か知ってる人いないの?」

「何分、何万年もの昔の話ですから」


魔術に至っては、レキはただ魔術を使えるだけの子供だ。

膨大な魔力に任せてなんとなく使っているだけの、魔術士とはとても呼べない子供、それが今のレキである。

詠唱すべき呪文はともかく、魔術の種類も名前も知らないようでは魔術士とは言えないだろう。


知ってる魔術も初級魔術のみ。

威力は凄まじいが、種類だけなら駆け出しの魔術士以下である。


「ですので凄いと言ってもそれは神話の話。

 実際は、魔術なら森人族が、身体能力なら獣人が、技術なら山人族が優れています。

 ちなみに、ただの力比べなら獣人より山人族の方が強いそうです」


魔術は魔力があれば使えるわけではない。

どんな魔術を使いたいか、そのイメージが出来なければ魔術は発動しないのだ。

これまでレキが使っていた魔術はフィルニイリスが使ったのを真似たものばかり。

それ以外の魔術は知らない。

知らなければ魔術は使えず、つまりレキは魔術を知らないただの子供なのである。


「そっか、みんな凄いんだ」

「はい。

 どの種族もそれぞれ優れた点があります」

「・・・オレ達は?」

「純人は・・・そうですね」


知らなければ知れば良い。

今までのレキは、村と魔の森しか知らなかった。

フラン達と出会い、新たな世界を知ったレキは、今もの凄い勢いであらゆる知識を吸収している。

剣も魔術も一般的な知識も。

まるで今までの時間を取り戻すかのように、レキは猛烈な勢いで学習している。


「可能性・・・それこそが純人族の優れた点でしょうね」

「・・・可能性」


それは単に、知る事が楽しいから。

知る事で新たな世界が広がっていくような感覚。

それはまるで、フランと手を繋ぎながら魔の森から出た時のような。


「精霊と交わり森人が生まれたように、精霊に祈り獣人となったように、自ら望む姿を得た山人の様に。

 純人はなんにでもなれる可能性があります。

 ですから、レキ様もこれからなんにでもなれますよ」

「・・・うん」


未来という可能性の大地を、レキは歩き始めたばかりなのだ。

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