第96話:フィサス領からのお客様
王宮に来てからというもの、レキは毎日を楽しく元気に過ごしていた。
魔の森にいた頃とはまるで違う、平和でのどかでそして賑やかな毎日。
こんな日がいつまでも続けばいいのに、とレキは心から思った。
ただ、賑やか過ぎるのはあまり良くないという事をレキは思い知る事になる。
騒動というのは、たいていの場合突然やってくるのだ。
それは、レキが王宮に来て一月半ほどが過ぎた頃。
いつものように午前中の勉強を済ませ、賑やかで楽しく美味しいお昼ご飯を食べ終えたレキは、剣の鍛錬をする為フランと共に鍛錬場へと向かっていた。
「ふっふっふ、今日こそはレキに勝つのじゃ!」
「まだ試合したことありませんよね?」
「無理」
「リーニャ様」
「はい?」
いつものように楽しくおしゃべりをしながら歩いていたレキ達。
途中、フラン付きの侍女として付き添っていたリーニャが、王宮の他の侍女に呼び止められた。
「分かりました・・・フラン様。
陛下がお呼びだそうです」
「にゃ?」
どうやら国王ロランがフランを呼んでいるらしい。
「む~、折角今日こそはと思っておったのにのう」
「無理」
「むっ、やってみなければ分からんのじゃ!」
やる気を削がれたフランが不満気にし、そんなフランの愚痴をフィルニイリスが事実を踏まえて茶化す。
自分を挟んでの言い合いにレキがわたわたしつつ、ミリスを伴い先に鍛錬場へ向かおうとしたレキだったのだが。
「仕方ない、ゆくぞレキ」
「ん?」
フランに連れられ、レキも国王の下へ向かう事になった。
「レキはわらわの護衛じゃからのう」
そんなことを理由に、日々レキを連れまわすフランである。
正式に護衛に任命されたわけではないが、最近は就寝時以外はほとんど一緒にいる為、半ば公認になっていた。
少なくとも実力だけなら十分過ぎる。
いずれは正式に任じられる可能性もあるだろう。
王宮内で護衛が必要となる場面などあまり無く、常に連れ回す理由としては少々弱いのだが、フランの周囲に気にする者はいない。
王宮に来てから既に何度も夕食の場に同席している為、レキも国王に会う事に今更抵抗は無かった。
最初こそ「友達であるフランのお父さん」という事に若干緊張したものの、今はすっかり慣れている。
今回は食事の席ではない為、一緒に行ってもいいのかな?とは思ったものの、フランが行こうと言うのだからと大人しくついて行く事にしたのだ。
侍女のリーニャやサリアミルニス、指南役であるフィルニイリスも一緒である。
ミリスだけは、小隊長という立場を考慮してか一人鍛錬場に向かっていた。
リーニャを先頭に向かったのは、王宮にある部屋の一つ。
部屋の中には誰かいるようで、中から話し声が聞こえてきた。
「ここじゃな」
「はい。
少々お待ちください」
「うむ」
誰とも分からぬ者がいる部屋に、無遠慮に入るフランではない。
呼ばれている以上入っても問題はないのだろうが、マナーは大事なのだ。
マナーを破れば、待っているのは王や王妃、そしてリーニャからのお説教である。
フランはお行儀よく部屋の前で待つ事にした。
「フラン様、並びに護衛のレキ様、宮廷魔術士長フィルニイリス様、以上三名をお連れいたしました」
「うむ、入れ」
中からの返事を受け、リーニャが扉を開けた。
フランに続きレキとフィルニイリスも中に入り、お付きのリーニャとサリアミルニスはそのまま部屋の前で待機する。
部屋の中には、国王ロラン=フォン=イオニアと宰相アルマイス=カラヌス、騎士団長ガレム。
そして、レキの知らない人達がいた。
「おぉ!
ルミじゃ!」
「あ・・・フラン、様」
中に入るなりフランが声をかけたのは、水色の髪を腰まで伸ばし、温和というより気弱そうな顔をした女の子だった。
誰?と首を傾げるレキをよそに、驚きつつも嬉しそうな声で、おそらくはレキと同い年くらいの女の子に声をかけるフラン。
その声に振り返ったルミと呼ばれた女の子は、フランの顔を見て一瞬硬直し、フランの名を呟き、そして・・・。
「フラン様~!」
「にょわ~」
こちらに突進し、その勢いのままフランに抱きついた。
「ああフラン様。
よくぞ、よくぞご無事で・・・」
「にゃ、にゃにゃ!」
フランの後ろに立っていたせいで、レキは対応できなかった。
相手は同い年くらいの女の子。
魔物のような敵意や害意など微塵も感じられなかった為、反応が遅れてしまったのだ。
体当たりするかのごとく抱きつき、さらにはフランごと床に倒れ込んだのを見て、止めたほうが良かったかな?などと今更ながらに思うレキだった。
「行方が分からなくなったと聞かされた時はもうダメかと・・・」
「にゃ、これルミ、は、離すのじゃ」
「わ、私が病気になったばかりに、フラン様があんな目に会うなんて・・・」
「わ、分かった。
分かったのじゃ。
わらわは大丈夫じゃ。
だから離れ・・・」
「ああ、フラン様・・・」
そんなレキをよそに、フランの腰にしがみつきながら何やら呟いているルミと呼ばれた少女と、少女を引き剥がせずじたばたするフラン。
この部屋にはレキの他にも国王、宰相、騎士団長、宮廷魔術士長に、あと一人レキの知らない人が居るのだが、誰も止めようとしなかった。
混乱するのはレキばかり。
他の人達は、フランとルミと呼ばれた少女を温かい目で見守っていた。
――――――――――
しばらくの後・・・。
「た、大変申し訳ございませんでした。
その、フラン様が行方知れずと聞いていてもたってもいられず・・・」
「おお。
そんな事もあったのう」
「襲撃から逃れる為魔の森へと向かったと聞いて、それこそ心臓が止まるかと・・・」
「まぁ分からんでも無いが」
「捜索の任に参加することも出来ず、屋敷に篭って毎日お祈りを捧げておりました所、フラン様が王宮へとお戻りになられたとの知らせが参りまして、急ぎ駆けつけました」
「うむ、心配をかけたようじゃな」
「もったいないお言葉です。
此度の件、元はと言えば私が病に罹ったのが原因です。
私が病になど罹らなければ、フラン様が野盗に襲われる事も無かったと思うと・・・」
「それはもう過ぎた事じゃ」
「いえ、フラン様の臣下としてそれを有耶無耶にするわけには・・・」
「え~い、良いと言ったら良い」
「フ、フラン様ぁ」
ようやく持ち直したルミと呼ばれた少女と、その少女から開放されたフランが、室内にあったソファーに座りながら話し合いをしていた。
どうやらこの少女、フランが以前野盗に襲われるきっかけを作ったという、お見舞い先の親友らしい。
フロイオニアの王都から遠く離れた場所にある領地フィサス領。
そこに住む親友のお見舞いに行った帰りに野盗に襲われ、一か八か逃げ延びた魔の森では魔物に襲われ、フランは危うく命を落とすところだった。
忘れようにも忘れられない話のはずだが・・・フランにとって襲撃の件は既にどうでも良くなっていた。
野盗に襲撃された事や、魔の森でオーガに食われそうになった事よりも、レキというかけがえのない友人と出会い、一緒に王都まで旅をしたという楽しい思い出の方が強いのだ。
ルミのせいで野盗に襲われたのではなく、ルミのお陰でレキと出会えた。
フランの中ではそういう事になっていた。
とは言え、そんな事がルミに分かるはずもなく・・・。
更にはもう一人、有耶無耶に出来ない者がこの部屋にはいるようだ。
「此度の件、フラン殿下が襲撃に遭われたのは我がフィサス領内での事。
ルミニアでは無いが有耶無耶にするわけにはいきますまい」
「にゃ?
おお、叔父上」
自分のせいだと言い張る、ルミと呼ばれた少女を宥めていたフラン。
彼女に横からそう告げたのは、この部屋にいるレキの知らない人だった。
「ご無沙汰しております、フラン様。
まずは先日の我が領内での件、フィサス領領主ニアデル=イオシス、フィサス領を預かる身として深く謝罪を」
「むぅ、良いというのに」
レキの知らない人、ニアデル=イオシスと名乗った人は、どうやらフランの叔父上らしい。
叔父上、つまりはおじさん、要するに親戚なのだろう。
レキが住んでいた村は自給自足で成り立つ閉鎖的な村だった。
婚姻に関しては、流石に村内では限界があったのだろう、近隣の街や村との交流で出会いもあったようだが、結婚後はどちらかの村に住む事になるので、つまりレキの住んでいた村は親戚が多かった。
レキの両親のような外からの移住者もいるにはいるが、大半は親族で固まっていたのだ。
親戚という言葉は知っていたレキだが、王族の親族がどういう存在なのかまでは残念ながら分かっていない。
分かったところで何も変わらないが。
「たまたまフィサス領で襲われたのであって、叔父上のせいではないのじゃが」
「それでも事が起きたのは我が領内での事。
領主として見過ごすわけには参りません」
「そう言われてものう・・・」
そんなレキをよそに、フラン達は何やら難しい話し合いを続けていた。
今回の件に関しての責任の所在をどうするかという話のようだ。
責任、と言われても悪いのは野盗なのだからフランのおじさんは悪くないんじゃ?とレキは思った。
「悪いのは野盗なのじゃから、叔父上が気に病む必要など無い」
それはフランも同じだったらしい。
謝罪を繰り返すニアデルに謝罪は無用だと告げるフランである。
「しかし・・・」
「え~い、もう良い!」
それでも食い下がるニアデルに、フランの我慢が限界を超えた。
「わらわ達は皆無事じゃ!
じゃから謝る必要など無いのじゃ!」
「ですが」
「そもそも見舞に行くと言い出したのはわらわなのじゃから、責任はむしろわらわにあるのじゃ!」
「フラン様それは」
「わ、私が病気になったからで・・・」
「病気になったのは仕方ないのじゃ!
じゃから謝罪はいらぬ!」
「フラン様・・・」
親子で執拗に食い下がる二人だが、フランは取り合わなかった。
発端は確かにルミニアが病気になった事だろう。
だが、それを聞いて重病でも無いのにお見舞いに行くと言い出したのはフランである。
到着した時点でほぼ治っていたのだから、本当に軽い病だったのだろう。
それでも急いで行かねばと少数の護衛のみを連れて行ってしまった。
その後、見舞いと称してルミニアと遊んだりフィサスの街を堪能してから王都へ戻る際、襲撃に遭ったのだ。
むしろ、フランの方にも問題はあったのだ。
「う~ん・・・」
側で聞いていたレキも、それまでの経緯は知っている。
そして、やはり悪いのは野盗だと思っている。
レキも以前、自分の村を野盗に滅ぼされている。
村が襲われた原因をレキは知らない。
知らないが、おそらくそんなものは無かったのだろう。
ゴブリンが人を襲うのに理由が無いように、野党が村を襲うのに理由は要らない。
たまたまそこに村があって、たまたま野盗が見つけた。
だから襲われたのだ。
村や村の人達が悪いわけではない。
ましてや自分を逃がすために立ちはだかった父親や、自分を逃がすために魔物を食い止めた母親が悪いはずがない。
野盗の襲撃の原因など、襲ってきた野盗にしかないのだ。
「・・・そなたは?」
つい声を漏らしてしまったレキに、それまでフランと言い合いをしていたニアデル=イオシスがようやく気付いた。
この場にいる知らない人達。
レキにとってニアデル親子がそうであるように、ニアデル親子にとってもレキは初対面である。
「えっと、オレはレキ。
一応フランの護衛?なのかな?」
そんなニアデルに対してレキがなんとも曖昧な自己紹介をする。
疑問形なのは正式に護衛に任じられた訳では無く、ただフランがそういって連れまわしているからだ。
ここへ来る途中もフランに護衛だと言われたので、とりあえずそう名乗ったのだ。
「護衛?
こんな子供が?」
ニアデルの疑問はもっともだろう。
何せレキは、フランやニアデルの娘であるルミニアと同い年の子供なのだから。
王宮という事もあって、レキは帯剣していない。
身なりこそサリアミルニスの手によって整えられているが、だからこそ余計にただの子供に見えてしまう。
室内に入る際、リーニャが一応護衛だと紹介しているのだが、それでもニアデルは訝しげな視線をレキに送った。
「叔父上、レキは凄いのじゃぞ」
そんな視線に、レキではなくフランが反応した。
「レキはわらわの命の恩人じゃ
ガレムより強いのじゃ」
魔の森ではオーガを倒し、御前試合では騎士団長であるガレムを圧倒して見せたレキ。
他にも、アースタイガーを瞬殺し、ゴブリンの群れも一撃で殲滅している。
レキはフランの知る者の中でもっとも強く、もっとも頼りになる男の子なのだ。
自分の恩人であり、友人であり、英雄であるレキをただの子供呼ばわりされ、黙っているフランでは無い。
ニアデルもまた、フランの命の恩人、更にはガレムより強いと言われ、余計に疑いの目を強めた。
そんなニアデルに、フランは魔の森から王都までのレキの活躍ぶりを熱く語り始めた。
内容が内容なだけに、フランが語れば語るほどに、ニアデルの疑いの目は濃くなる一方だった。
えいってやるだけで人も物も飛んでいくだの、全身が金色に光って綺麗だのと言われて、ニアデルは何かのおとぎ話だろうと思った。
フランや娘のルミニアと同い年くらいの子供が、魔の森でオーガを倒し、フロイオニア王国最強の騎士ガレムを下し、オーガより劣るとは言え平原最強の魔物アースタイガーを瞬殺し、さらには100匹近いゴブリンの群れを一撃で殲滅したなどと聞かされて、信じる方がおかしい。
おそらく、フラン様は友人だという少年の素晴らしさを語る為、話を大きく誇張しているのだろうと。
「イオシス公爵」
「・・・フィルニイリス殿?」
そんなニアデルの気持ちが顔に出ていたのだろう。
フィルニイリスが口を挟んだ。
「姫の言っていることは全て本当」
「・・・まさか?」
「レキは魔の森でオーガを倒し、御前試合でガレムを圧倒した。
命の危機にさらされていた姫を救い、私達をも救い、そして王都まで送り届けてくれた。
レキがいたから私達は生きている。
レキは私達の命の恩人。
それは私が保証する」
「・・・なんと」
流石に宮廷魔術士長であるフィルニイリスの言葉を疑うわけにはいかず、ニアデルが驚きに目を丸くした。
ふとガレムを見れば、ガレムもまたこちらを見て強く頷いた。
御前試合でガレムを圧倒した、という話を他ならぬガレム自身が認めたのだ。
宮廷魔術士長と騎士団長、フロイオニア王国の双璧である二人が共に認めるレキの実力。
フランの話だけではとても信じられないが、仮に真実だとすれば、レキがフランの護衛という話も納得できるというものだ。
「いや、しかし・・・」
「ならば、いっその事その目で確かめてみればどうだ?」
ニアデルの疑問を察したのか、先程から事の成り行きを黙って見届けていたフロイオニア国王ロランが口を開いた。
「陛下」
「フランの話、私が見たのはガレムを圧倒した事のみだ。
それ以外は道中での話なのでな。
だが、フィルニイリスとフランの護衛役であるミリスもまた、レキの活躍ぶりをその目で見ているそうだ。
魔術士長であるフィルニイリスと剣姫ミリスの言葉を疑うわけにはいくまい?」
「フィルニイリス殿ばかりかミリス殿まで・・・」
「にわかに信じがたいのも事実。
ならばいっその事その目で確かめれば良い。
のう、ニアデル」
「・・・ふむ」
ロランの言葉にニアデルが頷いた。
フィルニイリスやガレムまでもがそうだと言う以上今更疑うわけにもいかないが、信じがたいというのも事実である。
国王の言葉は、そんなニアデルにとって都合が良かった。
「分かりました。
折角ですのでこの目でしかと確かめさせて頂きたく思います」
「うむ。
フランも良いな?」
「うむ!
レキの強さを見せつけてやるのじゃ!
のうレキ?」
「え~・・・」
当のレキを放っておいて、話は何故かそう決まった。
流れとしてはそう、レキが王宮に来た日に近い。
レキの強さを信じられず仕組まれた、騎士団長ガレムとの御前試合である。
あの時と同じく、レキは誰かと戦う事になるようだ。
フランに付いてやってきただけだというのに、何故か自分の強さを疑われ、熱弁され、そして力を見せつける事になったレキは、「なんだかな~」と思いつつも「ま、いっか」とお気楽に構えていた。
王宮で暮らすようになってから今日まで、ほぼ毎日のように騎士団(脳筋集団)と手合わせしているレキである。
試合も手合わせも慣れたものだった。




