第94話:魔術の授業、実践編
「次は実際に魔術を使ってみる」
「「お~!」」
講義の後は実践。
剣術と違い、魔術は初級の物でも怪我や火傷等の怖れがある為、的に向かって放つのが基本的な鍛錬方法となっている。
「では姫」
「にゃ?」
「リム・ブロウを」
「うむ!」
フィルニイリスからの指名を受け、フランが元気に応じた。
「ふっふっふ。
良いかレキ!
ちゃんと見てるのじゃぞ!」
「うん」
どうやらレキに良いところを見せたいらしい。
一般的な知識の勉強時間では一緒にいられず、剣の鍛錬ではむしろレキに倣う立場のフラン。
一緒にいられ、かつ魔術の知識では先行している為か、先輩風を吹かせたいようだ。
レキも魔術が使えるという点や、威力や行使速度(無詠唱)ではフランより遥かに上だという点はどこかに置き忘れているらしい。
そんなレキやフィルニイリスが見守る中、お手本を見せる為フランが的の前に立った。
「"緑にして探求と調和を司りし大いなる風よ、我が手に集いて、立ちはだかりしモノを打ち砕くのじゃっ!"、"リム・ブロウ"」
右手を前に突き出し、呪文を詠唱したフランの手の平から、風の塊が的の方へと飛んでいった。
「おぉ~!」
「ふっふっふ、見たかレキ?
わらわにかかれ「残念」・・・にゃ?」
「的に当たってない」
「にゃにゃっ!?」
レキを意識するあまり、肝心の的に集中していなかったのだろう。
フィルニイリスに指摘され、慌てて見てみれば、風の塊は的を逸れて後ろの土壁を少しばかり削っていた。
「魔術は呪文、魔力、イメージの三つの要素によって発動する。
正しい呪文、発動に足る魔力、使用する魔術の正確なイメージ。
どれか一つでもおろそかにしてしまえば、魔術は失敗する」
「今のは?」
「呪文は正しい。
魔力はむしろ多すぎ。
発動させるまでのイメージは出来ていたが、その後がおざなり」
「うにゃ」
レキと一緒に鍛錬が出来るからと、実は昨日から楽しみにしていたフランである。
呪文の言い間違えが無いよう必死に練習し、先ほどはレキに良いところを見せようと魔力はむしろ過剰に練っていた。
後は真っ直ぐ的を見据え、しっかりと当たるイメージが出来ていたなら成功していただろう。
発動させる魔術のイメージも大事だが、攻性魔術の場合、その魔術をどこに飛ばすかまでイメージする必要があるのだ。
当たらなかったけど魔術は発動したんだから、とレキはフォローしたが、見様見真似の魔術で辺り一帯を水浸しにしたり、風で周囲一帯を吹き飛ばしてしまった事を言われて黙った。
イメージは大事である。
イメージがおろそかになってしまえば、魔物は燃え尽き、周囲は氷山で埋め尽くされ、辺り一帯の景色が変わってしまうだろう。
そのくらい、レキの魔力は膨大で危険なのだ。
良いところを見せられずに凹むフランと、フランを見ながら頑張ろうとやる気を出すレキ。
そんなお子様二人に対して、フィルニイリスが魔術の講義を再開する。
「魔術は呪文と魔力とイメージの三要素によって発動すると言った。
でも呪文は必ずしも必要ではない」
「にゃ?」
「レキは呪文の詠唱をしなくても魔術を行使している。
魔力とイメージさえあれば、無詠唱でも魔術は発動するという証明」
これまで、呪文の詠唱はほぼ必須であった。
無詠唱という技術自体は昔からあったが、上級魔術並の魔力を消費してようやく初級程度の威力にしかならなかった為、ただの魔力の無駄遣いでしかないと誰もが見限っていたのだ。
呪文を詠唱しない分、行使速度は相当に速い。
だが、消費される魔力が膨大な為、連続で行使するのは厳しく、人によっては初級魔術すら発動できない。
フィルニイリスですら、呪文の詠唱無しでは中級魔術がかろうじて行使できる程度だ。
今のフランでは初級魔術すら行使できないだろう。
道中も何度かレキを真似て無詠唱魔術を試した二人だが、今のところフランもフィルニイリスもレキのようには使えないでいる。
もちろんそれで諦めるようなフィルニイリスではなかった。
こと魔術に関しては異常なほどの熱意を見せるフィルニイリスである。
たかが魔力が足りない程度、何とかするのが研究家あるいは魔術馬鹿なのだ。
そんなわけで、お手本を兼ねて次はレキの番となった。
先程のフラン同様、レキが的の前に立った。
使うのもフランと同じリム・ブロウ。
風の塊を相手にぶつけるだけの魔術で、速度に優れるが威力は低く、主に牽制に用いられる初級魔術。
ただし、魔力によっては的を吹き飛ばす事も可能である。
レキ程の魔力なら、襲い来る暴漢を周囲の木々や岩ごと吹き飛ばせる。
初めて使う魔術だけに加減が出来ず、ミリスやフィルニイリスにお説教された事はレキの記憶にも新しい。
よって、今回はちゃんと加減するつもりだったのだが・・・。
「レキ」
「何?」
「全力でやって」
「へっ?」
何故かフィルニイリスからそんな指示が出された。
「なんで?」
予想外の指示にレキが聞き返す。
以前は周囲の景色を一変させ、お説教を喰らったのだ。
それも良く分からないまま、見よう見まねで適当に発動した魔術で。
その件もあってか、レキは今まで全力で魔術を使った事が無い。
自分の全力がどのくらいかは分からないが、それでも全力を出すのは不味い事くらい何となく察しているのだ。
「あの的は魔木という魔素を大量に含む木で出来ている。
ちょっとやそっとでは壊れない。
だから大丈夫」
「ん~、分かった」
フィルニイリスが大丈夫というのなら大丈夫なのだろうと、レキはあっさりと了承した。
フィルニイリスの事は全面的に信頼している。
森で出会ってから今日まで、フィルニイリスはレキの知らない様々な事を教えてくれた。
生まれ故郷の村と魔の森しか知らない、田舎者という言葉すら生ぬるい世間知らずのレキを今日まで教え導いてくれた相手、その一人がフィルニイリスである。
レキにとって、フィルニイリスはこの世界でもっとも信頼する仲間の一人なのだ。
そんなフィルニイリスが大丈夫だと言うのだから大丈夫なんだと、ミリス辺りが聞いたら頭を抱えるだろう理由でレキは全力を尽くす。
両足をしっかり踏みしめ、右手を前にかざす。
視線は的に固定し、全力で魔力を練り上げる。
真剣な様子に、見学していた他の魔術士達が黙って見守る。
フランですら声を出すのを我慢しながら見つめるその先で、レキの全身から黄金の魔力がほとばしり始めた。
「おぉ・・・」
それはレキの全身を包み、白銀の髪の毛を黄金に染め上げた。
そして・・・
「すぅ~・・・えぃ!」
レキがいつものようにかけ声を発した。
いや、いつもより幾分か気合が入っているようで、その声はこの鍛錬場に良く響いた。
そんな気合と共に放たれた風の塊は真っ直ぐ的へと飛んでいき・・・周囲一帯を的ごと吹き飛ばした。
――――――――――
「あれっ?」
「大丈夫」フィルは確かにそう言った。
あの的は壊れないと。
フィルがそう言ったから、レキは全力を出したのだ。
だがその結果は・・・見るも無残な物だった。
「おぉ!
凄いのじゃ!」
「・・・うん」
フランがはしゃぎ、フィルニイリスが納得する中、納得できない少年が一人立っていた。
レキである。
今もフィルニイリスを恨めしげな目で見ている。
何も言わずとも伝わってくる思い。
すなわち「嘘つき」と、レキが目で伝えている。
そんなレキに対しフィルニイリスは平然とこう言うのだ。
「絶対に壊れないとは言っていない」
と。
「大丈夫だって!」
「ちょっとやそっとでは壊れないとは言ったが絶対にとは言っていない」
「じゃあ何が大丈夫なの?」
「壊しても大丈夫」
「え~」
問い詰めるレキにフィルニイリスが平然と返した。
その横では、フランがコレでもかと言うほどはしゃいでいた。
フランの魔術では当たったとしてもヒビ一つ入らないであろう魔木の的を、レキは周囲ごと粉砕したのだ。
いつもレキの格好良い所や凄い所を見たがっていたフランとしては大満足の結果であった。
「凄いっ!
やはりレキは凄いのじゃ~!」
レキとフィルニイリスが言い合う中、フランはただ嬉しそうにはしゃいでいた。
――――――――――
「リム・ブロウは牽制が目的の魔術。
相手をひるませ、呪文の詠唱や行動を阻害する際に用いられる。
相手を傷つけるほどの威力は無い」
「的壊れちゃったよ?」
「流石レキなのじゃ」
「そう、流石レキ」
「え~」
途中までちゃんと説明していたにもかかわらず、レキの疑問には流石レキと流すフィルニイリス。
なんとも納得の行かないレキだが、この回答はあながち間違いではない。
相手をひるませる程度の威力しか出せないはずの魔術。
周囲を吹き飛ばしたのは、レキの膨大な魔力のせいだ。
魔木という、魔素を大量に含んだ特殊な木材で作られた的は、リム・ブロウはおろか赤系統の魔術であるエド・ボールでも焦げ目一つ付かないほどの魔術抵抗を持っている。
物理的な衝撃に関しても、オーク程度の攻撃なら余裕で耐えるほどだ。
それほどの的をただのリム・ブロウで粉砕するレキの魔術。
カランの村で、ゴブリンの群れを一撃で殲滅しただけの事はあった。
「つまり初級の魔術でもレキにかかれば上級並の威力になる」
「おぉ~!」
「レキがカランの村で使用したリム・スラッシュも初級。
本来なら一~二匹しか切り裂けない」
フィルニイリスの説明に声を上げるのはフランである。
当のレキは良く分からないらしく、ただ首を傾げるばかりだ。
「初級の魔術って弱いの?」
「そう。
威力もさることながらその規模も小さい」
「きぼ?」
「リム・ブロウは相手をひるませる魔術。
対象は一人か二人。
威力、範囲共に弱い」
具体的な説明を受けても、レキは首を傾げるばかり。
レキが放ったリム・ブロウは、相手をひるませるどころかその周囲ごと吹き飛ばす程の威力があるからだ。
一人か二人などという話ではない。
「本来ならその程度の威力でしかない魔術も、レキにかかれば上級並の威力になる」
「上級はさっき位強いの?」
「そう」
「へ~」
ようやく理解が追いついたのか、あるいは上級魔術に感心があるのか。
一応、自分の放つ魔術は凄いらしい事をレキは何となく理解した。
「これで分かったと思う。
レキはまず加減を覚える必要がある」
今回、的を周囲ごと吹き飛ばしたのは、フィルニイリスが全力でやれと言ったからだ。
それが無ければ、レキはきっと的をぶっ飛ばす程度には加減出来たはず。
言いがかりのような事を言われ、レキがまるでフランの様に頬を膨らませた。
だが、残念ながらコレは言いがかりではなく前例があるのだ。
具体的にはエラスの街で。
「ルエ・ブロウで周囲を押し流し、リム・ブロウで周囲の景色を一変させた」
「ごめんなさい」
あの時は初めてで・・・という言い訳も思いついたのだが、そもそも見よう見まねで勝手に使ったのはレキである。
弁解の余地など無かった。
「初級魔術でこの威力。
もしこれが上級魔術だったら・・・」
「何やら凄そうじゃな」
「間違いなく凄いことになる」
通常の魔術士が放つ上級魔術でも、魔物の群れを殲滅できるほどの威力がある。
それをレキが放てば・・・辺り一帯は間違いなく地獄絵図となるだろう。
赤系統の上級魔術、真紅の魔術なら周辺が火の海に。
青系統の上級魔術、紺碧の魔術なら周辺が氷漬けに。
緑系統の上級魔術、深緑の魔術なら巨大な雷が大地を削り。
黄系統の上級魔術、雄黄の魔術なら周辺の大地が崩壊する。
どれも街や村が崩壊するレベル。
安易に使用して良い物ではない。
「レキの課題は魔力の制御」
「せいぎょ?」
「加減をするのではない。
使用する魔術の威力と規模を魔力で制御する。
薪に火を点けるのに家を燃やすほどの炎はいらない」
「お~」
「的を揺らす程度のリム・ブロウと、的を吹き飛ばす威力のリム・ブロウを使い分ける。
コレがレキの課題」
「うん」
「わらわは!?
わらわは何をすれば良いのじゃ?」
「姫はまず的に当てること」
「うにゃあ~・・・」
王宮に差し込む日差しが斜めに傾いた頃、本日の魔術の勉強も終わりを向かえた。
本日レキが使ったリム・ブロウは、実戦で使うならば申し分ない威力だが、リム・ブロウという初級魔術として考えればやり過ぎだった。
初級魔術でこれなら、中級や上級の魔術を使えばどうなる事か・・・。
迂闊に使えば王宮がヤバイ、などと言われ、レキは神妙に頷いた。
以降、レキはフィルニイリスの監視の下、自身の魔力を制御することに成功する。
元々呪文の詠唱も無く感覚のみで使っていたレキである。
なんとなくで使うのは得意だったようだ。
フィルニイリスを始めとした魔術士達が、自分の使える魔術をレキに見せては真似をさせるという勉強も功を奏したようだ。
魔術に大切なのは魔力とイメージ。
どの魔術がどれほどの威力なのかを見せるのは、レキの感覚を養うのに最適だったらしい。
そこに至るまでにレキが破壊した的は数知れず。
ついでに的の周囲を破壊した数も知れない。
魔術士達を驚かせた回数も不明ならば、宰相や財務官の頭を悩ませた回数もまた、不明である。




