愛と友情のお見舞いイベント~雨音編~
来ない……。
待てど暮らせど雨音が来ない……。
みんな絶対に連れてくるとか言っていたが午後六時を過ぎても未だに雨音が来ない。
正直な話、俺は朝からドキドキして日課になっていた六度寝が半分の三度寝になるくらい眠れていない。
これは異常だ。雨音のことを考えると夜も眠れず朝も起きれない。いつからこんなぐうたらな人間になったというのだろう。……マジですいません、前からですね。
いつの間にやら世界が真っ黒に染まっていた。
今日はもう来ないなと、ゴロンとベッドに倒れ込んだ時だった。ピンポーンとインターホンが鳴った。その音を聞くや否や、すぐさま部屋を飛び出し、玄関までダッシュした。乱れた息を整え、緊張をかき消すように深呼吸をした。
――よし、落ち着いた。
心の準備を済ませ、俺は扉を開けるとそこには、待ちに待ち、焦がれていた想い人――一ノ瀬雨音がいた。
「こ、こんばんは……」
ぎこちない挨拶をして、照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
全く、そんなわかりやすい態度すんなよ……。まぁ、しょうがないのだが。
俺は雨音とは違ってクールだから態度には出さない。
「お、おおう、雨音! こんばんはっ」
「何その反応!?」
「い、いや、別に。なんともないけど! 俺いつもこんな感じで普通じゃん?」
「じゃん? なんかあった……?」
俺のクールはちょっとあれだ。その……今実家帰ってるから。本来ならこんな感じではないんだ。本当なんだ。信じてくれ。
「ま、まぁいいか……。それよりごめんね、こんな時間に……」
「い、いや、いいって別に。それよりさ、そのカッコどうしたの? どっか行くの?」
雨音の格好は見慣れたグレーの軍服などではない。水色の爽やかなカーディガンにふんわりとした真っ白なマキシ丈のロングスカートだ。がっつりオシャレしている。
「い、行かないよ! ただね、どうせ見られるならできるだけ可愛い姿を見せたかっただけなの……。あっ、へ、変だったりする? 私こういう服あんまり着たことないないから着せられてる感あるよね?」
雨音はそう言って、頬を赤らめながら今一度自分の格好を見る。不安の入り混じった声や髪を耳にかける仕草についつい目が行ってしまう。
今の雨音の格好は、はっきり言ってバリバリ好みだったりする。控えめに言ってどストライクだ。清楚な感じですごく似合っている。
「変じゃないよ。すごく可愛い……」
女の子相手にこんな浮いたことを言う機会なんて今までなかったせいで声が上ずってしまった。やばい……。何がやばいって、自分の女の子に対する免疫のなさがやばい。こうも可愛らしい姿を見せられたらドキドキが止まらない。ましてや好きな女の子が俺のためにオシャレしてくれているわけで……。それになんかほんのりシャンプーのいい匂いするんだけど……。
「雨音、もしかしてお風呂入ってた?」
「シャワーだけ浴びてきたの。昼間汗かいちゃったし」
もう! 理人さんは人畜無害ってわけじゃないんだよ? 思春期なんだよ? オオカミにだってなっちゃうよ? なんでそんなに色気を増すようなことするの?
「と、とりあえず中に入ってよ」
「う、うん。おじゃまします」
目が合わせられない。照れちゃうの……。それに自然と口角が上がってくる。思わず「デュフフフフフフ……」とか言っちゃいそう。こんなはしたない顔なんて見せられるわけない。百年の恋も冷めてしまう。くるりと踵を返し、雨音に背を向けた。
「えっと、なんか飲み物とかいる?」
何かしらのお・も・て・な・しが必要なのでは? と思い、ちらりと振り返って尋ねてみると、
「大丈夫だよ。理人は休んでてよ。お見舞いで来たわけだし、変に気を遣わないでいいよ」
思わず抱きしめたくなるくらい可愛く微笑みながら言う。
ふぇぇぇぇぇぇん……。可愛いよぅ……。雨音さん今日はどうしたの? なんか童貞を殺す女みたいな感じだよぅ……。
心臓はバクバクと脈打っている。今にでも雨音に聞こえてしまうのではないかと一抹の緊張と焦りを抱きながら雨音を自室に招く。
「ダメ人間の部屋で悪いな、とりあえずテーブルの辺りに座ってくれ」
雨音は「うん」と小さく返事をして腰を下ろし、物色するようにキョロキョロと俺の部屋を見回す。
「あの……、あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど……。恥ずかしいし……」
そう言いながら雨音の隣に腰を下ろす。
「ご、ごめんね! 男の子の部屋入るの初めてだからつい……」
「この前も入ったじゃん」
「あ、あの時はほら……私ずっと泣いてたし……。それに……」
そこまで言うと途端に顔を赤くし言葉が途切れた。きっとキスしたことを思い出しているのだろう。雨音は頭を垂らし、口ごもる。なんとも言えない静寂がこの小さな空間を支配する。
「あ、あのね! 私あんな風に人前でわんわん泣くことなんて滅多にないんだよ! あの時は感極まってあんなお見苦しい姿を……」
「お、おう……大丈夫、気にするな……」
別に変なことじゃないと思うよ? 珠理だって泣いてたし、立場が逆なら俺も似たような感じになってただろうし。
「…………」
「…………」
気まずい! 超気まずい! 何話していいかわからない!
お互い黙ってしまい、いたたまれない状況ができあがってしまった。このままでは何も語ることなく夜が明けてしまう。せっかく要たちが作ってくれた機会だ。なんとかしなくては。
「その服、本当に可愛いな。そんな服持ってたんだな」
なんとかこの空気を打ち消そうと思い、慎重に言葉を選び、徐に口を開いた。とりあえず服装を褒めるとこからいい感じの雰囲気を作ろう。
「あ、ありがと……。私ね、ネットで可愛い服とか見てたらすぐに欲しくなっちゃうタイプでいろいろ買ってたんだ……。外に出ないニートのくせおかしな話だよね?」
「そんなことないだろ。俺の部屋見てみろよ。親の金で漫画とかゲームばっかり買ってたんだぞ。雨音の方がまだマシだよ」
ネットショッピングって妙に楽しいからついつい余計な物まで買っちゃうんだよなー。
「そういえば……なんかやつれてない? 体大丈夫なの?」
俺の体をまじまじと見つめ不安そうな表情を浮かべる。雨音の言う通り、この数日で俺は三キロ程痩せた。解毒薬の副作用のせいで二、三日熱が出ていて食欲がなく、ほとんど何も食べてないからだ。要が見舞いに来てくれた日くらいからようやく食欲が戻ってきたので現在はそれなりに胃に入れているが、病み上がりなのでそんなに多く食べていないのだ。
「もう大丈夫だよ、肩もそんなに痛まなくなってきたし」
「それならよかった」
安堵したように胸をなでおろした。
「話し方……今日はずっとその感じだな」
いつもみたいに「~だよぉ」といった口調で話していない。つまり亡きお姉さんの真似をしていないということだ。
「うん、理人には一番に言おうと思ってたんだ。あのね、私はもうお姉ちゃんの真似はしない。これからは私自身として生きていくつもり。理人たちには本当の私を見て欲しいから……。それで、本当の私を……す、好きになって欲しいから……」
後半しどろもどろになり、徐々に声が小さくなっていき、最終的には耳まで真っ赤にして俯いた。スカートをギュッと握り締めるいじらしい姿が愛しくて、雨音の熱が伝染したように俺の頬にも熱がこみ上げてくる。その熱はどうしてだか、心地のいいものだった。
「もう十分好きになってるから……。俺が惚れたのは、お姉さんの真似をしてる雨音じゃなくて、一ノ瀬雨音としてひたむきに生きようとしているとこだぞ」
言い終わると、雨音はゆっくりと頭を上げた。顔はまだ赤く、それどころか増しているようにも思えた。大きく綺麗な双眸は他の物は映さず、ただ俺だけを見つめている。俺もそんな視線から目を逸らすことなく、見つめる。
「断言する。俺は今みたいな雨音のことが好きだ。メンヘラチリニートのわけのわからん雨音のことが好きなんだ」
「理人……適度に気は遣おうね? 私だって女の子だよ?」
「あっ、つい……。なんかごめん」
告るつもりが揶揄していた。しかも真剣に言っていたから余計にタチが悪い。
「理人は物好きだね」
「それ雨音もだろ? 俺みたいな出来の悪い男のどこがいいんだよ? はっきり言って粗大ゴミに惚れるようなもんだぞ?」
「もうちょっと自分を大事にしてよ……。私が馬鹿みたいじゃん……」
呆れたようにがっくりとうなだれた。まさか雨音にそんなことを言われる日が来るなんて思わなかった。そもそも、そんなこと言われても困ってしまう。だって俺だよ? 何がいいのこんなの? ゴミが服着て歩いているみたいなもんだよ?
「私はね、人の傷に優しく寄り添うことができる理人のことが好き。そういうことってさ、自分自身がいっぱい傷ついてないとできないんだよ? 中途半端な人はどこか心の中で優越感を覚えちゃうんだよ。でも理人はそんなことない。他の人とは違うところを見てくれる。それはたぶん、自分もそうして欲しいからでしょ?」
「買い被りすぎだよ。俺はそんな殊勝な心がけとか行動とかできないぞ?」
「じゃあ天然のたらしだね」
そう言ってくすくすといたずらっぽく笑った。
「おい」
「ふふっ、わかる人にしかわからないんだよ」
何それ、なぞかけ?
「他の人にはない何かを感じた時に好きになるんだよ。たぶん。私にとってそれが理人だった。ただそれだけのことだよ」
極端な話、人が人を好きになる理由なんて「顔が好み」とか「お金」みたいなのでもいいんだと思う。だがそれは、自分の感情をわかりやすい言葉で表しただけ。そういう言葉では言い表せない感情が、好きになるというものなんだろう。人は言語機能が発達しすぎたせいで、なんでもかんでも言い表したくなってしまう。
きっと、わかりやすい言葉で表せないのが本当の感情なんだ。
「理人が私の全てだよ」
「ずるいぞ、真顔でそういうこと言うの……」
諭すような口調で言われ、いつの間にか引いていた頬の熱が蘇る。
そして同時に、
「じゃあなんで今日まで来なかったの? いや、別に怒ってるとかじゃないけどさ」
純粋な疑問が浮かんできた。ここまで言ってくれるのは至極嬉しいことなんだけど、できれば生殺し状態で放置しないで欲しかった。
「えっ!? それは……、最初は早く行こうと思ったんだけど、ちょっと恥ずかしくて……。そしたらなんか日を追うごとに、あの時の告白はただ雰囲気に流されただけなんじゃ……とか思い始めて……」
雨音はごにょごにょと言葉につまりながらなんとか説明をしだす。
「平たく言うとビビったと?」
「……はい」
雨音って意外と引っ込み思案なんだな。昔いじめられていたらしいし、そういうところから自分に自身が持てないのだろうか。
「雨音ちょっといいか?」
返事を待たずに、俺は雨音の首に腕を回し優しく抱きしめた。
「ふぇぇっ!? え? え? え? え?」
突然の行為に驚き、雨音はひたすら「え?」を連呼するbotと化している。
「黙って聞け。俺はまともな気遣いなんてできないゴミ野郎だ。だからこうしてるのは雰囲気に流されたとかじゃない。俺がしたいからしてるだけ。男一人を骨抜きにしたんだ。もっと自身持ってくれ」
「わかった、わかったから! これ以上はだめ……。心臓破裂しちゃう……。り、理人って意外と肉食系だったりするのかな……?」
ゆっくりと俺から離れ、いそいそと乱れた髪を手ぐしで整えながら言う。
「えっと……その……私たちって付き合うってことになるのかな?」
「俺はそのつもりでいるし、そうなれたらいいなって思ってる」
「私も。こんな私でよかったら、ずっと理人のそばにいさせてほしいな……」
本当に今日の雨音はどうしたんだろう? メンヘラな部分が見当たらない。
「じゃあ……末永くよろしくお願いします……」
いつもとは違ういじらしくも可愛い姿を直視できず、それどころかちょっと声のトーンが高くなってしまった。
ともあれ、これで俺たちははれて恋人同士になった。
それにしても、この俺が恋か……。
恋なんて蝋燭の火のようなものだとばかり思っていた。
有限でいつか必ず消えてゆく定め。
この世にある物はみんなそう。
それでも。
いつか消えゆくと知りながらも、魅入ってしまった。
本当に愚かだ。
だけど、人間ってそんなもんか。
人間だから、消えないものを探したくなるのだろうか。
愚の骨頂だ。今日の俺は熱がある。
だから今は本音で語ろう。全てを熱のせいにできるように。
もしも俺の願いが叶うのなら、最後まで消えないともしびであってくれ。
俺はいつまでも、この冷めない熱に浮かされたい。
「あ、忘れてた。はいこれ」
雨音はバックから小さな水筒を取り出し手渡してきた。
「何これ?」
「お湯」
いい感じで終わらせろや。
次話は8月27日です。




