君の隣で夢を見る
すっかり日も暮れ、夜が訪れていた。
「私そろそろ帰るね。ごめんね、長い間お邪魔して」
理人はまだ療養中の身だし、本当は早く帰ろうと思っていたのだが、ついつい居座ってしまった。
「大丈夫か? 外真っ暗だぞ? 送ってくか?」
「う、ううん、大丈夫だよ。一人で帰れるから」
ありがたいが、まだ傷の癒えてない理人に送ってもらうというのは気が引ける。そもそも理人が怪我したのは私のせいだし……。当人は気にしていないと言うが、私の方は嫌でも気にしてしまう。
迷惑はかけられない。
いそいそと帰り支度を済ませ、理人の家を後にしようとすると、
「なぁ、雨音。今日泊まってけよ」
「……ふぇ?」
理人の突然の申し出のせいで素っ頓狂な声が出てしまった。
「え、いや、泊まりって……」
彼氏の家に泊まるというのは、つまりアレ的な?
嫌じゃないけど、流石に早いような……。どうしてもというのなら全然全くこれっぽっちも嫌ではないのだが、順序というか心の準備というかお泊りの準備ができていない。
「雨音、外」
ちょいちょいと窓をつついて外を見るように促す。外の様子を見ると、狙いすましたように大量のゾンビがうろついていた。
「…………」
理人の家、狙われてるの? ストーカーなの? ってくらいにゾンビに包囲されていた。
「この中を突っ切って帰る気?」
無理無理。
「えっと……どうしようか?」
「だから泊まってけよ」
神のいたずらか、悪魔の罠か。
ほんとにどうしよう。
『泊まっていけばいいじゃねーか』
私の中の悪魔が囁いた。
「で、でも、いきなり泊りとか……。尻軽って思われないかな……」
『お前だって本当は泊まりたいんだろ? どうしてこんな時間まで長居したんだ? 楽しかったからだろ? 嬉しかったからだろ、理人と一緒にいれて。今日は要も珠理も六花もいない。完全に二人っきりだ。存分にいちゃつけるぜ?』
デビル雨音はつらつらと言葉を紡ぎ、私の心をぐらつかせる。
「と、泊まっちゃおうかな……」
決心が鈍った時だった。
『ダメよ雨音! 何事も初めが肝心! ここで付き合ったばかりの彼氏の家に堂々と泊まるようなビッチだって思われていいの?』
エンジェル雨音が言う。
「そ、そうだよね。お泊りはまだ早いよね。私は一歩一歩シンデレラになりたいの」
『そうよ、惑わされちゃダメよ』
『貴様の戯言にか?』
『あなたは黙ってなさい!』
今日は心の声が多い……。
『いいか雨音。お前は変なところでチキンなんだよ。そんなんじゃラブコメのコメ要因にされるぜ。そして最終的には他の女に寝取られる』
「嘘っ!?」
『この世は行動した者勝ちなんだよ。やらなければやられる。弱肉強食の世界でお前は生きているんだ』
まさか私にこんな肉食系の部分があったなんて。
だがデビル雨音の言うことも一理ある。
『愛し合う二人が一つ屋根の下でいると連想されることなんて限られてくるだろ? いきなり押し倒せなんて言わねーよ、そばにいるだけで幸せみたいな夜を過ごせばいいさ』
た、確かに……。不純なことを想像するのは思春期の悪いところだ。卑猥なことばかり考えているなんて男子中学生か私は。
『待ちなさい! 雨音が襲わなくても理人が襲ってくる可能性だってあるわ!』
そうだ。その可能性も無くは無い。……可能性あるよね。無かったら複雑なんだけど。女として決定的な何かが欠如しているということだもん。
あるよね? 何かしらの葛藤はあるよね? あってくれなきゃ困るんだけど。
『さっき抱きしめられたじゃない! 理人は雨音を特別な異性と認識している証拠よ!』
『馬鹿かお前は。今時ハグなんて普通だよ。そんなんだから処女は困る』
『う、うるさいわね! 出会いがなかったのよ! というかあんたも処女だからね!』
何の話をしているのだろう。
『訊くが、お前はどうなんだ? 理人に襲われたら嫌なのか? 付き合っているけどいつまでたっても手を出されないのとどっちがいい?』
「!?」
究極の二択だ。
『あ、雨音。真剣に考えちゃダメよ。相手の思う壺よ』
「そ、そうだよね!」
『一緒にご飯』
「え?」
『新婚気分』
「ちょっ……」
あろうことか、デビル雨音はお泊りのメリットを言う。
『いちゃつき放題』
「ぐっ……」
『甘えたい放題』
「ううっ……」
『このタイミングを逃せばいついちゃつけるかわからないぜ?』
「…………」
『あ、雨音! あなたまさか……』
ったく。やれやれ、しょうがないなぁ。
「理人……やっぱり一人で帰るの怖いから泊めてくれる?」
「ん? ああ、もちろんいいけど」
「ありがとっ」
『ちょっー! ちょっと待ちなさい! いいの? 悪魔に負けていいの?』
「うるさいなぁ。私だって乙女の端くれ。ちょっとくらい夢見てもいいじゃない!」
そう、私はいつだって夢見る乙女。
『逆ギレ!?」
今日は甘えてもいいよね?
次話は9月10日です。




