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自宅警備員=ニートではない  作者: 七城 七瀬
第一章 希望に溢れる三千世界
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だいきらいなにんげんたちへ

 徐々に東の空が白んできた。明け方の新鮮な空気を吸い込むと、胸の奥がひんやりとする。俺たちは何度か見張りを交代しながら朝を迎えた。


「あー体痛ぇな。やっぱ寝袋は俺には合わない」


 首や肩を回しながら要が呟く。

 俺らは常に十七時に仕事を切り上げる。つまり野宿をすることなんて今までにないことなんだ。常に寝袋などの野宿のための用具は持ち歩くが使ったことはなかった。


「結局一日中ゾンビに会わなかったわね」

「どうする? また千代浦町の方に行ってみるか?」

「そうだな、あのゾンビを放っておくのはまずいだろ」


 そうして今日もまた千代浦町に向かった。

 野宿したおかげで千代浦町にはすぐについた。

 ここ数日、実家と千代浦町への往復しかしてない。どこのサラリーマンだよ。やっぱり社畜にはなりたくない。


 相も変わらずゾンビの姿は見えない。

 平和に見えるこの街が、俺の目には悍ましく映った。


「やっぱりいないわね。ほんとに全滅しちゃったんじゃないの?」


 絶滅って恐竜かよ。

 人類の七割程がゾンビと化したんだぞ。そんなに早く全滅するわけない。


「私思ったんだけどぉ、室内にいるってことは考えられないかなぁ?」


 盲点だけど……。


「室内って入れるとこないだろ。そもそもゾンビって室内入らないんだろ? 入ろうにも家もデパートも鍵かかってるからいないだろ。壊して入るとは考えられないな。そんなゾンビがいるなら俺らの家も被害に遭ってるだろ」


「それもそうかぁ。あ、デパートとかの立体駐車場とか潜めないかなぁ?」


「「「あ!」」」


 俺と要、珠理の声がハモった。


 可能性はある。

 ゾンビに知能はない。だがそれは昔の話。頭を打ち抜かれて死なないゾンビもいるんだから多少の知識を持ってるゾンビがいてもおかしくはないだろう。


「行ってみる価値はあるんじゃねーか?」

「そうね」

「新種のゾンビと出くわした場所の近くに大きなデパートがあったよな。あそこのデパートってかなり大きな立体駐車場だったはずだ。そこに行ってみよう」




 俺らはすぐにそのデパートに向かった。


 立体駐車場の中は暗く、下から眺めるだけではゾンビがいるかどうかわからない。壁面も鋼板で中が見えにくい仕様になっている。だからこそ中にいるのではないかと思わせる。


「なんかいかにもって感じじゃない?」


 珠理も同じような思いをしている。


「とりあえず行ってみるか」


 みんな武器を構え、スロープを登っていく。


 この立体駐車場各階の移動をスロープで行なうフラット式だ。階数は三層四段となる。なんで立体駐車場って面倒臭い数え方するんだよ。


 スロープを登り恐る恐る駐車場を覗く。


「……いないわね」

「……いないな、無駄足だったか?」

「まだ上があるぞ。行ってみよう」


 そうしてまたスロープを登っていく。だがその先でもゾンビはいなかった。残すは屋上だけだ。


「まぁ、ここだけしか立体駐車場ないわけじゃないし、いきなり当たりを引けるなんてないわよね」


 当たりってなんだよ。いたら嬉しいか? 

 辟易しながら最後のスロープを登ろうとした時、聞き慣れたうめき声が聞こえた。その声は微かだったが確かに聞こえた。それは俺だけではなく他の三人にも聞こえたようだ。


 みんなの顔が引き締まる。

 久々のゾンビとの戦い。呼吸を整え、ゆっくりスロープを登りきる。


「なっ!?」


 屋上には数え切れない程のゾンビたちが待ち構えていた。

 数体のゾンビは乾いた双眸で俺たちを見据え、すぐに襲いかかってきた。

 それに気付いた他のゾンビたちも少し遅れて俺らに襲いかかってくる。俺はすぐに刀を抜き、臨戦態勢になる。


「行くぞ要!」

「おう!」

「援護は任せなさい!」


 頼りになる声を受け俺はゾンビに向かって走り出す。

 近寄ってくるゾンビを斬って斬りまくる。喉を斬り裂き、首をはねる。血飛沫を被りながらそれでも斬り進む。

 久々にゾンビを斬った。

 体を切ることで伝わってくる生々しい感触。

 刀から滴り落ちる血。

 仲間たちの銃声。

 その全てが俺に、世界の残酷さを教えてくる。

 今の状況、今俺が成していることがどれだけ過酷で残忍なことなのか。


 俺はわかっている。目を背けてはいけない。人の目が前についているのは背けてはいけないものが常に眼前に押し寄せてくるからだ。


 かつて現実から目を背けたニートだからこそ、今は真っ直ぐに前を見ることができるのかもしれない。

目を凝らせ。動きを把握しろ。


 ゾンビは単調な攻撃しかしてこないので躱すのに苦労はない。大きく開けた口に切っ先を突き出す。力なく倒れこみ、すぐ後ろから新たなゾンビが向かってくる。


 一体ずつ襲ってくるわけじゃない。前後左右どこからでも襲ってくる。刀だけじゃさばききれず、ゾンビの体を蹴り飛ばす。こんな危険な戦い方普段は絶対にしない。それでもやらなければならない。

 迫ってくるゾンビの手を掻い潜り、背中から斬り裂く。銀色の刃が赤く染まり、血脂で徐々に切れ味が悪化していく。勢いよく空振りし、血を払い落とす。


 もう数十体程倒したが数が多すぎる。背後から要と珠理が狙撃してくれるがそれでもまだまだ倒しきれない。


「くそっ! 悪い弾切れだ!」

「要交代して! 私が前に出る!」


 要と交代し珠理が前に出るということは珍しい。それだけ危険な状態だ。


 マシンガンの連射音と共に空薬莢の落ちる音が響く。だが先頭にいるゾンビたちだけに当たり、後方のゾンビまで届かない。撃たれてすぐに倒れるわけではなく、ゆったりと倒れていくため、撃ち抜かれたゾンビに何十発も銃弾が当たってしまう。すでに屍と化したゾンビたちが盾になっている状態だ。珠理一人では弾幕を張ることもできず、すぐに弾薬が切れる。


 ここが平地なら雨音にまとめて爆破してもらうとこだが生憎屋上だ。こんなところで爆弾を使えばひとたまりもない。俺らが。ゾンビと心中なんて御免だ。


「雨音! 私のカバンの中に拳銃入ってるから使って! この数なんだから外すことはないわよ!」


 そう言って雨音にカバンを投げ渡す。


 雨音はすぐに銃を取り出し発砲し、見事に頭を打ち抜いた。やれば出来るじゃねーか!


「よし! 準備完了だ!」


 そう言って要も前に出てくる。お前もやれば出来るじゃねーか! この前もたついてたのはなんだったの?


 四人の力を合わせ、気づけば足元には死体がゴロゴロ転がっていた。辺りは血の海。こんな場所では死体に足を取られる恐れがある。


「一旦引こう! こいつらを下に誘導しよう!」


 場所を変え、また戦闘が始まる。

 息が切れ、立ち止まりそうになる足を意地で強引に動かす。


「みんなあれ見てぇ!」


 そう言った雨音の視線の先には大量のゾンビが援軍に来ていた。


 どっから沸いて出たんだよ! 昨日まで探しても見当たらなかったのに!

 その瞬間、俺の頭にある考えがよぎった。


「なぁ要、もしかして俺ら誘き寄せられたんじゃないか?」

「まさか!? あいつらにそんな知能あんのか?」

「わからないけど、もしそんな知能を持ったやつがいて、新種のゾンビを追ってここまでこさせることがあいつらの目的だったとしたら?」

「最初のやつは餌だって言いたいのか?」

「そうだ。俺らはまんまと罠にかかったってわけだ」


 全て推理でしかない。だがこの状況を見ればこの考えになる。


「もしその推理が当たってるならボスは新種のゾンビになるんじゃないの?」


 だよな……。そうならないことを祈るばかりだ。


「その推理全部当たってると思うよぉ。あれ見てよぉ」


 雨音が下から向かってくる一体のゾンビを指差す。そのゾンビの額には銃痕があった。


「……あれって俺がつけた傷だよな?」

「間違いないな」


 やっぱりまだ動けたんだな。そのゾンビは他のゾンビの前に立ち、リーダーだと言わんばかりの風格だった。


「俺が殺る!」


 そう言ってすぐにヘッドショットを決める。ゾンビはばたりと頭から倒れた。だがすぐに手足がぴくりと動きそのままゆっくりと立ち上がった。ポタポタと血が流れ落ちるがすぐに血が止まった。よく見ると、顔は所々肉が腐り落ち骨格が見えている。道理で血痕が残ってないわけだ。何度頭を撃ち抜けば倒れるんだよ……。


「ねぇみんな、やばいのがもう一体来たわよ」


 屋上から現れたそのゾンビは体中腐敗が進行し、手足の肉が剥がれ落ち、所々骨が見えていた。その姿はゾンビと言うよりスケルトンと言ったほうが正しい。


「ボスのお出ましね」


 こいつに至っては頭蓋骨が剥き出しで眼球も取れている。珠理言うようにいかにもボスって感じだ。その不気味な風貌は身の毛もよだつ気持ち悪さだ。


「二手にわけるか。俺と雨音が下から来るやつを倒す。要と珠理が上のスケルトンを頼む」

「スケルトン命名!? 私らにあのボスと戦わすなんて鬼畜すぎよ」


 スケルトンって言ったほうがわかりやすいだろ。

 というかやつを現す言葉はこれしかない。


「上の方が数少ないぞ。下のやつは死ななそうだし、こっちの方がいいだろ」

「スロープ登ってきてない地上のゾンビたちなら爆破してもいいよねぇ?」

「ああ、思いっきりやってくれ」

「スロープを巻き込んで壊さないでよ。俺ら降りられなくなるから」


 この場で死ぬことを誰一人考えていないようだ。俺の仲間は心強い。


「行くぞ!」


 俺の掛け声でみんなは各々の敵へと駆け出す。


「耳塞いだほうがいいよぉ」


 両手で持った手榴弾を平地にいるゾンビの軍勢に投げつける。そして周囲に轟くけたたましい音。大地を揺るがす衝撃。そして爆風が俺らの視界を霞ませる。目を見開くと多数のゾンビが転がっていた。


「さっすが!」

「どやぁ」


 思わず口から出た褒め言葉に満面の笑みで返してくてた。


「目の前のゾンビは俺に任せろ!」


 そう言って向かってくるゾンビを切り倒す。だが多勢に無勢。すぐに囲まれた。


「あ、ちょっ! ごめっ……ごめん! ごめんなさい! 雨音さん助けて!」

「えー、任せろって言ったのにぃ」


 いやもうほんとごめん。後で土下座でも靴舐めでもなんでもするからマジで助けて。


 そう願った瞬間、銃弾が俺の頬をかすめ、背後にいたゾンビの頭を打ち抜いた。……あっぶねー。俺が想像していた助け方じゃない。こんなの望んでない。

 銃弾がかすめたことで、俺の頬からたらりと血が垂れる。ぽたりと足元に落ちた一滴を見た瞬間すーっと血の気が引いた。


「あ、ごめんねぇ」


 なんで俺味方に殺されかけてんの? 頬を拭い手の甲に付着した自分の血をまじまじと見つめる。やべぇ……雨音に殺される。


「この危機的状況であんたらなにやってんの!?」


 遠くで珠理の声が聞こえる。ほんと何やってんだろ、俺……。なんだろうこのちょっとズレた緊張感は……。


「雨音、できるだけ俺に当てないようにして」

「頑張るねぇ」


 戦ってる時になんでこんなこと言ってんだろ。それでも援護はありがたい。再びゾンビを斬り倒していく。斬っていく度に腕の感覚が無くなってくる。それでも無理やり力を込め刀を握り直す。


 服が返り血で染まってきた。それだけ多くのゾンビを倒したということだ。


「理人! 後ろ!」


 突如、緊迫した雨音の声が聞こえた。振り返るとそこには二発分の銃痕を持つゾンビがいた。


「ようやく会えたな、でもすぐにさよならだ」


 そう言ってゾンビの首を斬り飛ばす。俺の一閃を躱そうともせず、無抵抗に一刀両断され俺の足元にゾンビの頭がぼとっと鈍い音を立てて落ちる。少し遅れて体も膝から崩れ落ちた。


「あっけねぇな」


 あまりにも単純で想像の斜め下を行く戦いだった。


 リーダー格のゾンビが倒されたことで他のゾンビたちの行動は止まった。一体として動こうとする者はいない。

 好都合だ。このまま全員斬ってやる。そう思い刀を振り上げたとき俺の足が掴まれた。たった今首を落としたゾンビにだ。


「なにっ!?」


 驚愕と焦りが全身を支配する。リーダーが再び動き出したことで今まで静止していたゾンビたちも動き出す。足を掴むゾンビの腕を斬り、なんとか逃れることが出来た。頭と右腕を失ってもなお、ふらふらと立ち上がるゾンビ。


「なんかデュラハンみたいだね」


 雨音の言う通りだな。あれ首なしの騎士だけど、このゾンビを言い表すならその名称を置いて他にはないだろう。


「こりゃ、両足斬った方がいいな」


 どういうわけかこいつは撃たれても斬られても倒れることはない。それなら動けなくするしか方法がない。

 そう思い、斬りかかろうとした俺を嘲笑うかのように他のゾンビが体を張ってリーダーを守った。随分仲間思いじゃねーか。明らかに別格だと思わせるゾンビ。


「理人大丈夫!?」


 雨音も余裕が無くなっているのか話し方が違う。そりゃそうだ。こんな恐ろしい相手が目の前にいる。これで平気なやつがどうかしている。


「雨音! スロープを壊してもいい! 爆破してくれ!」


 その言葉を待っていたと言うような表情を浮かべ、雨音はカバンの中から手榴弾とはまた別の小さめの物体を取り出した。


「理人どいて!」


 その声を聞き、すぐにその場から離れた。雨音の手から離れた爆弾? は宙を舞い、そして炸裂した。青みを帯びたオレンジ色の閃光が周囲を照らす。


「も、もしかして今のプラスチック爆弾……?」

「おぉ! 正解だよぉ。流石理人だねぇ、百崎学園を受験しただけはあるねぇ」


 こいつ地雷と手榴弾以外も持ってたんだ。つーかお前、俺の心の地雷を踏むな。


「これ爆発のコントロールが簡単だから限定した対象だけを爆破させることができるんだぁ」

「え? 自作!? あれ自作なの!?」

「違うよぉ。作ってもらったのぉ。いつか使うかもしれないからぁ」


 こいつのカバンの中身後で確認しとこ。


 爆炎の中から火だるまと化したゾンビが何体か出てきた。やたよたと力なく歩き、そして倒れた。その中の一体は頭と右腕のないデュラハンだった。最後まで残った手と足を動かしながら燃えていく。終いには指一本動かせなくなり今度こそ本当に死んだと感じさせた。


 髪や爪を燃やした時と同じ、タンパク質の燃える不快な匂いがする。それでもゾンビが燃えていく姿は火葬の様で最後の最後で人に還してやれた気にもなる。


 こんな形でしかゾンビを本当の死者にしてやることができない。それでも、生者として黙祷を捧げる。




 今度こそ安らかな眠りを、と。


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