アリババと四十人の盗賊④
マルジャーナ姐さんが考えた作戦『熱々の油でジュッ♪』は成功した。
それはもう、えげつないほどに。
最初の一手で火傷のダメージが入るのも大きいが、それが油によるものだというのも意外な効果をもたらした。
火傷したからって即死するわけじゃないので、盗賊たちも壺から出て反撃しようとするんだが、油で滑ってなかなか出られない。
それでも頑張って壺の口から頭を出したら、壺一個につき二人がスタンバイしていて、もぐら叩きの要領で叩きまくる。
壺から出られない盗賊は一方的に叩かれるのみ。
叩く側は二対一で有利な上に、鍋や箒や包丁なんかを装備しているから強気になれる。
全員がやられてばかりではなく、壺を倒したり、割ったりして出てきて、反撃に転じるやつもいる。
だがここでも油が効いてくる。
手が油まみれだと物が持ちにくいんだわ。
せっかく抜いた短刀がつるりと滑って明後日の方に飛んでいく。
すっぽ抜けて空っぽになった自分の手を呆然と見つめる盗賊が、箒を振りかざすおばちゃんたちに袋叩きにされていく……哀れ。
押し込み強盗の類に同情なんかしちゃいけないんだろうけど、火傷の悲惨さといい、殺る気満々のおばちゃんたちの凶暴さといい、小さな子どもには見せられない。
むごいと思いながら、俺も壺から出ようとした盗賊の側頭部を片手鍋でスイングする。
ゴーンと固いものを殴る衝撃が手に伝わる。
……あー、暴力への罪悪感がちょこっとあるような、ないような?
まあ現実だと思うと吐き気がするかもしれないが、物語の中だと思えば大したことないかな。
殴られた盗賊は脱力して壺の中へズルズルと崩れ落ちていく。
頼むから出てくるなよ、壺の中で大人しくしててくれよ、出て来ちゃったら手加減できないんだからさ。
頭を鍋でぶん殴るのも割と容赦ないが、俺の視線の先には肉切り包丁を二刀流で振り回している料理長がいる。
あの人になます切りにされるのは、いくら盗賊でも気の毒だって気がするんだよなあ……。
戦闘はそう長くは続かなかった。
一部ではまだ元気のある盗賊が料理長率いる厨房軍団と睨み合っているが、多勢に無勢、じきに片が付くだろう。
「この壺は本当に油が入ってたわ」
「ちょうどいいじゃない。油をたくさん使っちゃったから、埋め合わせにもらっときましょ」
一個だけ、盗賊が入っていない本当に油入りの壺があったらしい。
おばちゃんたちが勝手にもらっちゃおうとしているが、いいんだろうか。
後で役人に怒られたりしないかな?
やめさせるか黙認するか、判断を仰ごうとマルジャーナ姐さんを探したら……。
店の方へ一人で走っていく後ろ姿が見えた。
何を急いでいるんだろう……ハッ!
重大な事実に気づいた俺。
四十個の壺のうち、一個は本当に油が入ってた。
てことはここで倒された盗賊は三十九人、四十人に一人足りない。
残りの一人は……って、客のフリして店にいるじゃんか、盗賊の頭が!
そいつが四十人目だ!
頭をなんとかしないとアリババが危ない。
だからマルジャーナ姐さんは急いで走って行ったんだ!
俺も急いでマルジャーナ姐さんの後を追う。
無茶すんな、マルジャーナ姐さん!
何するつもりか知らないけど、一人じゃ危ないだろ!
ファティマ(俺)を連れていけー!!
※
遅れて駆け込んだ店のフロアではマルジャーナ姐さんが踊っていた。
両手に一本ずつ短刀を持って。
バンドの演奏が激しいアップテンポの曲に変わっている。
リズムに合わせてキレのいい踊りを見せるマルジャーナ姐さん。
回転する度、ポーズが変わる度に、短刀の刃がランプの光をキラリと反射する。
その姿は料理長の二刀流に比べれば遥かに優雅で色っぽかったけど……。
踊りながら徐々に客席に近づいていくマルジャーナ姐さん。
その行く手にはニコニコと機嫌よく笑っているアリババと、一緒にテーブルを囲む客……盗賊の頭。
こいつだ、間違いない、四十個の壺を持ち込んだ客!
俺覚えてんだからな、荷物多すぎる変な客だなーって顔見て覚えてんだからな!
それよりアリババ!
盗賊の頭と仲良く隣り合って座ってんじゃねーよ!
そいつはあんたの命を狙ってんだぞ!?
なんで気づかないんだ用心しろよ!
危機感なさすぎるアリババに対し、盗賊の頭は目が笑っていない。
仲間を呼ぶタイミングを待っているのだろう。
残念だったな、おまえの手下は潰したぜ!
踊るマルジャーナ姐さんは駆け付けた俺に気づいて、バチンとウィンクを寄こした。
それはいったいどういう意味ですか?
わかんないけど、なんとなくわかったフリをして、銀色のトレイに適当な料理を乗せて歩き出す。
マルジャーナ姐さんのことだから、何か考えがあるのだろう。
俺にできるサポートは何だ?
盗賊の頭をボコしてもいいが、マルジャーナ姐さんが華奢な妹分に期待しているのはそれじゃない気がする。
彼女の願いはここ、みんなの家であるアリババの屋敷を守ること。
いいご主人様であるアリババの身に何かあったら、みんなの暮らしが今まで通りじゃなくなってしまう。
とにかくアリババの安全を確保するのが先決だ。
そのためにはまず盗賊の頭から引き離す。
料理をアリババのテーブルに持って行って、なんか適当な口実でアリババを厨房にでも連れて行こう、そうしよう。
考えがまとまった。
俺は愛想よくテーブルに料理を並べながら、アリババに囁いた。
「ご主人様、料理長が相談したいことがあるそうです。厨房までいらしていただけますか?」
「そうか、じゃあ行こうか」
腰の軽いアリババは嫌な顔一つせずに立ち上がった。
盗賊の頭が目でアリババの動きを追う。
その右手が動いた。
俺はそれを見て直感した。
こいつ武器を隠し持ってる。
今斬りかかるか、予定通り真夜中になるのを待つべきか、考えている。
計画では寝静まったタイミングで仲間を呼び込んで皆殺しだが、もしもアリババが何かを察知して逃げようとしているのなら、今ここで殺る方がいい。
そんな計算をおそらく一瞬で終わらせて。
盗賊の頭は懐に隠した短刀を抜いて猛然とアリババに斬りかかった。
判断速いな!?




