アリババと四十人の盗賊③
壺がしゃべった。
男の声で。
絨毯が空を飛ぶのなら、壺が人間みたいにしゃべってもおかしくない……のか?
いや、おかしいよな。
白雪姫の魔法の鏡ならともかく、壺は壺であって鏡ではない。
壺に求められる機能は物を入れることだ。
魔法の壺を作るとしたら、まず容量を拡大するのが普通だと思う。
話しかけたわけでもないのに、勝手にしゃべりはじめる壺……そんなホラーな壺はいらない。
とすると、この壺がしゃべったのは魔法の壺だからではなく……。
俺は壺を睨んで考えた。
……これ、人が入ってんじゃねえの?
サイズ的には人一人くらい入れそうだ。
中肉中背の男なら、中で座れるんじゃないだろうか。
居心地は悪そうだが。
壺の口には布が被せられ、紐で固定されている。
改めて見ると、密閉が甘いというか、空気が通りそうに思える。
ガチガチに密閉したら、中が酸欠になるもんな。
同じような壺がざっと四十個ある。
なぜ正確な個数がわかるかというと、運ぶのを手伝ったからだ。
五台の荷車があり、荷車一台に壺が八個ずつ乗っていた。
5×8で四十個。
お客さんの荷物で、中身は油だということだった。
なんで夜のお店に遊びに来るのに大量の荷物を持ってくるのか、意味がわからないが、誰も疑問に思ってないようなので、ここではこれが普通なのかもしれない。
さて、この触れ込みとしては油の入った壺、実際には人が入ってる疑いのある壺をどうするか。
聞こえた声の数からして、壺に潜んでいる男は一人や二人じゃない。
全ての壺に人が入っているとしたら、その人数は四十人。
……盗賊の数じゃん。
これもう確定でいいよね?
壺を蹴り倒してやろうかと思ったが、中から盗賊が飛び出して来たら、ファティマ(俺)の華奢な体で勝てるかどうかわからない。
他の壺からも盗賊が一斉に出てくるとしたら、多勢に無勢、俺一人では勝ち目がない。
味方の人数を増やさねば。
というわけで俺は店に引き返した。
マルジャーナ姐さんにご注進するために。
※
「マルジャーナ姐さん、壺に盗賊入ってんですけど、どうしたらいいですか?」
「何言ってんの?」
忙しそうなマルジャーナ姐さんを捕まえて、話を聞いてもらったが、信用してもらうのに苦労した。
壺に盗賊が潜んでいるのは、この世界でも普通ではないらしい。
半信半疑のマルジャーナ姐さんを裏庭に連れ出して、壺のそばで耳を澄ましてもらって、適当な壺に小石をぶつける。
カーン。
「今、合図あったよな?」
「ないって」
「またそんなこと言って。おまえいつも気が早いんだよ」
「作戦開始は真夜中、屋敷のやつらが寝静まってからだろ。まだのんびりしてようぜ」
「音もなく忍び込み、金持ちの首を掻っ切って、静かにお宝を運び出し、風のように去っていく……それが俺たち盗賊団。うん、美しい」
「男の美学はいいから、お頭が起こしに来るまで寝とけよ」
「退屈なんだよぉ~」
暗がりで、俺とマルジャーナ姐さんは無言で顔を見合わせた。
声を出さず、目と目で会話する。
俺:ほらね、盗賊いるでしょ?
姐さん:うん、いたわ。
俺:どうします?
姐さん:とりま店に戻るわよ。
俺:りょ。
俺たちは忍び足で店に戻った。
※
「緊急事態よ。お屋敷始まって以来のね」
マルジャーナ姐さんはフロア係を何人か表に残して、それ以外の従業員全員を厨房に集めた。
「油が入ってるはずの壺の中に盗賊が潜んでいるわ。人数は確かめてないけど、最大で壺の数と同じだけの四十人。金持ちの首を掻っ切るって言ってたから、武装してるわね。何とかしないと皆殺しにされちゃうわ」
「役人を呼んでくるのは?」
「もちろん呼ぶわ。アリー、あんたひとっ走り行ってきて。アリババ様の屋敷に盗賊団が押し入ろうとしてるって。百人くらいが暴れて大変なことになってるって言うのよ」
「わかった!」
アリーと呼ばれた男は役人を呼びに飛び出していったが、少し話を盛りすぎではないだろうか。
四十人の盗賊なのに、百人って。
それに潜伏してるだけで、まだ暴れてないし。
なんでそんなに話を盛るんですか?
怪訝な気持ちが顔に出たらしい。
俺を見て、マルジャーナ姐さんが説明してくれた。
「こういう時は話を三倍くらいに膨らませてちょうどいいのよ。役人だって訴えは話半分に聞くんだし。百人って言っとけば、五十人かなと思ってそれくらいの人数集めてくるでしょ。四十人って言ったら二十人かなと思われて、それなりの人数しか集めてこないわよ」
「なるほど」
この世界では緊急通報は危機感を三倍にして伝えるものらしい。
日本だったら強盗の人数を水増しなんかしないけど。
これが文化の違いというものか。
「さて、役人が来るのを待ってたら間に合わないわ。私たちも防衛するわよ。ここは私たちの家なんだ。盗賊に荒らされてたまるもんか!」
「おう!」
そうしてマルジャーナ姐さんが立案した『アリババ様のお屋敷防衛作戦』はけっこうえぐいものだった。
※
お屋敷の裏庭。
四十個並んだ壺の前に俺たちは立っている。
味方の人数、総勢八十人。
従業員総出だ。
なんなら近所の応援も集まっている。
アリババは近所からも慕われているらしい。
当のアリババ本人はここにいないけどな。
アリババは何も知らずに店で客と歓談しているらしい。
ぶっちゃけお人よしの善人だから、荒事には邪魔なのでいない方がいい。
集まった八十人のうち、半数は鍋などの耐熱容器を持っている。
その中身は熱した油だ。
全員が位置に着いたのを確認して、マルジャーナ姐さんが合図を出した。
その合図で俺たちは一斉に行動した。
二人一組で、一人は壺の口を覆う布を切り開き、もう一人が油を中に流し込む。
当然、中に隠れてる盗賊は大やけどを負うわけで。
たちまち辺りは阿鼻叫喚。
マルジャーナ姐さんが考えた『熱々の油でジュッ♪』作戦、けっこう酷いよな!




