アリババと四十人の盗賊②
雅楽を連想させる弦楽器の音色。
眠気を誘う歌声。
眠くなるのは歌詞の意味がわからないからだが、単純に曲にメリハリがないからでもある。
なんでこう、君が代みたいに一つの単語を長~~~く伸ばして歌うんだろう。
もっと早口で歌えばいいのに。
俺の耳には退屈極まりないBGMだが、お客さんたちは意外とこれを楽しんでいるらしい。
一曲終わると拍手したり、声援を送ったりしている。
まあ俺も歌はともかく、曲に合わせて踊りを披露しているお姉さんたちには声援を送りたい。
エキゾチックな振り付けと客席にチラッと送る目線が色っぽくて綺麗です。
「フルーツ盛り合わせ、三番テーブルね!」
「はい、三番テーブルですね!」
俺は今、『アリババと四十人の盗賊』の世界で飲み物と軽食を運んでいる。
場所はアリババの屋敷という名の怪しげな夜のお店。
店内中央のダンスフロアでは、顔の前に薄絹を垂らしたお姉さんたちがクネクネと踊っている。
アリババってショーパブの経営者だったっけ?
なんか違うような気がするんだけどな。
しかしマルジャーナ姐さんが買い物の後、俺を連れて帰った、ここ『アリババ様のお屋敷』はどう見ても夜のお店である。
中庭が見える広いフロア、たくさんのランプがオレンジ色の光を投げかけて、各所に置かれたローテーブルには花が飾られ、食べやすくカットされたトロピカルフルーツが並び、お客さんはソファーや敷物の上に座ったり寝転がったりして軽食をつまんでいる。
提供される飲み物には酒類がないが、ソフトドリンクでも気分は盛り上がるらしい。
髭をたくわえたおっさんどもが、綺麗なお姉さんに接待されて満足そうにくつろいでいる。
お姉さんたちは美人ぞろいで、皆がへそ出しファッションで、ブレスレットやピアスで飾り立て、にこやかにお客さんをもてなしている。
一目瞭然、疑いようがない。
ここは夜のお店、アリババはお店のオーナー!
……なんか違ってるような気はするけどな?
『アリババと四十人の盗賊』のストーリーを覚えてないから何とも言えないが、童話の主人公に水商売は似合わないような気がする。
でも現にこうしてお店があって、お客さんがいて、綺麗なお姉さんが何十人も働いているしなあ。
ターバン巻いたバンドマンが眠たくなる曲を演奏している他、男性従業員もそれなりにいる。
男は主に裏方で、フロアにいるのは女が多いけど。
単調な歌声は子守唄のようで……ファ~とあくびが出てしまう。
「こら」
「あ痛っ」
めざといマルジャーナ姐さんにコツンとやられてしまった。
「あくびなんかして。ちょっと外の風に当たって眠気覚まして来なさい」
「はーい」
要は休憩していいってことだな、と解釈して、俺は従業員用の裏口から庭に出た。
アリババの屋敷は広い。
敷地もかなり広くて、本館、宴会場、別館、と主な建物だけで三つあり、それ以外に倉庫や車庫などが複数ある。
ファティマ(俺)は小娘で下っ端なので、重要な場所には入れない。
まあ裏庭だったら歩き回ってもいいだろう。
宴会場の賑わいから離れてプラプラ歩きながら、俺は今までの流れを頭の中でまとめることにした。
※
カーペットでかっ飛ばすフライング野郎を目撃した後、俺はマルジャーナ姐さんに連れられて、市場で買い物のお供をして回った。
山積みにされて売られている果物をマルジャーナ姐さんが目利きして、値切って値切って値切り倒した。
どこも悪くなさそうなブドウを指さして、ここが傷んでいるとか、ここの色が薄いとか。
『今売れるチャンスを逃したら他の客が買うって保証はないのよ。売れ残ったらしなびて捨てるしかなくなる。それくらいなら半値にしたって今私に売る方が、あなたにとっても得なのよ』
とか言って、半額にさせた上で、別の種類のブドウをどっさりおまけに付けさせた。
マルジャーナ姐さんの一方的勝利かと思いきや、
『じゃ、これはあなたへ。極上品を買えて良かったわ。これからもよろしくね』
と果物屋のおっさんにウィンクと共に銀貨を一枚、上乗せして払った。
勝ちっぱなしじゃなく、ちょっとだけキャッシュバックして恨まれずに終わるのか。
やるなあ、マルジャーナ姐さん。
幾つもの露店を回り、大量の食材を買い込んで、戻った場所がここだ。
リゾートホテルみたいなでっかいお屋敷。
ここのご主人様がアリババで、マルジャーナ姐さんとファティマ(俺)はここで働く女奴隷なんだそうだ。
掃除や調理の下ごしらえ、釣瓶を使った水汲みなど、目いっぱい働かされながら情報収集に努めた結果、次のようなことがわかった。
1・アリババは昔は貧しかったが、今は大富豪。
2・ここは昔はアリババの兄の屋敷だったが、兄が亡くなり、アリババが相続した。
3・アリババはいいご主人様で、兄の代より働きやすくなった。
たぶんだけど、『開けゴマ』のイベントはもう終わっているのだろう。
盗賊の宝を手に入れて金持ちになった後なんだ。
とすると、俺のミッション『宝箱を開ける』はどうなるか。
物が宝箱だけに、宝物庫などに置いてありそうな気がするが、下働きのファティマ(俺)は金庫みたいな場所には近づけない。
ダメ元で盗賊の宝を探しに行ってもいいが、どこの岩山が呪文で開くのか、具体的な場所は知らないんだよな。
アリババに訊いても教えてくれないだろうなあ。
盗賊のお宝をこっそり盗んだなんて、現代で言えばマフィアの口座から金を引き出したようなもの。
バレたら報復されて消されるに決まってるから、口が裂けても言わないだろう。
じゃあ手当たり次第に岩の前で呪文唱えて回るか?
「は~、めんどくさ。どっかで運よく、たまたま偶然にも、盗賊の一味が通りかかって、『秘密の呪文で開く岩山が南に三キロ行ったとこにあってさー』とかだべっててくんねーかな~」
ぶつくさ言いながら軽い気持ちで蹴飛ばした小石が勢いよく吹っ飛んで、庭の隅にたくさん置かれてるでっかい壺に当たり、カーンと音を立てた。
やべ、割れてないかな?
心配になり、そっと近寄って表面に顔を近づけると……。
「今、合図がなかったか?」
「ない」
「まだ早い」
「おまえの気のせいだ」
……壺がしゃべった?




