アリババと四十人の盗賊①
女体化……それは日本のサブカルチャーのお家芸の一つ。
戦国武将だろうが競走馬だろうが無生物だろうがお構いなしに、何でもかんでも美女や美少女に変えてしまう、荒っぽくも甘美な創作技法である。
それはともかく。
俺が女体化するのはおかしいだろう!!
動画で爺ちゃんは爺ちゃんのままだった!
TSする必然性皆無だろ!
ルール説明の詳細も省かれたし、これは悪魔の嫌がらせか!?
そもそも俺が女になって誰得……ハッ!
恐ろしい可能性に気づいて、俺は自分の顔を手で触って確かめようとした。
体だけ女になって、顔は元のままだったら悲しすぎる。
どうか顔も美少女であってくれ!
「……あれ?」
顔の造作を確かめようとした手のひらは、思いがけないものに阻まれた。
布の感触である。
顔の下半分が布で覆われている。
マスク……ではないな、これは。
もっとひらひらした一枚布である。
そういえばイスラム社会では女性は顔を隠さなくちゃいけないんだっけ?
全身すっぽり黒い布で隠して、目元と指先だけ出してる映像を見た覚えがある。
しかしそのルールで考えると、今の俺の姿はおかしい。
胸の谷間が見下ろせるし、更に見るとへそも見えている。
いいのか、こんなに露出して?
首を傾げながら、顔の前の邪魔な布を息でフーッと吹き上げていると、
「ファティマったら、何遊んでんのよ」
誰かが声をかけてきた。
見ると、そこには俺と同じへそ出しファッションで、顔の前に薄い布を垂らした迫力美人がいた。
どこら辺が迫力かって、それは砂時計のようにくびれたウエストと、メロンみたいな乳である。
すっごい胸ですね、お姉さん、不二子ちゃんですか!?
リアルでこんなすごい人、初めて見たかもしれません!!
ぽかーんとして見とれていたら、
「こら」
「あ痛っ」
コツンとおでこを小突かれた。
女の人に小突かれるという状況に焦って、思わず痛いと言ってしまったが、本当は大して痛くなかった。
柔軟剤だろうか、お姉さんの服の袖からふわっと甘い匂いがした。
「この忙しい時にぼーっとしてちゃダメでしょ。キビキビ動く!」
「あ、はい!」
それから俺はお姉さんに言われるままについて歩き出した。
ナイスバディなお姉さんは後ろ姿も綺麗です。
「あのー、お姉さん? つかぬことを伺いますが……」
「何よ、いきなり他人行儀に。いつもみたいにマルジャーナ姐さんって呼びなさいよ」
このお姉さんはマルジャーナ姐さんと言うのか。
よし、覚えた。
「マルジャーナ姐さん。これからどこに行って何をするんでしょうか?」
「いつもと同じよ、市場で買い出し。品物選びは私がするから、あんたは荷物持ちしてくれればいいわ。でもぼーっとしてないで、周りをよく見るのよ。田舎と違って、ここらはスリやひったくりが多いんだから」
なるほど、どこだか知らんが田舎ではない、と。
確かに人通りは多いし、ロバに荷車を引かせている人や、ヤギやヒツジといった動物を連れた人も歩いている。
会話してみた感じだと、今の俺は俺ではなく、このマルジャーナ姐さんの妹分に当たるファティマという名の女の子であるらしい。
ぶっちゃけ『アリババと四十人の盗賊』と言われてもストーリーはうろ覚え、登場人物の名前もアリババしか知らないのだが。
はっきり覚えているのは「ひらけゴマ」の呪文だけだ。
マルジャーナとファティマ……モブか?
アリババ以外の登場人物名を知らないので、モブかそうでないかもわからない。
元々知らないことは考えてもわかるはずがないので、考えないことにする。
とりあえず『アリババと四十人の盗賊』の物語世界でファティマという女の子になっている、と確実にわかるのはそれだけだ。
周りをよく見ろとマルジャーナ姐さんが言ったので、周りに注意しながら歩く。
すると違和感に気づいた。
景色がやけにメルヘンチックなのだ。
建物は白を基調としてパステルカラーに塗られているし、屋台の屋根も明るくカラフルだ。
道路は舗装されていない土の道で、所々にヤシの木みたいな南国風の木が生えている。
カラッと晴れた青空だが、照りつける暑さは感じられず、ほどよい気温。
行き交う人々は男はみんなターバンを巻いているし、女はみんなへそ出しセクシー衣装。
若い美人だけじゃなく、幼女もオバサンもへそ出しってどうなんだ。
へそが見えてなきゃいけないってルールでもあるのか。
不思議に思いながら歩いていたら、
「どいたどいた~」
「ゲッ、フライング野郎だ!」
「みんな避けろ~」
「危ねえなあ、人込みで」
「もっと高いとこ飛べよ」
通行人が左右に分かれて道を開けたかと思うと、人の頭ほどの低空飛行で空飛ぶ絨毯が飛んできた。
意外と飛ばしていて、時速60キロくらいか?
シートベルトもしてないのに危ないな。
すれ違いざまにパイロットを見たら、若い男だった。
なるほど、ここはアラビアンナイトの世界だ。
アラジンがランプ持って絨毯で飛んでるんだもんな。




