物語の世界へ
「そうですか。前向きな姿勢は歓迎いたします。では参りましょう」
悪魔がパチンと指を鳴らした。
ぐらっと震度二か三くらいの揺れを感じたと思ったら、景色が変わっていた。
ついさっきまで仏壇のある和室にいたはずなのに、今いる場所は……。
「図書館……?」
「我々はこの空間を星界書庫と呼んでいます。まあ図書館と思ってくれても構いませんよ。実際このように本が集められていますからね」
ものすごく簡単に言えば『二階がある木造の図書館』みたいな場所だった。
ソファーとローテーブルが置いてあって、俺と悪魔は向かい合ってソファーに座る形になっている。
足元には高級そうなカーペット。
和室から一転して洋室だ。
幻を見せられているんでないのなら、転移させられた、ということなんだろう。
それにしても本の数が圧倒的だ。
壁という壁が全部、床から天井まで本棚になっている。
天井の高さがかなり高いので、本棚の高さも見上げるように高い。
その全ての段に本が大量に並べられている。
本のページの匂いなのか、木でできた本棚の匂いなのか、郷愁を誘うような一種独特の匂いがする。
天井には星空が描かれている。
リアルな宇宙ではなく、デフォルメされた太陽や月、それに星を線でつないだ星座の絵だ。
太陽や月に顔が描かれているので、なんとなく童話っぽい雰囲気がある。
そう思って見ると、本棚に並んでいる本も大人向けの難しそうな本は少なく、児童書が多いような……?
「さて、海潮渉くん。君はプレイヤーになることを了承しました。先ほども言いましたが、契約者の子孫としての君の義務は毎週一回、月曜日に物語の世界で冒険をすることです。そして今日は月曜日。百聞は一見に如かず。早速、物語の中に入っていただきます。この星界書庫の」
悪魔はぐるりと周りを取り巻く本棚を手で示した。
「どの物語に入ることになるか、それはランダムに決めさせていただきます。どの物語であろうと、やることは同じです。宝箱を発見して開ける、ただそれだけです」
「宝箱を見つけられなかったら?」
「見つけるまで物語から出られません。やがて寿命が尽きるでしょう」
「冒険中に死んだら現実でも死ぬ、だったな」
「その通り。宝箱を開けることが生きて現実世界に帰還する唯一の方法だと言えます」
「胸糞悪いゲームだよな。さっさと始めろよ」
「では始めましょう。時間もちょうどよい頃合いです。ライト!」
悪魔が指をパチンと鳴らすと、眩しい光が俺を照らした。
どこかにスポットライトがあるらしい。
「オンエア。……視聴者の皆様、良い夜をお過ごしでしょうか。『月曜日の宝箱』の時間がやってまいりました」
芝居がかった口調で喋り出した悪魔。
もしかして生配信?
カメラは見当たらないが。
「本日は新しいプレイヤーをご紹介しましょう。海潮正の孫、期待の若手、海潮渉、二十二歳です」
どこかから拍手と歓声みたいな音が聞こえてくる。
効果音だろう。
本当に誰かが拍手してるわけじゃないよな?
「愛想のない若者ですが、やる気は十分。さっさと始めろとのご要望ですので、余計なトークは省いて本番と参りましょうか。視聴者の皆様はルールもご存じですしね。わかってないのはプレイヤーの彼だけ」
「おい、なんか特別なルールがあるなら説明しろよ」
「ごちゃごちゃ言うよりやってみるのが一番ですよ。はい、ルーレット・スタート!」
悪魔の掛け声で、天井に描かれた星座の絵がグルグルと回り出した。
回転する天井から何かが飛び出す。
それは一冊の本に命中した。
本の背表紙に突き立ったそれは……。
「おもちゃの弓矢?」
先端に吸盤がついたカラフルな矢だった。
矢が当たった本が見えない手に抜き取られるように、ふわりと空中に浮かび上がる。
表紙の絵とタイトルが見える。
『アリババと四十人の盗賊』
ふわふわと空中を移動した本は悪魔の手の中に収まった。
「皆様、今宵の冒険の舞台は『アリババと四十人の盗賊』に決まりました」
悪魔の頭上に二つの宝箱が出現した。
例の契約書を入れた宝箱、それとそっくりな物がもう一つ。
ご丁寧にも悪魔は二つの宝箱を開けて中身を見せた。
片方には契約書、もう片方は空っぽ。
蓋を閉じると、宝箱は二つとも本に吸い込まれて消えた。
「ではワタルくん、楽しい冒険を期待していますよ」
「お前らにとっては楽しいんだろうけどな……」
悪魔が俺に向かって手招きをする。
日本風にではなく、西洋風の、猫でも呼び寄せるみたいな、ちょいちょいと指を曲げるやり方で。
たぶん俺は本の中へ吸い込まれたのだろう。
一瞬の揺れを感じて……。
※
気がつくと景色が変わっていた。
いや、場所も確かにアラビアンナイト風の街並みに変わっていたんだけど。
それよりもっと衝撃的な変化が目に飛び込んできた。
何気なく見下ろした自分の体。
そこにくっきりと丸く盛り上がった双丘が。
どう見てもそれは女性の神秘というか、哺乳類的特徴というか。
「女体化している……だと……!?」




