悪魔のゲーム
「違いますよ」
「違うの?」
あっさりと否定されて、俺の体から力が抜けた。
悪魔は平然としている。
「もしも冒険で命を落としたとしたら、君のお母さんも一緒に亡くなっているのはおかしいでしょう。冒険に参加するのは海潮家の子孫だけです。君のお母さんは海潮家の生まれではないでしょう?」
「そう言われれば、そうだな」
母さんの旧姓は青山だ。
「不慮の事故による死亡でした。我々にとっても予想外のアクシデントだったのですよ。スグルも有望なプレイヤーだったのに。ミツヒコの跡を継いで一月もせずに、期待の新人が突然のリタイヤ。交通事故というものは恐ろしいですね」
悪魔はやれやれと首を振った。
事故は怖いとか、悪魔が言うなという感じだ。
「そういうわけで、君のお父さんの死に我々は関与していません」
「そうか。疑って悪かったな」
両親が乗った車は高速道路の多重衝突事故に巻き込まれたと聞いている。
本当に運の悪い事故だったのだろう。
「まあミツヒコら他のプレイヤーの死亡原因は概ね冒険によるものですが」
「おい!」
一度は抜けた怒気が再び満ちてくる。
こいつやっぱり人殺しの悪党じゃねえか!
「咎められる謂れはありませんよ。これは正当な取引なのですから」
「どこが正当だよ! 思いっきり不当だろうが!」
「二十一世紀の日本の法律で考えてもらっては困りますね。これは百二十六年前、海潮家の先祖と私との間で結ばれた契約なのです」
百二十六年前。
ちょっと何時代なのか判別がつかないが、平成や昭和ではないことは確かだ。
戦前だから、憲法とかも今とは違ってて……よくわからんが、当時は先祖の負債を子孫が払い続けるのは正当な取り立てだったのか?
悪魔の言い分にもカケラくらいは正当性があるのかもしれない、という疑いがちらりと頭をかすめたが、相手の言い分を全面的に受け入れるつもりはない。
「契約を解除する!」
「一方的な宣言だけでは解除されませんよ。解除するなら正当な手順を踏んでください」
「正当な手順ってなんだよ。現実的に考えて、できそうにない手順だったらそれは不当だぞ」
「ご安心ください。実行は可能です。当時の契約書が残っていますから、それを廃棄すればいいのです。具体的には契約書を破ればOKです」
「だったらその契約書を出せ。今破る」
「出せと言われてすんなりと出す悪魔はいませんよ」
ハハハ、と明るく笑う悪魔。
チッ、嫌なやつが笑うと不快さ二倍だ。
電卓に打ち込んだろうか、18782(いやなやつ)×2って。
「目の前に契約書を提示できないんなら、契約の存在も怪しいな。つまりその契約とやらは信じられない。よって守る義務も認めない。以上。帰れ」
「意外と弁が立ちますね、若いのに」
おう、若者だってな、体が丈夫なだけじゃ世の中渡っていけないんだよ。
変だと思ったら変だと言う、おかしいと思ったら食い下がる。
納得いかないまま相手の言いなりになってたら、搾取される一方だって職場の先輩も言ってた。
「では契約書をお見せしましょう」
悪魔はそう言うと、片手の手のひらを上に向けた。
その手の上にぽうっと淡い光が灯り、一枚の紙きれが宙に浮くように出現した。
古風な筆文字で何か短く書いてある……それだけ確認して。
今だ!
「……チッ!」
「まったく油断も隙もありませんね」
契約書を奪い取ろうとした俺の右手は空を切った。
これでもボクシングを齧ったことがあって、右手の速さには自信があったんだが。
三メートルくらい離れた所に瞬間移動した悪魔は、契約書をくるくると丸めて幅の広い紐で結んだ。
「私は契約を解除したくありませんので、ささやかな抵抗をさせていただきます。これは歴代のプレイヤー全員に同じようにさせていただいております。契約書はこの通り現存します。これを破り捨てることができたなら、プレイヤーの勝ち。契約は解除されます。私はプレイヤーにこの契約書を手に入れるチャンスを与えます。このように」
悪魔は宙に箱を一つ出現させた。
レトロなRPGでよくある感じの、いかにも宝が入っていそうなデザインの箱だ。
その箱の中に悪魔は契約書を入れ、蓋を閉じた。
「この宝箱を物語世界のどこかに隠します。冒険の中で宝箱を開けて、そこに契約書が入っていれば、それはプレイヤーの物になります。自由に破棄できます。ただし物語世界には他の宝箱も存在します。契約書が入っていない宝箱を開けた場合、その日の冒険はそれで終了。プレイヤーは現実世界に戻されることになります。契約書探しはまた次の冒険へ持ち越しです」
「ほほう、要するに……」
俺は頭の中で情報を整理した。
プレイヤーは物語世界に放り込まれて冒険をやらされる。
その中で宝箱を見つけて、開けてみて、契約書が入っていたら即時破り捨てて契約解除。
契約書が入っていなかったら、自動的に現実世界に戻される。
プレイヤーは契約書を求めて次のチャレンジへ。
これを月曜日ごとに繰り返す。
冒険の途中で死んだら、現実でも死亡。
それでもプレイヤーは一縷の望みをかけて、冒険へとチャレンジせねばならない。
契約解除するにはそれしかないから。
「……解約の手段もひっくるめて、悪魔のゲームというわけだな?」
「毎週月曜の夜の大人気コンテンツですよ」
「契約書は本当に手に入る可能性があるのか? 実は絶対に手に入らない仕組みなんじゃないのか?」
「そこは信じていただくしかありませんね。我々はフェアなゲームを提案していますよ」
どうだか。
悪魔の公正さなんて信用できねえ。
「まあ君がどうしても嫌だと言うのなら、キャスティングを変更してもいいのですが……」
悪魔は少し思案するようなポーズを見せた。
「十二歳と二十二歳なら、二十二歳の方が面白いプレイを見せてくれると思うのですがねえ?」
十二歳。
ハッとした。
「今は亡きミツヒコの忘れ形見、海潮歩夢。彼もまたプレイヤーになる資格があります。ミツヒコがリタイヤした時はまだ歩くこともできない乳児でしたから、後継者にはスグルを指名しましたが、今ならそこそこ成長しましたから、アユムにやらせてもいいでしょう。十二歳の少年プレイヤー……一部のファンに刺さるかもしれません」
「ちょっと待てい!」
それはあれか、俺がやらなかったら歩夢にやらせるってことか。
悪魔のゲームで命を落とした光彦おじさんの息子、父親の顔を知らずに育った小学六年生に!
「わかった、その冒険、俺がやる」
悪魔のゲームとやら、受けて立とうじゃねえか!




