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月曜日の宝箱  作者: ful-fil


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2/10

悪魔のエンターテインメント

「だが断る!」


 契約の履行とかなんとか言われて反射的に俺の口から飛び出した言葉がこれだった。

 悪魔はほんの一瞬、笑顔のままで固まった。


「……拒否できないと言いましたよね?」

「だが拒否する!」


 深く考えずに脊髄反射で拒否したが、よく考えても答えは同じだと思う。

 だって悪魔だぞ?

 ろくな取引じゃないに決まってる。

 自分が契約したわけでもないのに、なんでそんなものに代償を払わなければならんのだ。

 応じる義務は俺にはない!

 拒否一択!


「……少々予想外の反応ですね」

「用件がそれだけならお引き取り願おうか」


 ふむ、と悪魔は顎に手を当てて考え込む様子を見せた。


「なかなかの暴れ馬のようですね。元気があって大変よろしい。荒馬に手綱を付けて乗りこなすのも面白いでしょう」


 不穏な発言が聞こえてくるが、あいにく俺は人間なのだ。

 大人しく手綱を付けられるのを待つわけがない。

 先手必勝、一発かまそうと般若心経の経本に手を伸ばした時だった。


「論より証拠。まずはその目で見ると良いでしょう」


 空中にモニターが出現した。

 支える物もないのに浮いている。

 電源コードも刺さってないのに画面が光って、動画が映し出された。

 そこに映っている人物は……。


「……爺ちゃん?」

「そうです。君のお祖父さん、海潮正ですよ」


 動画の中の爺ちゃんは見慣れたジャージやTシャツや作務衣ではなく、茶色い革のジャケットみたいな物を着ている。

 カウボーイみたいな帽子とブーツ、なんだか昔の映画に出てくるアクション派の考古学者みたいだ。

 動画の中で爺ちゃんは何かと戦っている……というより、群れを成して飛び掛かってくる獣を右へ左へと華麗にさばいている。

 余裕さえ感じられるその動きはまるでダンスでも踊っているかのようだ。

 十や二十ではきかない、俊敏な獣の群れをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。


「なんだよ、この動画。爺ちゃんが動物相手に無双してる?」

「およそ百頭のダルメシアンをあしらっている場面ですね」

「なぜにダルメシアンが百頭も! さてはフェイク動画?」

「フェイクではありませんよ」


 よく見ると、動画の中の爺ちゃんは白黒ぶち模様の犬たちを傷つけることなく、やんわりと回転をつけて投げ飛ばしている。

 投げられた犬は尻尾を巻いて逃げていったり、その場でうずくまったり、牙をむいて威嚇したり、色々だ。


「御覧の通り、タダシは最高のプレイヤーでした。いかなる冒険の舞台に放り込まれようと、必ず宝箱を手に入れて生還する。豪胆にして剛腕、繊細にして強運。彼の冒険は最高のエンターテインメントでした。毎週月曜の夜、彼の繰り広げる冒険ドラマを観ることが我々の大いなる楽しみだったのです。彼の次の冒険をもう観ることができない……残念です」


 悪魔は本心から爺ちゃんを惜しんでいるようだった。

 だが悪魔の慨嘆なんかどうでもいい。

 俺は動画の爺ちゃんから目が離せない。

 だって動いてる。

 爺ちゃんが喋って、呼吸して、歩いて、走って、ジャンプして、怒鳴って、笑って……。


「これほどの逸材は番組史上、彼一人だけです。もっと早く彼を選んでいれば、もっともっとたくさんの冒険を収録できたのに。秘められたポテンシャルを私は見抜くことができなかった。二十代、三十代の若者が次々と散っていく過酷な冒険を、齢七十の老人が飄々と潜り抜けていくとは、いったい誰が予想し得たでしょう? いいえ、誰にも予想できるはずがありません。すぐに脱落するだろうと、一、二年もてばいい方だと、最初はそう思って起用したのです。なのに彼は通算六百回以上もの冒険をクリアした! 最長不倒記録ですよ、これは!」


 熱に浮かされたように喋りまくってる悪魔。

 俺はろくに聞いてなかったけど、ちょこちょこと引っかかる部分があった。

 齢七十。

 通算六百回以上。

 毎週一回とか言ってたな。

 週一の頻度で六百回って何年だ?

 一年って五十二週だっけ、五十三週だっけ?

 暗算にちょっと自信が持てず、俺は不本意だが悪魔に質問した。


「爺ちゃんは何年間その冒険ってのをやらされてたんだ?」

「十二年間ですね」


 享年八十二歳の爺ちゃんが十二年、七十歳から……。

 何か嫌な感じがしてきた。

 数字が、年数が、符合する。


「爺ちゃんの前にも誰かがその冒険をやってたのか?」

「もちろんです。海潮一族が代々引き継いできました。名前を挙げるなら……」


 悪魔は次々と名前を挙げていく。

 ほとんどは知らない名前だ。

 何十人もの名前が挙げられた後で、知ってる名前が二つ出た。


「……海潮卓(うしお・すぐる)、海潮光彦(うしお・みつひこ)」


 それを聞いた途端、俺は悪魔に殴りかかっていた。

 拳が確かに奴の横っ面にめり込んだはずなのに。


 手ごたえがなかった。


 空振り?

 そんなはずはない。

 至近距離で向かい合って畳の上に座ってたんだぞ。

 避けられるはずがないのに。


 悪魔は座布団一枚分ほど横にずれた位置に涼しい顔をして座っていた。


「いきなり暴力を振るうとは。何か気に障りましたか?」

「卓は俺の父さんだ。光彦は親戚のおじさんの名前だ」


 十二年前、爺ちゃんは冒険に起用された。

 それは父さんが死んだ年だ。

 光彦おじさんはいつ死んだんだっけ?

 父さんが亡くなったのより少し前だったと思うが。

 嫌な、とても嫌な気分だが、確かめなくてはならない。


「一つ訊くけど、その冒険って失敗したら死んだりするのか?」

「そうですね。冒険中に命を落とすと、現実でも死ぬことになります」


 つまり、こういうことか。


「俺の親爺はおまえらの娯楽で死んだのか……?」

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