弔問に来た悪魔
祖父の初七日が終わった。
七日法事それ自体は葬式の日に続けて済ませてあるが、やっぱり七日目というのは節目だと思うので、自分なりに供養したい気持ちがある。
仏壇のお供えを新しいものに取り換えて、習わぬ経を唱えてみたりする。
般若心経でいいのだろうか、つっても他に知らんけど。
親戚が少ないので、供養と言っても何をしたらいいのかはネット情報と葬儀屋がくれたパンフレットが頼りだ。
一応、宗派が曹洞宗であることは知っているが、寺との関わりは薄い。
先祖代々の墓があることは知ってるが。
ご住職が付けてくれた戒名には、祖父の本名から一文字入っている。
祖母の戒名もそうだったから、そういう命名ルールがあるのかもしれない。
両親が亡くなった時は俺はまだ小学生だった。
葬式や法事の記憶も曖昧だ。
たぶん祖父が全部やってくれたのだろう。
連れ合いである祖母には先立たれ、息子夫婦にも先立たれ、男手一つで俺を育ててくれた祖父。
俗名・海潮正は立派な人物だった。
俺の両親が亡くなった時、七十歳超えてた祖父は当時十歳の俺を施設に預けることを良しとせず、手元に引き取って育ててくれた。
学校行事にも来てくれて、運動会の保護者参加競技では若い親顔負けの走りを見せてくれた。
自治会のボランティアなんかも積極的にやっていた。
親戚は少なかったけど、葬儀に来た人は多かった。
とにかく活動的な人で、心身の頑健さには定評があり、山なんかスイスイ登るし、プールに行けば見事な泳ぎっぷりで、俺の方が負けるくらいだった。
冗談抜きにトライアスロンとか余裕で参加できそうなジジイだった。
頭も良くて、本もたくさん読んでて、クロスワードパズルなんかスラスラ解いて、認知症とは無縁だった。
最期も普通にご飯食べて、風呂に入って、おやすみなさいと言って寝たと思ったら、朝には冷たくなっていた。
いい死に方だ、大往生だと、医者が言った。
本当に……立派な人だったんだ。
ちょっと湿っぽい気分で、俺は仏壇に線香を立てる。
これでも二十二歳、社会人なので、泣いたりはしない。
人間年取れば誰だって死ぬ。
八十二歳なら、すごい早死にってわけでもない。
世の中には百まで生きる人もいるけど。
両親はもっと若くて死んだんだし。
葬儀の日には、早死にの家系なんですかね、と葬式に来ていた数少ない親戚と軽口を叩きあったりもした。
その人の旦那(祖父の甥。俺の父親の従兄弟)も割と早死にしてたから。
早死にしやすい家系なのだとしたら、八十二まで生きた祖父は長寿だ、十分に長寿だ。
そう思って俺は仏壇の前で拝む。
お釈迦様、阿弥陀様、他たくさんの仏様、海潮正はいい人で、頼りになる祖父で、立派な人物でした。
だから極楽浄土に直行させてあげてください、どうぞよろしくお願い致します。
仏教界のビジネスマナーってよくわからんけど、こんな感じのお祈りでいいんだろうか。
先に行って待ってるはずの父さん母さん婆ちゃん親戚のおじさん、出迎えよろ。
身内にはこんな感じでいいだろう。
さて、火事にならないように火の始末をして寝るか……と思った時、背後に何かの気配を感じて振り向いたら。
悪魔がいた。
※
「爺ちゃんの魂は渡さんぞ!」
とっさに俺はそんなことを叫んで数珠を構えていた。
なんで悪魔だとわかったのか、それは自分でも説明できない。
『見たらわかった』としか言いようがない。
姿かたちは何の変哲もないスーツ姿の男性だった。
顔はイケメン寄りかもしれない、少なくとも不細工ではない。
髪の毛が黒いのは日本人なら当たり前。
耳が尖っているわけでもないし、服装が黒ずくめなのも葬儀屋とか遅れてきた弔問客なら当たり前。
どこもおかしなところはないのに、俺は一目見て確信していた。
こいつは人間じゃない、悪魔だ!
悪魔は愉快そうに笑った。
「本当に面白い種族ですねえ、君たちは」
魂は渡さんと言われてこの反応。
やっぱり貴様、悪魔だな?
「普通、人間はそういう反応はしない!」
「普通、人間は一目で私の正体を見抜いたりもしないのですが……普通でないということでしょうね、君たちも、私も」
認めたな?
なんか俺まで人間でないような言われ方だが、とにかくこいつは人間ではないと自分で認めたも同然だ。
人間でない奴が人間に化けて、黙って家に上がり込んできた。
イコール敵と思って間違いない。
「やんのか? ああ? やんのか?」
あいにく我が家には十字架も聖書もないが、経文ならあるぞ。
般若心経でしばいたろか!!
「まあそう喧嘩腰にならないで。まずは線香を上げさせてもらえませんか」
……そうくるとは思わなかった。
勢いを削がれた俺は戦闘態勢を解いて、悪魔に仏壇の前の座布団を譲った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
悪魔はまだ点けっぱなしだったロウソクで線香に火を点けて、軽く振って炎を消してから煙がたなびく線香を香炉に立てた。
所作が様になっている。
両手を合わせて拝む様子も違和感がない。
悪魔のくせに。
悪魔ってキリスト教文化の産物じゃないのか?
なんで仏教式の作法が板についてるんだよ。
理屈に合わない気がする。
まあ悪魔が目の前にいること自体、理屈に合わないんだけど。
拝み終わった悪魔はまるで普通の弔問客みたいに座布団から下がり、俺に向き直った。
「海潮渉くんですね」
「そうだけど」
反射的に認めてから、しらを切った方が良かっただろうか、と考えたが、もう遅い。
俺はいつだって考えなしで、行動した後で考えるタイプなのだ。
それで何度痛い目に遭ったことか。
でもまあこの場合はしらばっくれても無駄だっただろう。
爺ちゃんの魂は渡さん宣言で海潮正の孫だということは明らかなんだし。
「私のことはタダシから聞かされていませんか?」
「悪魔の知り合いがいるなんて聞いてねえよ」
「そうですか……彼は引継ぎをしませんでしたか……」
やれやれ、といった感じで悪魔は首を振った。
「自分の代で終わらせるつもりだったのでしょうねえ。結果はこうなりましたが」
「何言ってんだかわかんねえよ」
言いたいことがあるなら率直かつ簡潔に言え。
俺は頭がいい方じゃないんだ。
遠回しに匂わせられてもまず通じない。
会話は直球でお願いします!
「では結論から言いましょう」
悪魔は優し気な微笑みを浮かべて言った。
「海潮渉くん、君は先祖の契約を受け継ぐ義務があります。先代プレイヤー海潮正の後継者として、毎週一回、月曜日に私が提示する物語世界に入ってください。君が繰り広げる冒険を我々悪魔が視聴者として楽しむ、それが契約の代償です。拒否することはできません。私はそれを伝え、契約を履行させるために本日ここに来ました」




