アリババと四十人の盗賊⑤
白刃が閃くのとほとんど同時だった、マルジャーナ姐さんが奴に飛び掛かったのと、俺がトレイを盾にしてアリババを庇ったのは。
庇うには庇ったが、短刀の衝撃、半端ねえ!
マルジャーナ姐さんが割り込んでくれなかったら、どうなってたか。
軽く舌打ちして、盗賊の頭はヘイトをマルジャーナ姐さんに向けた。
邪魔な方を先に潰しておくか……そんな感じで。
盗賊の頭とマルジャーナ姐さんの一騎打ちになったが、予想外に盗賊の頭が強い。
二刀流で手数が多いはずのマルジャーナ姐さんを短刀一本で押している。
二人とも綺麗な戦い方じゃなく、足も使うし、テーブルもひっくり返す、そこらへんにある皿や花瓶もサッカーボールみたいに蹴り飛ばす。
どっちもよく動いてるけど、このままではマルジャーナ姐さんが負ける、俺の目にはそう見えた。
マルジャーナ姐さんが不利なのは体重だ。
中肉中背なら大抵の女は男より軽い。
雑な言い方をすれば、盗賊の頭がマルジャーナ姐さんを押し返すのには重さ50程度の物体を動かす力があればいいけど、マルジャーナ姐さんが盗賊の頭を押し返すには重さ70㎏程度の物体を動かす力が必要になる。
短刀の威力だってリーチだって、体が大きい方が有利。
そしてマルジャーナ姐さんは胸こそデカいが、体格は普通なんだ。
ちなみにファティマ(俺)はマルジャーナ姐さんよりも小さくて軽い。
最初の一撃を受けて吹っ飛ばされたよ。
後ろに庇ったアリババごと倒れて、トレイもどっか飛んでった。
両腕がビリビリ痺れてるよ。
ファティマ、弱ぇえよ!
畜生、あの野郎に一発かましてやりたいのに、ファティマじゃやる前から負けが見えてる。
元の体だったら、海潮渉の体だったら、当たり負けしないのに!!
せめてコショウの瓶でもあればぶつけるくらいはできるかなと周りを見回したら、尻もちをついたままのアリババと目が合った。
「逃げてくださいよ」
「そうしたいんだがね……」
アリババは気弱そうに笑った。
「腰が抜けて立てないんだよ」
アハハ……って笑ってる場合か、おっさん!!
バンドマンたちにアリババを引きずるように運んでもらう。
とにかく盗賊の頭から距離を取らないと。
接客のお姉さんたちと一般客の皆さんたちにも店の外に避難するように呼び掛ける。
「もうすぐ役人が来ますから、安全な所に避難してください!」
どこに安全な避難所があるのかは俺は知らない。
そこまで責任は持てない。
突如始まった本気の殺し合いにびっくりしていたお客さんたちも、我先にと店の外へ逃げ出した。
まあ店の中に残るよりは外の方が安全だろう。
アリババはバンドマンたちに引きずられて店の奥へと姿を消した。
それを見た盗賊の頭が忌々しそうに舌打ちした。
よっぽど殺したかったんだな。
そりゃそうか、貯め込んだお宝を盗まれたんだ。
犯人には厳しい制裁を下さないと、盗賊の頭が舐められる。
裏社会で舐められたら仕事に差し支える。
アリババと盗賊の頭、二人が生きてる限り、アリババの命は狙われ続ける。
俺には直接の関係はないけど、その度にマルジャーナ姐さんが体を張ることになると思うと……。
禍根を、断つ。
それしかないよな、やっぱ。
ここで盗賊の頭を殺しておくのがベストだが、如何せんファティマの体じゃ弱すぎる。
なんかいい方法ないか?
……ダメだ、なんにも思いつかねえ!
自分で自分の頭をぽかぽか叩いたが、何のアイディアも出てこなかった。
そうこうしてると、外からピーーーーと甲高い笛の音が聞こえてきた。
いかにも『捕り物だ!』って感じに。
その音を聞いて、盗賊の頭も『役人が来た』と悟ったのだろう。
マルジャーナ姐さんのボディに容赦のない蹴りを入れて、彼女が吹っ飛んだ隙に外へと逃げ出した。
「待てコラおっさん!」
俺も急いで後を追う。
ここで取り逃がしたらまた何か月後か何年後かに狙われる。
今逃がしちゃダメなんだ!
店の入り口から飛び出した俺はキョロキョロと左右を見回した。
夜中だが、月明かりで意外なほど明るい。
足元に自分の影が見えるくらいだ。
これだけ明るければ追跡できる。
盗賊の頭、どこいった?
厩舎の方が騒がしくなり、一頭の馬が駆け出してきた。
またがってるのは盗賊の頭だ。
てめえ、来た時はロバに乗ってたのに、帰りは馬かよ!
その馬、誰のだよ、泥棒ー!!
俺は必死で追いかけるが、馬は速いし、ファティマの足は遅い。
なんでもっと速く走れないんだよ、ファティマの体は!
それでも見失うまいと走る俺の前に飛び出してきたやつがいた。
カーペットに乗ったフライング野郎だった。
「うわあ! 危ないなあ、飛び出したらダメだろ、こんな夜中に」
「それはこっちのセリフだ! ていうかいい所に。ちょっと乗せてくれ」
「うわ、何するんだよ!」
俺は強引にカーペットに上がり込んだ。
前方に遠ざかっていく馬を指さす。
「あいつを追ってくれ!」
「えっ、何? なんで?」
「泥棒なんだよ!」
ついでに人殺しに慣れてるやべーやつな。
フライング野郎のカーペットは速かった。
夜風を切って飛び、馬との距離を詰めていく。
その間に事情をざっと説明する俺。
「……というわけであいつは盗賊団の首領で、今夜まさにアリババの命を奪いに来たんだよ!」
「……わかった。そういうことなら見逃すわけにはいかないな」
フライング野郎は急にきりっとした顔つきになった。
「父さんの命を狙う悪党、僕が捕まえてやる!」
あんたアリババの息子だったのか。
アラジンじゃなくて。




