その21
拠点での攻防は、直ぐに始まった。
だが、直ぐに思わぬ光景を目にした。
先陣であるバメグラッド伯の部隊が、攻勢を仕掛けているだけではなく、そのまま敵拠点に侵入を試みていたからだ。
「ん?どうなっているんだ?」
エルドラン侯は、目の前の光景が信じられなかった。
息子であるバメグラッド伯は、軽挙妄動に走るタイプではない。
若いから多少の血の気はある方だとは思う。
だが、いきなり、寡兵で突撃を噛ます程、アホな子ではない筈である。
そして、先陣と言っても、敵の兵力に比べれば、圧倒的に少ない。
なので、精々威力偵察レベルの戦闘が関の山である。
それが、どう見ても、一気呵成とばかりに、攻め込むだけではなく、拠点攻略を始めていた。
「どうにも、敵の士気の落ち方が予想以上だったようです」
副官であるフルイが、そう報告してきた。
「……」
エルドラン侯は、フルイの報告に唖然としていた。
戦闘の様子を見れば、分かることなのだが、未だに信じられなかった。
つい先程まで、頑強で統率の取れた軍隊であった。
それが、こうも簡単に崩れるとは予想していなかったからだ。
「閣下、如何なさいますか?」
本隊に対して、いつまで経っても命令を下さない司令官に、参謀長であるラーケイが命令を促した。
目の前の光景が信じられないとしても事実である。
ならば、適切に対応しなくてはならない。
例え、予想外の事が起きていてもだ。
「擬態という事はないのか?」
エルドラン侯は、腕組みをしながらそう言った。
「分かりかねます……。
ですが、最早、この状況です。
仮に、擬態だった場合でも、敵の拠点の占拠は行うべきかと愚考します」
参謀長なので、ラーケイは罠の可能性を考えていた。
だが、擬態としても拠点を明け渡す利点が全く見当たらない。
なので、チャンスと判断したのだった。
「確かにそうなのだが……」
エルドラン侯は、意外に躊躇っていた。
総指揮を執っているので、当たり前である。
息子のように、突撃はしたいが、見極める必要がある。
「閣下、敵の一部が拠点を離脱し始めているとのことです」
フルイは、今入った報告を伝えた。
「うっ……」
エルドラン侯は、思わず唸ってしまった。
あまりにも味方に有利すぎる情報が入ってきたからだ。
人間不思議なもので、有利すぎる情報で、行動を躊躇ってしまう場合がある。
エルドラン侯は、正にその場面にぶつかっているのだった。
「敵の援軍の確認は?」
ラーケイは、フルイに確認を取った。
判断しかねている指揮官に対して、より多くの情報を与える為だった。
「現在、確認は取れていません」
フルイは、即答した。
「理由は分からないが、敵軍は総崩れと言った所か……」
エルドラン侯は、今の情報でそう確信した。
そして、今一度目の前の光景を確認した。
……。
意外に、時間が過ぎた。
それだけ、エルドラン侯は、現状が信じられなかったのだろう。
「よし、本隊も攻勢に出る。
事前に撃ち合わせた部隊に分かれて、敵拠点の制圧を目指せ!」
エルドラン侯は、漸く決心し、命令を下した。
とは言え、目の前の光景を最初に確認してから、十数分のことであり、全然問題がなかった。
「了解しました」
フルイは、そう言うと、各所に伝令を飛ばすべく、手配を始めていた。
「やはり、あの亡命騒ぎが引き金になったなのでしょうか?」
ラーケイは、エルドラン侯にそう話し掛けた。
「何とも言えんな……」
エルドラン侯は、そう答えるしかなかった。
シーサク軍としては、厳格な軍律によって強化されていた。
それを破る上級貴族が出てきたのだ。
それが、綻びとなって出てきた格好である。
とは言え、それはあくまでも切っ掛けに過ぎなかったのかも知れない。




