その29
安心しているライヒ子爵は、敢えて何も言わなかった。
考えてみると、事前に何か言われていた訳ではなかった。
ならば、わざわざ火中の栗を拾う行為をする必要はないのである。
賢明な判断である。
ライヒ子爵は、忠臣を自称しているが、まあ、世の中、こんなもんだろう……。
とは言え、裏切っている訳ではないので、全然セーフな行為である。
元海賊の一族である。
どいつもこいつも、楽してピンハネすることしか考えていないのかもしれない……。
コンコン。
ライヒ子爵の安心感を打ち砕くようなノックの音がした。
それは、子爵がそう思っただけである。
やはり、やましい気持ちがあるからだろうか?
「殿下、クラセック殿が面会を求めております」
扉の向こうから、番兵がそう呼び掛けてきた。
ライヒ子爵、マイルスター、シャルスは、互いに顔を見合わせた。
亡命者を王都まで護送してきたとは言え、急な用件などないと思われたからだ。
そんな中、エリオだけはあからさまに嫌な表情になった。
(面倒事を持ち込もうとしているな!)
エリオの直感がそう告げていた。
……。
エリオが、面倒事の臭いを嗅ぎ分けたので、しばらく沈黙が訪れてしまった。
いつもの間抜けた空気である。
そういう空気になったので、他の3人は呆れた表情に変わったのだった。
「殿下……」
返事がないので、扉の向こうから番兵が困ったように、呼び掛けてきた。
「……」
エリオは、聞こえない振りをしていた。
(全く、子供ですか!)
マイルスターは、和やかな表情で呆れていた。
だが、口には出さなかったのは、面白がっていたからだろう。
「殿下、クラセックでございます。
フランデブルグ家の事でご相談に上がりました」
いつまで経っても返事が返ってこないので、堪らず、クラセックが自ら声を上げた。
(何だ、そっちの事か……。
でも、面倒事だな……)
エリオは、意外な言葉を聞いたが、考えは変わらなかった。
流石である。
だが、エリオは、放っておく訳には行かないと思い、シャルスに合図を送った。
(やれやれ、口で言えばいいものを……)
シャルスは、呆れながらも上官の意図を察して、扉を開けた。
「ふぅ……」
漸く扉が開いたクラセックは、大きな溜息を吐いた。
忠誠を尽くしているのに、この仕打ちである。
とは言え、エリオに付いて行ったお陰の利益を考えると、そんなのは屁でもなかった。
なので、元気よく部屋の中に入っていった。
ま、周りからはそれが最大限の嫌味に見えるのだが、当人は、忠誠心を示すものと自負していた。
クラセックが、エリオの前で立ち止まると、ちょうど扉が閉じたのだった。
「お久しぶりでございます、殿下」
クラセックは、恭しく挨拶を始めた。
これは、更に忠誠心を示すつもりの行動であるのは言うまでもなかった。
「うん、そちらも元気そうで何より」
エリオの方は、対抗するかのように、挨拶を打ち切った。
うん、結果は、こうである……。
エリオは、シャルスが傍らに戻ってくるのを見ていた。
ライヒ子爵とマイルスターは、クラセックを気の毒に思ったのは言うまでもない。
初っ端から会話と主従関係が成立していないからだ。
「で、フランデブルグ家の事とは?」
エリオは、あくまでも自分の姿勢を崩す事はせずに、話を進めるのだった。
面倒事は手早く済ませたいという意思の表れだった。




