その26
「ハイネル艦隊、一旦後退」
フィルタが、そう報告した。
と同時に、仕事を押しつけられたと感じていた。
そう感じるのは、副官が板に付いてきたということだろう。
「そう……」
サラサの方は、その報告に対して短くそう言っただけだった。
(意外に反応が薄……)
フィルタはそう感じながら、何気なくサラサの表情を見てしまった。
そして、見た途端、考えが止まってしまったのは言うまでもなかった。
それは、並の副官としては合格点を取れてたかも知れないが、サラサの副官としてはまだまだだという事を如実に表すものだった。
あ、まあ、それはともかくとして、サラサはいつものあの表情を浮かべていたのだった。
母親になったとは言え、性格というものはすぐに変わるものではない。
殆どの人は……。
なので、例外ではないサラサは、いつもの悪い顔になっていたのだった。
まあ、炉なので、悪戯を思い付いた表情そのものだった。
「サラサ、ハイゼル侯と違って、ハイネル伯は戦場でも抑制が効く人物らしい。
とりあえずは、こちらの自由行動を容認してくれたらしい」
バンデリックは、最大限にいい方向に解釈した。
「それは、ありがとうと言いたい所だけどね……」
サラサは、愚痴っぽいことを言った。
勿論、これは単なる伏線を張っているのに過ぎなかった。
何の伏線?
「とは言え、相手が相手だけに、あまり有り難いとは思えないですよね」
バンデリックは、やれやれとそう言った。
まあ、何を考えているかは分かっているが、一応参謀長としてはそう言っておく必要があった。
それにしても、参謀長は、一応という形が好きなのだろうか?
まあ、エリオとサラサ付きの参謀長だけの話である事は、ま、明白ですね。
「相手があれだから、こうでもして貰わないと、ヤバいわよ」
サラサは、更に悪い顔になっていた。
とは言え、やはり、悪人面には全く成りきれていなかった。
その表情は置いておいても、バンデリックはサラサの言い分には一理ありと考えていた。
「で、どうなさいます?
後方からは、敵西方艦隊が接近していますが……」
バンデリックは、挟撃の警戒を促した。
「進路は、このまま。
あいつを1発殴ってから、考えるわよ」
サラサは、バンデリックにそう応えた。
「まっ、そうなりますか……」
バンデリックは、呆れていた。
ヤクザの言い分ではあるが、ここで下手に止まる訳には行かないのである。
そうすると、西方艦隊の後背を脅かされるからだ。
(この状況、自分達に有利とみるのか、流石!)
フィルタは口には出さないが、自分の指揮官を素直に賞賛した。
だが、まあ、これは素直なのはいいが、サラサの副官としてはまだまだだという事を思い知らされるフラグであろう。
そういう意味では、サラサもバンデリックも人が悪いと言わざるを得ない。
でも、まあ、バンデリックにして見れば、それも慣れなどと軽く思っている節がある。
傍目から見ると、軽く思ってはいけないことだと誰もが認めるものではあるが……。
フィルタは、何も知らないので、ある意味幸せだ。
(それにしても、伯爵閣下は凄い!
最悪の敵だと称されている相手に動揺を全く見せない)
フィルタは、素直にそう感じているだけだった。
その素直な性格は大事にして頂きたい。
今後、何があってもだ。
最悪の敵と対峙する際、進んでぶっ潰しに行くタイプと、何とかお茶を濁そうとするタイプが存在するらしい。
前者はサラサであり、後者はエリオである。
行動は真逆であるが、不思議と考え方が一致するのはどういう訳だろうか?
とは言え、もう既に、2人が海戦することは決まってしまった。
その結果、少しでもその不思議さが解明されるのだろうか?
それにしても、巻の冒頭の章でいきなりクライマックスを迎えるとはねぇ……。




