その20
「全艦、砲撃準備!」
ハイネル伯は、満を持して号令した。
「全艦、砲撃準備」
副官のロデックが復唱し、伝令係が各艦に通達しに走った。
ハイネル艦隊は尚も直進しており、エリオ艦隊と本当に真っ正面から激突するようである。
「閣下、射程外ですが……」
クラーは、一応現状を告げた。
「うん、射程内に入ると同時に砲撃を開始する」
ハイネル伯は、頷くながらクラーにそう応えた。
「了解しました」
クラーは、そう言った。
「何か?」
ハイネル伯は、クラーが何か懸念している点があると感じた。
「いえ、この距離ですと、いつもなら敵艦隊から砲撃があるのですが……」
クラーは、些か表情を曇らせていた。
過去の出来事を思い出しているのは、明らかだった。
「この距離で、当ててくるのか!?」
ハイネル伯は、驚きの声を上げていた。
ハイネル伯は、正規軍同士の戦闘で指揮を執るのは、初めてである。
だが、戦闘経験自体がない訳ではない。
人並み以上に、経験は積んでいる。
そのハイネル伯が驚いているのである。
やはり、エリオ艦隊はおかしいという訳である。
「敵が制止状態で、目標が制止物なら間違いなく当ててきますね」
クラーは、素直にエリオ艦隊の凄さを口にする他なかった。
「凄いもんだな!」
ハイネル伯は、素直にエリオ艦隊を賞賛していた。
この辺が、この伯爵の凄い所なのかも知れない。
「速度はこのままでよろしいのでしょうか?」
クラーは、戦いが始まっているので、ハイネル伯の反応は他所に置いておくとしたようだ。
「うん、このままで」
ハイネル伯は、笑顔でそう言った。
(ま、おっかないから、スピードを落とすようにとは言えないよな……)
ハイネル伯は、笑顔で心の中でそう思っていた。
口に出さないのは、艦隊の士気に関わるからである。
チャラいと言われているが、そのチャラさは計算されているのかも知れない。
もしくは、こういう所が、卒ないと言われる所以なのだろうか?
「了解しました」
クラーは、クラーでハイネル伯の心の内を探ることはしなかった。
今、現在、ハイゼル侯の指揮下に入っていた時とは違う戦いをしていた。
その事により、エリオの足許をすくわれないように、注意せねばならないと思っていた。
最終の注意を払い、どのような状況下でも、ハイネル伯が最善の手を打てるように、助言をしなくてはならない。
その事に、集中することにしていた。
(しかし、敵がこの距離で撃ってこないとは……。
前方にいる新造艦の練度が、低いという事か……)
クラーは、現状をそう分析していた。
ハイゼル艦隊とエリオ艦隊の場合、もう撃ち合いが始めっている距離である。
エリオ艦隊の正確な砲撃を抜けないと、ハイゼル艦隊には勝ち目がなかった。
なので、距離を詰める必要がある。
つまり、ハイゼル艦隊の場合は、最大戦速で突入している頃であった。
だが、今は互いに違う戦い方をしていた。
妙なもんである。
ハイゼル侯が亡くなったとは言え、そんなに時は経っていないはずである。
そして、指揮官こそハイネル伯に変わったが、艦隊そのものはハイゼル侯の頃のものである。
クラーは、哀愁というよりは、かなりの違和感を感じていた。
だが、そんな思いをしている間も、両艦隊の距離は確実に縮まっていった。
「閣下、射程圏内です」
ロデックが、そう報告した。
「よし、全艦、砲撃始め!」
ハイネル伯が、命令を下した。
ドッカーン!ドッカーン!
先手を取ったのは、ハイネル艦隊であった。




