第8話 「文化祭前夜」
文化祭まで、あと一日。
青葉学園は朝から慌ただしかった。
廊下には段ボール箱。
教室には装飾品。
校庭ではテント設営。
どこを見ても文化祭一色だった。
二年A組も大忙しだった。
「テーブル運ぶぞー!」
「そっち気を付けろ!」
「看板完成した!」
「おおお!」
歓声が上がる。
そんな中。
悠斗は段ボールを抱えながら歩いていた。
「重っ……」
「持つ?」
横から声がする。
結奈だった。
「いや大丈夫」
「無理してる」
「男だからな」
「昭和?」
「失礼だな」
結奈は笑いながら段ボールの片側を持った。
「ほら」
「……ありがと」
「どういたしまして」
二人で歩く。
文化祭準備中の校舎は賑やかだ。
だが。
二人の周囲だけはどこか落ち着いていた。
「そういえば」
結奈が言う。
「この前、美雪ちゃんと二人だったんだよね」
「え?」
悠斗の足が止まりそうになる。
「聞いた」
「どこから」
「本人から」
「話したのか」
「うん」
結奈は平然としていた。
だが。
どこか探るような視線だった。
「楽しかった?」
「普通だよ」
「ふーん」
「なんだその反応」
「別に」
そう言う結奈だったが。
少しだけ頬を膨らませていた。
「嫉妬?」
悠斗が冗談半分で言う。
結奈は数秒黙った。
そして。
「少し」
「え?」
今度は悠斗が固まった。
「え?」
「聞こえたでしょ」
「いや」
「少しだけ」
結奈は前を向いたまま言った。
「羨ましかった」
悠斗の心臓が大きく鳴る。
だが。
結奈はそれ以上何も言わなかった。
文化祭準備は夕方まで続いた。
ようやく全てが終わった頃には、窓の外は夕焼けに染まっていた。
「終わったぁぁ!」
健太が机に突っ伏す。
「疲れた」
「文化祭ってこんな大変なんだな」
「明日もっと大変だぞ」
クラスメイトたちが笑う。
その時。
先生が教室へ入ってきた。
「みんな、お疲れ」
自然と静かになる。
「文化祭は結果も大事だ」
先生は教室を見渡した。
「でもな」
「準備した時間も同じくらい大事なんだ」
誰も話さない。
「仲間と協力したこと」
「失敗したこと」
「笑ったこと」
「そういう思い出は卒業しても残る」
教室が静かになる。
「だから明日は思い切り楽しめ」
先生は笑った。
「以上!」
拍手が起こる。
なんだか少しだけ胸が熱くなった。
帰り道。
夕焼け空の下。
悠斗は一人で歩いていた。
すると。
「待って」
振り返る。
結奈だった。
「どうした?」
「少し話したい」
真剣な顔だった。
自然と悠斗も表情を引き締める。
二人は近くの公園へ向かった。
子供の頃からありそうな小さな公園。
ブランコ。
滑り台。
ベンチ。
夕方だから誰もいない。
「ここね」
結奈が言う。
「昔の公園に少し似てる」
「そうなのか」
「うん」
結奈はブランコに腰掛けた。
ゆっくり揺れる。
「覚えてる?」
「いや」
「だよね」
少し寂しそうに笑う。
「でも私は覚えてる」
風が吹く。
黒髪が揺れる。
「明日でね」
結奈は空を見上げた。
「転校して一ヶ月」
「早いな」
「うん」
そして。
結奈は悠斗を見る。
真っ直ぐ。
逃げ場がないくらい真っ直ぐ。
「私ね」
鼓動が速くなる。
なぜか分かった。
この先に続く言葉が。
きっと。
大切なものだと。
「文化祭が終わったら」
結奈は言った。
「伝えたいことがあるの」
「……」
「ちゃんと」
夕焼けが二人を照らす。
「逃げずに言うから」
悠斗は何も言えなかった。
ただ。
その瞳から目を離せなかった。
そして。
文化祭前夜。
二人の関係は。
確実に新しい段階へ進もうとしていた――。
一方その頃。
MIYUKI'sカフェ。
閉店後。
美雪は一人で文化祭用のエプロンを畳んでいた。
「明日かぁ……」
窓の外を見る。
そして。
小さく呟く。
「負けたくないな」
誰に対してか。
もう自分でも分かっていた。
恋と文化祭。
二つの勝負が、ついに始まろうとしていた――。




