第7話 「二人きりの放課後」
文化祭まで残り二週間。
青葉学園は準備ムード一色になっていた。
放課後の校舎には、あちこちから金づちの音や笑い声が響いている。
二年A組も例外ではなかった。
「この看板もっと左!」
「そっちじゃねぇ!」
「誰だ接着剤こぼしたの!」
「健太だ!」
「違う!」
「お前しかいない!」
教室は相変わらず騒がしい。
その中心で。
悠斗は脚立に乗って看板を取り付けていた。
「これでいいか?」
「もう少し上!」
「注文多いな!」
「頑張れ実行委員!」
「他人事だな!」
教室が笑いに包まれる。
気付けば時刻は午後六時。
空はすっかり夕焼け色になっていた。
「今日はここまで!」
担任の佐々木先生が声を上げる。
「お疲れさまー!」
生徒たちは次々と帰っていく。
悠斗も帰ろうとした。
その時だった。
スマホが鳴る。
メッセージ。
送り主は美雪だった。
『ごめん!少し手伝ってほしい!』
「ん?」
続けてメッセージが届く。
『カフェでトラブル発生!』
「何だそれ」
悠斗は思わず笑った。
数分後。
MIYUKI'sカフェ。
カラン。
ドアを開ける。
「助かったー!」
美雪が駆け寄ってきた。
「何があった」
「お父さんが仕入れ先との打ち合わせで遅くなるの!」
「それで?」
「閉店準備手伝って!」
「なるほど」
店内を見る。
客はもうほとんどいない。
確かに一人では大変そうだった。
「分かった」
「ありがとう!」
美雪の笑顔が弾ける。
閉店時間。
最後のお客さんが帰る。
シャッターを半分下ろす。
店内には悠斗と美雪だけ。
「テーブル拭くね」
「じゃあ俺は椅子上げる」
「お願い!」
二人で作業する。
意外と息が合う。
「そういえば」
美雪が口を開く。
「文化祭どう?」
「忙しい」
「だよねぇ」
「でも楽しい」
「おっ」
美雪が笑う。
「珍しい」
「何が」
「悠斗くんが楽しそうなこと言った」
「失礼だな」
作業は順調に進む。
だが。
二人きりになると自然と会話も増える。
「最近さ」
美雪がモップをかけながら言う。
「結奈ちゃんと仲良いよね」
「そうか?」
「そうだよ」
「普通だと思うけど」
「毎日話してるじゃん」
「実行委員だし」
美雪は少しだけ視線を落とした。
「そっか」
いつもなら笑って流すところだった。
でも今日は違う。
悠斗もそれに気付いた。
「どうした?」
「え?」
「元気ない」
「そんなことないよ?」
「あるだろ」
美雪は少し黙る。
窓の外。
夕焼けが店内を赤く染めていた。
「ねぇ」
「ん?」
「もしさ」
美雪はモップを止める。
「もし私と結奈ちゃんが同時に困ってたら」
「うん」
「どっち助ける?」
「は?」
予想外すぎる質問だった。
「何その質問」
「気になるから」
「なんで」
「いいから」
悠斗は頭を掻いた。
「両方助ける」
美雪が目を瞬く。
「……」
「だって片方見捨てるの嫌だろ」
「ふふっ」
美雪は吹き出した。
「悠斗くんらしい」
「そうか?」
「うん」
どこか安心したような笑顔だった。
その時。
店の奥から物音がした。
「あ」
美雪が振り向く。
棚の上に置いてあった箱が落ちそうになっていた。
「危ない!」
悠斗が反射的に動く。
同時に美雪も手を伸ばす。
結果。
ゴツン。
「いてっ!」
「きゃっ!」
二人の額がぶつかった。
その勢いで。
美雪がバランスを崩す。
「うわっ」
倒れそうになる。
悠斗は咄嗟に腕を伸ばした。
気付けば。
美雪を抱き止めていた。
「……」
「……」
近い。
ものすごく近い。
お互いの顔が数十センチしか離れていない。
美雪の顔が真っ赤になる。
「ゆ、悠斗くん」
「ご、ごめん!」
慌てて離れる。
沈黙。
店内が異様に静かだった。
心臓の音だけが聞こえる気がする。
「ありがとう」
美雪が小さく言った。
「別に」
悠斗も落ち着かない。
さっきまで普通だったのに。
急に意識してしまう。
美雪も同じだった。
「私ね」
小さな声。
「最近ちょっと変なんだ」
「変?」
「うん」
美雪は少しだけ笑った。
でも。
その笑顔はどこか照れていた。
「悠斗くんを見るとドキドキするし」
「え?」
「一緒にいると楽しいし」
悠斗の心臓が跳ねる。
まさか。
だが。
その時。
ガチャ。
入口のドアが開いた。
「お待たせー!」
店長だった。
「ただいま!」
空気が一瞬で壊れる。
美雪は飛び上がるように離れた。
「お、お父さん!」
「ん?」
店長は首を傾げる。
悠斗も美雪も顔が真っ赤だった。
「何かあった?」
「な、何もない!」
二人同時だった。
店長は不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
しかし。
帰り道。
美雪の言葉だけが悠斗の頭の中で何度も繰り返されていた。
『悠斗くんを見るとドキドキするし』
その意味を。
まだ悠斗は理解しきれていなかった――。




